第514話 大量虐殺者と書き、戦働きと読む

っ」


 小休止を挟んで今度は下界の兵士が詰めていた駐屯所に赴いたとき、矢盾と交代で護衛に入った胴丸さんが突然何かにぶつかったようなリアクションをした。


 痛いと最後まで続けることもではないほど痛かったのだろう。彼女はアイスクリーム頭痛でも感じているような顔で顔を押さえて立ち止まる。痛みに強い鎧の付喪神といえど、完全な不意打ちは痛いようだ。


 ああそうだ。今の今まで忘れていたけど、ここら辺りは上空に登るための階段代わりとして透明なキューブをいくつも構築した場所だった。これはうっかり。


 涙目の胴丸さんに謝ったあと、意識をキューブに向ける。出現させたキューブはどこにいてもなんとなく存在を掴めるのだけど、あくまでなんとなくなので、頭から完全に抜けているときは存在を感知できないみたいだ。


 まあ出した端から四六時中ずっと気になるようでは生活しててたまらないし、このくらい緩いほうが機能として妥当なんだろう。


 ただそのせいで出したキューブの存在が頭から抜け落ちてしまい、今の胴丸さんのように迷惑を被らせてしまうこともあるから、今後は注意が必要だ。


 ――――最初の村人たちも、屏風これがうっかり仕込んだキューブを忘れてしまったから死んだのだ。せめて戦いに使ったものは覚えておくか、すぐに消す癖をつけておかないと。


「胴丸ぅ、おどれまだまだやのぉ」


 先ほど急にこちらの帯を掴んで止め、一方で胴丸さんをそのまま先行させたろくろちゃんが呆れ顔でダメ出しをする。


 現身の傘を使って背中を掻いているお行儀の悪い彼女は、初めからキューブの存在に気付いていたっぽい。


ちょっとちっとやが宙に土埃が浮かんで、うっすら見えとるやろが。音の通りもおかしい。こんくらい気付けや」


 番傘を使って透明なキューブの上面を示し、さらに『こんくらいやろ』と言って設置されているキューブの横面積を的確に言い当ててくる。さすが歴戦の勇士、ご慧眼と言わざるを得ない。


「おどれは鎧やからしゃあない面もあるやろが、何があっても受ければええて浅く考えとるから物が見えんのや」


 上司のダメ出しにしゅーんとしてしまう胴丸さん。


 過去に雑談で聞いたことがあるのだが、幽世に来て間もない胴丸さんが戦い方や人化術、その他諸々のことを師事したのはろくろちゃんであるらしい。


 つまり上司でありお師匠様。ふたりは師弟関係なのだ。


 けれど弟子として胴丸さんを拾って間もなく、ろくろちゃんは長めの眠りについた。その後は後任を頼まれた立花様が指導を引き継ぎ今に至るという。


 なおろくろちゃんの事を師として話すときと、立花様の事を師として話すときで胴丸さんのテンションがだいぶ変わる。


 前者は厳しいながらも人情家の師匠を慕う弟子という感じで、後者は鬼軍曹に骨の髄まで叩き上げられた兵士という感じになる。


 とばり殿もそうだけど、脊髄反射的に兵士ソルジャーに変わるあたり、やっぱり心の底から立花様あの方が怖いんだろうなぁ。屏風覗きももちろん怖い。


ほんでほんで? 兄やんが暴れたんがあれ・・かい」


 化け傘が顎をしゃくって示す先にも、たくさんのキューブ群がある。


 ただしこちらは透明であっても赤い液体とその容器が入っているから、遠目にも見分けるのは容易だ。

 むしろ胴丸さんはあれらに目が行っていたからこそ、余計に目の前にある透明なキューブに気付かなかったのだろう。


 またたくさんようさん殺したのぉ。傘の大妖怪は笑い出しそうなほど上機嫌にそう言うと、こちらの腰を平手でバシバシと叩いてくる。


これはこら援軍なんぞいらんかったんとちゃうか? 一騎当千、皆殺しの勢いやないかい」


 そうでもない。正直な話、拷問を受けたことで精神的にも肉体的にも疲弊し切っていた。あのときああまで動けたのは、疲労の限界を1周してしまい体のリミッターが外れただけだと思う。


 おそらくある一点を超えた時点でプツリと体力が切れて、そのまま倒れてしまっただろうな。


 だが援軍の到着を見て、もう少しだけ動かなければという最後の気力が湧いたのだ。そういう意味ではこれ以上ない援護だったよ。


「ですが錦様の話では、囚人どもはいずれも下界の兵と刃を交えておらぬと聞いております。すなわち、すべて白石様が討ち取られたと言えましょう」


 こちらの言葉を謙遜と捉えたのか、胴丸さんが屏風これの手柄だと言い重ねてくる。こんなもの必死なだけの大暴れでしかないのだが。


「そらええのぉ。一番槍でたくさんようさん敵を倒し、町まで奪った奪うた。大手柄やで?」


 ――――これはもしかして褒められているのではなく、慰められているのだろうか?


 気の良い化け傘の姉と、後ろから支えてくれるような鎧の娘さん。


 ふたりには屏風これが殺しの事を気に病んでいるように見えたから、手柄というプラスの評価として強調することで、ネガティブな気持ちを逸らそうとしてくれているとか。


 いけない。ちょっと色々あって精神的に疲れているせいか暗い空気を表に出してしまい、だいぶ心配をかけたようだ。


 がさつに見えてというか実際がさつな面も多いろくろちゃんだけど、こういう機微はキチンと汲んでくれる優しい年上のお姉さんだ。


 そんな師匠の動きに即座に乗ってくれる胴丸さんの気遣いもまた、やはり年上ということなのだろうなぁ。


 ありがとう。その一言しかない。


 だからこそ。この子たちが幽世にいる限り、どこまでも行っても屏風これは白ノ国に住む妖怪、屏風覗きでありたいと思う。


 万人に良い顔はできない。ならば屏風これが立つ側は決まっている。


 下界の人間たちに罪人と言われようと非道と言われようと、どこまでも妖怪たちの益となる行動をしよう。


 もう誰にも心配を掛けないよう、悪びれることなく。


 人の敵となろう。






 兵たちの駐屯していた場所にある建物を調べ、地図と思しきものを発見した。過去にろくろちゃんが美濃英みのえ砦から持ち帰った地図に類似するもので、紙とは違う変な厚みと感触がある。


 ろくろちゃんは触るなりこれを何かの皮だと言った。いわゆる羊皮紙の類だろうか。創作ではよく登場する定番の代物だけど、実際に触れるのは初めてだな。


 砦で見つけたものはろくろちゃんがすぐ懐に収めて、ひとりで持ち帰ったので触っていなかったんだよね。

 羊皮紙って密かに憧れがあったんだけど、こんなゴワゴワというか引っ掛かりのある感じなのか。何を書くにも書きにくそうである。


「傷んどるんやろ。皮はちゃんと手入れされとれば滑らかなもんやで?」


 ああ。皮製品とはすなわち皮膚。生きているのに近いから手入れを怠るとすぐダメになる一方で、ちゃんと面倒を見てやれば長持ちするっていうよね。


 前回の地図は下界での戦果として、御前や立花様あたりに見せたりはしているだろう。


 あの地図を見て我らの上役様方は何を思ったのだろうか。占い師に見せることで下界に幽世の宝があると突き止めているようだが、それからの進展は聞いていない。


 あれから新しい進展はあったか、トップに一番近いお姉ちゃんに聞くと、ろくろちゃんは地図に記載された簡素なイラストのひとつを指し示した。


 地図に描かれた絵柄は『凸』という感じの大きめのイラストと、その下に文字らしきもの。


 その周辺にも小さなマークの下に文字らしきものが書かれたイラストが分布している。これらはおそらく下界の要所と思われる。


 例えば町や砦あたりが記載するなら妥当だろう。これで下界の観光名所を記した地図だったらビックリである。


 名所は冗談として、こういった地図の中心に描かれているとくればそれがこの国の首都だろうな。大抵の国は地図を描くとき、自国が世界の中心のような描き方をするものだ。


「ここや。地図を見た術者連中はみんなここを指す。幽世の宝はここにある」


 白い指が惑うことなく中心を指す。もっとも大きい『凸』を。


 美濃英みのえ砦に戻ったら、山内にでも下の文字を翻訳できるか聞いてみよう。山内の言った『ゴネリル』という都市と、ろくろちゃんの示した都市が一致するかや、今いる町との位置関係くらいは分かるだろう。


<<Attention 変質には等級5位以上のSpiritを摂取する必要があります>>


<<Attention 変質にはあと6584人のKill実績が必要です>>

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