第513話 口に入れた瞬間にセンブリ茶。その後はしつこく苦丁茶(くうていちゃ)レベルの苦み
※初めに、999で旅立たれた御大へっ、
人っ子ひとりいない下界の町。今回ここでするのは大まかな探索と大まかな掃除だ。
探索はともかく掃除って何? と思うかもしれないが、町であるからには肉や野菜といった生もの系の食品なんかもあるわけで、放置しているといずれ腐ってしまうのは必定。
というわけで
占領したからには白ノ国の威信をかけてこの町を管理する責任が付きまとう。下界の人間に代わり
汚物のあふれる町になどしたら清浄のシンボルカラーとも言える白を関する国の沽券にかかわる。そして腐った後に片づけるよりは、できるだけ腐る前に処分したほうが衛生的にまだマシということで取り決めた次第。
荷台や袋などの掃除道具は現地に残された物を使うことにする。関係ないけど、こういった簡単な道具というのは東西問わず似たようなものばかりになるのって実はすごいことなのではとか思ってしまう。これこそベストデザインというやつなのだろうね。
片付けの傍らで奥まった場所や家屋の中を見て回る。村で見た建物との違いとして、二階建てがチラホラあることが特徴だろうか。ただ粉を吹いたレンガの階段を上がっていくと、1階よりかなり粗末で汚い場所が多かった。
古代ローマでは上の階ほうが家賃が安かったというし、もろにローマの空気があるこの下界の住居もそれに準じているのかもしれない。
水瓶や皿といった調度品は陶器が主流のようで木製は少ない。テーブルなどは木製だが、下界の人間の体格からすると小さい気がする。材木はあるにはあるが貴重なのだろうか? やはりこのあたりにも木々は見ないし、温暖な平地でこの環境はやはり奇妙だ。下界の植生はどうなっているのだろう。
――――これは
「兄やん、どないした?」
つい嫌なことを思い出してしまい落ち込んでしまったのを察したのか、現身の番傘がをカラリと回してろくろちゃんが問うてくる。
頭を振って『なんでもない』とアピールし、無用な考え事を追い出す。調べるべきは他にいくらでもある。こんなつまらないことで引っ掛かっていては時間がいくらあっても足りない。
ざっと見回り続けて数時間ほど。今のところ亡くなっている人や取り残された人間は見ていない。それだけが精神的な救いだ。
それでも粗末なつくりの人形や玩具が転がっているのを見たとき、無性に叫びたい気持ちになってしまったが。
町でもっとも食品の量が多く、景観的にも目立つ青空市場を第一の清掃ポイントとして設定したが、いかんせん
この荷台を町の外まで持っていっては、荷台に括り付けた長いロープを怪力を持つ妖怪に可能な限り遠くまで投げてもらう。
その先にはこちらを恐ろし気に、あるいは憎らし気に見つめる町から逃げ出した人間たちの姿があった。初めはもっと多かったが、こっちがやってくると見るとほとんど逃げ散っている。
今回の投擲者はうるし。彼女は岩持ち箸の異名を持つ妖怪で、華奢な高校生のような見た目にそぐわぬ力持ちだった。
「よいのですか? せっかくの戦利品でしょうに」
矢盾は明確な言葉にこそしないが、この措置に対して『無駄』『面倒』『せっかく奪ったのに勿体ない』と顔に書いてある。
白玉御前にならい肉食を忌避する風潮がある城下の妖怪に比べ、辺境の親分である
最初にロープを投げられた近くの人間たちはしばらく戸惑っていた。しかし荷台に食料があると察すると、やがてロープを引っ張って荷台を手繰り寄せ始める。
こんな感じに、町の外へと食料をピストン輸送で
思考できる生き物なら言葉で意思疎通はできなくても、状況から相手の意図の解釈くらいはできる。肉類はそこまで多くなかったのでこれ1台で終わり。次は衛生面を考えて別の荷台を使おうか。まな板も肉用と野菜用は別にするか、その都度洗うものだしね。
市場に戻ってくると胴丸さんの指揮の下で大まかな片付けが終わっていた。逃走の混乱で転がっていた物や壊れた物が片付けられ、雑多だった通りはだいぶきれいになっている。屋台や出店はまだそのままだ。
「これは我らでも食べられるのでしょうか?」
動き回る
彼女が手にしてしげしげと眺めているのは、現代基準で考えると色も形のいまひとつの林檎と思しき果実。
同じものを手に取り眺める。表面が少しデコボコしている以外にそこまで差異を感じない。
すっかり品種改良された現代のものしか見たことがないのでなんとも言えないが、たぶん原種の林檎はこんな感じだったのだろう。人の長い歴史の中で栽培されていくうちに、今の味や香りを持つ形の良い林檎へと推移していったんじゃないかな。
山内たちは下界の物を食べていたのだろうし、食べられないことは無いと思う。ただ長いスパンで見た場合、妖怪たちに健康被害が出る可能性があるので切羽詰まらないかぎりはあまり食べさせたくないんだよね。
市場に積まれている山のような林檎は最初からこの状態だ。これってお客に上ばかり取られて、下が売れ残るし潰れるんじゃないの? どういう感覚で売ってるんだろう。
手にした林檎は香りが少なく形も悪いせいか、あまりおいしそうな感じはしない。しかし物は試しという言葉もある。
「
意を決して食べようとしたら、薄い赤色の林檎をろくろちゃんに引ったくられた。
状況的に毒を盛ってる場合じゃなかったろうし、山内たちが食べられるなら
「
それは幽世や魔界での話ではと口にしようとしたら、猛獣みたいな目で睨みつけられた。そしてこちらが怯んでいる間に化け傘ちゃんは林檎をうるしへと投げ渡してしまう。
「わかるな?」
短くそう言うと、後は無言でうるしを見つめるろくろちゃん。これはうるしに毒見をしろということだろう。
あまりの無体に居たたまれなくて止めようとしたものの、うるしはこちらをチラリと見た後『お毒見いたします』と覚悟を決めてしまう。
そして全員が見つめる中でひと齧り。
「――――お゛っ、う゛えっ!」
反応は劇的だった。たった一口で喉の奥から痰を絞り出すような声を上げたうるしは、口元を抑えて誰もいない方向に顔を背けてしまう。
吐け。吐いて吐いて。そんなにマズいって事は本当に毒かもしれない。さらに背中をさすってやるとうるしはえづき、口の中の不快な味をよだれと一緒にできるだけ吐き出そうとする。
「申し訳ありません。ご無礼をいたしました」
砦の病室に担いで行こうとしたところ、うるしから手で制され『もう平気』と待ったが掛かる。これは毒ではなく、おそらく本当にマズイだけですと言い添えて。
「私は箸です。毒見には慣れておりますし、触れればそれが毒か否かくらいは分かります」
古来には銀の食器が毒の検知に使われたりと、食べるための道具と毒見は切っても切れない歴史がある。箸もまた触れた個所の変色やにおいの変化で調べる役割を持つ物があったのは事実。その箸の付喪神であるうるしが言うなら信ぴょう性は高いだろう。
「――――っ、なんやこれ! まっずっ!?」
うるしを介抱していたら、後ろからぶっぶっと大マジで唾を吐き出すろくろちゃんの声が聞こえた。いやあなた、何してるの。うるしが身をもってまずいと教えてくれたのに。
どうもにおいはともかく、味は妖怪たちの口にまったく合わないらしい。これにはますます好奇心が刺激されるが、少なくともこの果実は妖怪には食べられないと考えたほうがいいだろう。
もし食べ物全般がこの調子の場合、下界を侵略するメリットは激減する。それは良い事か悪い事か。
立花様に報告する前に複数を試して検証すべきかもしれないな。でも、それをうるしに命じるのはちょっとかわいそう。
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