第512話 山内とタクヤ、下界でのこれまで

 妖怪たちに簡単な説明をしたのち、疎かにしていた町の探索をすると通達する。時間が半端なので昼食をとってからとした。


 いつもの調子で炊事を手伝おうとしたら、全員から回れ右を命じられる。『片手で何が出来んねん、邪魔や邪魔』なんて言われたらグウの音も出ない。せめてプロっぽい仕草で塩を振るとかはダメですかね?


 暇になったし、少し考え事もあって艦橋から外を眺める。


 錦さんの言う通り、屏風これの視力でも町の外周ギリギリにいる人々がわずかに分かる。その動きからするに、すでにあの不思議な光によって何名か命を落としていると思われた。


 罪悪感を感じてしかるべきなのだろうけど、今日の屏風これは『境界線はあの辺りか』くらいの感想しか出てこない。未成年二人の尋問で思ったより心が疲れてしまったようだ。





 ――――山内ベリーとタクヤは現世のある高校に通う学生で、顔を知っている程度の間柄だった。


 尋問内容の限り、二人が下界に来たのは揃って事故による死亡か、もしくは死ぬ寸前の移動であるの可能性が高い。直前の記憶は通学中のものでバスに揺られていたところ、突然の衝撃を受けて途切れている。


 その後は乗客の中で二人だけが下界の主要都市『ゴネリル』に倒れていたらしい。


 都市についてはまあ置いておいて、二人は訳も分からなかったが下界の人間にはずいぶん親切にしてもらえたようだ。そして下界の重要人物『02?』と思しき人物に引き合わされて、ここが違う世界であることの説明や当面の暮らしなどのサポートをしてもらっている。


 タクヤのほうはこの時点でかなり興奮して喜んでいたらしい――――まあ、分からないではない。


 人は物心ついたあとは自身の未来予想が出来て、この先に待っているのは冒険なんてどこにも無い、ただの生活・・だと理解してしまう。


 魔法も超能力も出てこない。空から美少女が降ってきたり巨大ロボットに乗り込めるわけでもない。どこまでも金と学歴とコミュ力で生きていく、平凡な日常という名の人生しか待っていないのだと。


 自分は世界を動かす主人公じゃない。ただのモブだと。


 そんな中で起きた非日常。創作でよくある物語の走りに、彼はきっとどこかで見た漫画のキャラクターと自分を重ねただろう。


 対して山内はタクヤに比べれば冷静だった。未成年が身ひとつでまったく違う世界に飛ばされたという事実に恐怖さえしたようだ。こちらの感想のほうが大人としてはよく分かる。


 親、兄弟、親戚、友達、知り合い。住んでいた場所、よく通っていた店、学校、好きだったお菓子。何もかもが消えてしまった。


 それまで山内ベリーという人間の足場を形成していた要素、そのすべてが消えた。ここで生きていくには、またからっぽから積み上げねばならない。なにひとつ足がかりもないままに。


 これが恐怖でなくてなんだろうか。


 現実にうんざりしていたタクヤと、多少の不満はあれど相応に満足していた山内。下界に来れたことを喜ぶ者と、恐れる者。この温度差は遠からず最悪の形で明暗を分けることになる。


「白石様。町を歩く折、もし下界の者が石など投げてきそうなら射かけて構いませぬな?」


 砦の中でも護衛として付いている矢盾の確認に頷く。手始めの探索なので外周までは行かないつもりだが、もしものときに動きが鈍らないよう決められる事は決めるべきだろう。


「そろそろ食事も出来たでしょう。我らも下へ参りましょうぞ」


 わずかに香ってくる汁のにおいは今日持ち込んだカツオブシの香り。初日だし景気よくわんさと削ったらしい。


 後で山内たちも同じものを食べるわけだが、彼らはカツオブシの香りに何を思うだろうか?





 雑炊ばかりでは芸が無いかなと思い、粉もの扱いの臼久根屋で仕入れてきた小麦粉は好評だった。さっそくすいとんが作られ、出来た端から妖怪たちの腹の中である。うどん用として買ったのだけど、まあ喜ばれたのならうどんでもすいとんでも構うまい。


 捕虜たちの反応はタクヤはまあまあ、山内は感慨深げだったらしい。タクヤは世代的に和食にそこまで思い入れの無い、洋式の食生活だったのかもしれないな。


 ――――支援者の手助けで生活ができる目途がついた二人は、当初は同じ世界の者同士として仲良くやるつもりだった。少なくとも山内の方はたったひとりの『現世の自分』を知る相手として、タクヤに執着のようなものが生まれたように思う。


 だが、ここから二人の関係はじわじわと悪化していく。


 理由はとても単純だ。山内にあってタクヤに無い物のせい――――スマホっぽいもの。山内は持っていたのに、タクヤはスマホっぽいものこれを持っていなかったのだ。


 屏風これがスマホっぽいものを持っていたからこそ、御前の目に止まり白ノ国に召し抱えられたように、下界の国としてもより有用な側に関心が向くのは仕方ないことだろう。


 タクヤは最初こそ色々と創作のお馴染みの行動を試していたようだが、残念ながら成果が得られることはなかったようだ。


 宙に浮かぶボードで能力値は見れないし、なんでも入る鞄もない。特異な力を得たわけでもないし、不思議な存在とコンタクトが取れることもなかった。


 一方で山内はスマホっぽいものの使い方を支援者に教えられて、生活支援のお礼として仕事を請け負うようになった。

 仕事内容は話を聞く限り『オート・レーダー』を使ったスマホっぽいもの所有者の探知と、『マーカー・クリエイト』による物品の作成とその譲渡である。


 なおレーダーによるスマホっぽいものの発見に関してはどこにいても見つけられるが、移動手段である『門』の痕跡は発見できる距離に限界があるため各地を飛び回る必要があるらしい。

 二人が安全な大都市から離れてあんなところで兵士たちといたのも、屏風これに類する誰かを探し回っていたからだろう。


 もうひとつの仕事である『マーカー・クリエイト』による物品作成は一度に存在できる数に上限があるらしく、あまり作れなかったようである。


 聞く限りその数は10。


 タクヤが持っていたひとつと遊女の持っていたひとつ、そしておろちが持っていたひとつで、まだ残り7つもある。タクヤの分以外は支援者に渡したらしいので、支援者からおろちと遊女に流れたのだろうな。


 直接か、間接的なルートか。いずれにせよ支援者は幽世と繋がりがあるのは間違いない。


 マーカーの話はひとまず置いて。下界の人間が屏風これに敵対的な理由が分かった。


 山内たちことは歓迎した一方で、レーダーを使わせて屏風これを捕らえさせようとした動機。それは罪人だからだった。


 支援者は山内に言ったそうだ。屏風これは辺境の村人を虐殺し、砦まで奪っている大罪人であると。


 この言葉は正しい。村を襲った兵隊崩れはともかく、体内にキューブを入れられた7名ほどの村人たちも多くは死んだだろう。兵士たちが捕まえに来るのも納得だ。


 そして砦に至っては大虐殺と言って差し支えない。紛れも無い侵略行為だ。


 はじめは個人として、次に国の兵として下界の住人たちに暴力を叩きつけたのだ。敵対されて当然だろう。


 山内がそれを聞かされて最初から悪印象を持つのも道理だ。あるいは彼女がひどく高圧的だったのは、虐殺者を相手にする恐怖の裏返しだったのかもしれない。


 本当はこちらと関わるのが嫌であった可能性もある。けれど下界での唯一の足がかりを失うわけにもいかず、支援者の言うままに屏風これを捕らえたのだろう。


 人が暮らしていくうえで一定の衣食住が保証されるという条件はとても大きい。現世に満足していた山内だからこそ、リアリストとして足固めの必要性を知っていたのだろうね。


 やがて時間が経つうちに、初めは平等であった下界の人間の対応も気付けば山内に傾いていた。下界の人間は同様に接している風を装ってはいたものの、取り繕った空気というのはバレるものだ。それが多感な少年となればなおのこと。感じ出した劣等感は彼を傷つけ、むしろタクヤを平等に扱ってほしいと願った山内にこそ攻撃的になっていく。


 仕事ができる山内と、くっついていくだけのタクヤ。そんな生活はタクヤに針の筵に座り続けるような気分を味合わせたはずだ。


 だから次第にタクヤは山内を嫌うようになった。どうにか関係を改善しようと模索する山内に、彼はむしろ卑屈な感情を見せていっそう当たるようになる。


 恩知らずな行動ともいえるが、やはりひとりの人間として少年の気持ちもわからないではない。


 無力な自分との対比。同年代の少女からの哀れみこそが、もっとも彼のプライドを傷つけたのだろう。


 そして悲劇が起きる。それは郊外の仕事にも慣れてきたときの事。


 突然にタクヤが道を逸れて、草原に入っていった。


 彼が何を思ってそうしたかは推測の域を出ない。二人はこの時点までは支援者の言いつけを守っていて、ジグザグに遭遇していなかった。だから警告を軽視した、もしくは疑っていたとも取れる。


 タクヤの鬱屈した気持ちが猜疑心を掻き立て、あえて忠告を破った可能性もある。


 創作の話ではやってはいけないことからストーリーが進むものもある。もしかしたら危険の中にこそ自分の期待する何かフラグがあるのではと考えたのかもしれない。


 トライの結果は簡素なものだった。彼はジグザグに触れられると消しゴムをかけられるようにガシガシと、体だけがみるみる消えたという。


 最後に残ったのは身に着けていた服だけ。それ以外は血も何も、肉体の痕跡は残らなかった。


 こうしてタクヤが消え、下界にひとりで残された山内。その寂しさは耐え難いものだったようだ。そんな彼女が最後にすがったのが、自分のスマホっぽいものにあった機能。『コンパニオン・クリエイト』。


あの・・タクヤは―――――4代目であるらしい。

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