第511話 下界首脳会議(内訳 傘・城・鎧・弓・偽妖怪)

 すでに精神的に折れている山内ベリーの尋問は少年より楽に済んだ。最初こそいくつか質問に対して言い澱む場面もあったものの、複数の脅しを掛けていくうちに諦めを見せて素直に口を開くようになった。


 おしめを交換しないで何日も放置したらどうなると思う? とか聞かされたらそりゃ怖いだろう。男女問わず、間違いなく最悪の拷問である。


 彼女の世話を担当している帯の付喪神『むすび』から聞くに、どうも最初のほうの山内はまだ諦めておらず、屏風これがいない間に世話役のむすびをどうにか懐柔しようと必死だったようだ。


 残念ながらむすびがまったく相手にしなかったため、途中からは情報収集に切り替えたようだとも伝えられる。なおそれもむすびが受け答えをしなかったので成果なく終わっているが。


「差し出がましくも申し上げやす。あれはおそらく生粋の悪女の類で。三下のあっしが言う事じゃござんせんが、もっと痛めつけて心を折ったほうがよろしいんじゃごさんせんか?」


 なんでしたらあっしが、とか。中高校生くらいの姿をした女妖怪が、同じく高校生を真顔で痛めつけたほうがいいと宣う絵面にちょっと頭が痛くなる。


 頭では相手が妖怪と分かっていても、若い女の子らしい見た目から乖離した中身の修羅っぷりが酷い。

 そういえば彼女も傭兵とかしてた無頼漢だっけ。口調も本来はもっと荒いものらしい。これに気を遣ってどうにか丁寧に喋っている感じである。それでもどこの時代劇か任侠映画かよというレベル。


 帯のむすびは箸のうるしと同じく、高名な皮職人の鬼女『万貫』を赤ノ国に誘拐するために天狗から金で雇われた、『裏道稼業の何でも屋』まがいの仕事で食ってきたと思しき妖怪物人物だ。


 得意とするのは帯の姿で狭い場所でも入り込み、隙を見て獲物の首に巻き付いて締め殺すという、生粋の暗殺者である。印象的にややインテリっぽいうるしより、もっと暗いところの出かもしれない。


 むすびという名前がある事からも分かるように、無頼ながら力のある妖怪として一定の知名度があったようだ。

 そのため彼女らを捕らえたときには『名持ち』だと、立花様やろくろちゃんからちょっと褒められていたりする。名前のある妖怪は何かしらの出来事から名声や悪名が轟いている場合が多いからだ。


 おしめを含む世話役という大変な仕事をさせているむすびには悪いが、女を、しかも未成年を痛めつける趣味は無い。尋問が終わるまでもうしばらく健康管理に気を遣ってやってほしい。病気になられるとこっちも困るのだ。


 おみやげに甘味を持ってきているので仕事の合間にでも食べてくれと伝えると、むすびは『おありがとうごさいやす』と口にして深々とお辞儀をした。


 なお腰を曲げてやる世間一般のおじきではなく、足を広く開いて両方の手を膝に乗せてやる、いわゆる〇クザ屋さんのアレである。図らずもフンドシらしいの見えちゃったので、次はもう少し浅くお願いします。


 というか足は閉じてお願い。ただでさえ知り合いから変態パンツ野郎的な、大変不名誉な属性がついたように言われてて困ってるの。


 こちらの困り顔がおもしろかったのか、『へいっ』という威勢のいい返事が少し明るかったことだけは救いだ。うるしや喜平と同じく、牢屋生活で摩耗していた心もだいぶ戻ってきたようでなにより。


 喜平とむすび、ふたりから世話役の任を解く前までに別の仕事を見繕っておく必要があるな。適度な労働は精神を健全化するのに良いことだ。適度、そう適度なら。大事なことなので2回言いました。






 食堂にろくろちゃん、錦さん本体、胴丸さん、矢盾を集めてお茶を飲みつつ知りえたことについて報告会を始める。


 今回聞いた事のうちのいくつかで、教えておくべきでかつ信ぴょう性が高そうなことを仲間たちと共有したほうがよさそうだったからだ。


 ちなみにお茶と言ったが、ろくろちゃんと胴丸さんからねだられたため、ふたりは空母内にある自販機から購入した缶ジュースを飲んでいる。

 前回売店で買い与えた西洋菓子で味をしめて、幽世に出回らない新しい味の開拓に意欲があるらしい。


 一方で矢盾は半ば強引にろくろちゃんに飲まされたコーラを派手に吹いてから、すっかり保守的な物しか口にしなくなった。茶請けに出したシンプルなビスケットだけは妙に好みに合ったらしく、手を休めずサクサクと食べている。


 そして錦さんは意外にも売店のインスタントコーヒーである。


 コーヒーというか、コーヒーの香りにちょっと思い入れがあるんだとか。戦国時代に伝来した舶来品の中にコーヒー豆は実際あったらしいけど、それを懐かしんでいるのかな。


 それはともかく、まずは安全に関わる事。街道を離れたとき出てきた不気味な存在。屏風覗き命名『ジグザグ』について。


 残念ながら山内もあれについては詳しくは知らないようだが、その特徴についてはこちらより細かく知っていた。


 1.あれは下界の存在には反応しないし出てこない。


 2.街道・村・町などには出てこない。出てきてもこれらに戻れば何もせず消える。


 3.山内や少年には反応する。一度襲われているが、なんとか山内だけ・・は無事だった。


 4.ジグザグは『02?』も知っていて、絶対に戦うなと警告されている。


 とのこと。


「で、どうすりゃ殺せるんや?」


 血の気の多い化け傘が真っ先に排除方法を尋ねてくる。前に遭遇した時はろくろちゃんをして全力で警戒するくらい危険な相手と認識していたからね。


 倒せるなら上々、倒せなくてもせめて対抗方法があるなら聞いておきたいのは当然だろう。


 だが残念ながらアレをどうこうする方法について山内は知らなかった。これに関しては『知らない』ことこそ信ぴょう性が高い情報だと思う。

 いっそ嘘の情報を教えて、近い将来にジグザグにこちらを食わせるという布石にも使えたはずである。


「報復を恐れて嘘を言わなかっただけではありませぬか? 我らが一網打尽になるとは限りませぬ」


 矢盾は自分の失態でジグザグを出してしまった張本妖怪張本人。そのためろくろちゃんとは別の動機でアレを倒したいと思っているかもしれない。

 なにせあの件のせいで完全に屏風これの下につくことになってしまったのだから。いっそ怨敵として恨みさえしているかも。


 矢盾の指摘は順当。当然それも考えられる。ただ山内がジグザグアレの事をひどく恐れているのは本当だ。


 ――――これは屏風覗きが牢獄を脱して彼女と追いかけっこをしたときの話だが、山内はバカ正直に街道を走って逃げていた。


 遮蔽物らしい遮蔽物が無いとはいえ、横の草原に入ってしばらく行けば寝そべるなどするだけで姿を隠せるくらいに草は生えているにも関わらずだ。

 女の足で男から逃げるとなれば直線で走ってもまず逃げられるわけがないと、いくらあいつがアホでも分かるだろうに。それなのにだ。


 キューブで正面を囲った時も街道の横幅を超える先は探らず、下を掘ろうとする始末。


 必死の場面でこそ真実は映る。山内もジグザグの事を恐れているのは明白だ。少なくとも山内自身に対抗手段は無いのだろう。


 この中で朗報と言えるのは2。ジグザグを出してしまっても街道に戻ってしまえば消えるという情報。これは屏風覗き含む、ここの全員がすでに体験している。消えてもしばらくは襲われるんじゃないかと思って動けなかったのは記憶に新しい。


 引き続き街道を外れない事を徹底しよう。もともと用があるのは下界の大自然ではないのだし、こちらは困ることなど無い。


「あの、白石様」


 チョコの掛かったビスケットを優先的に食べていた胴丸さんが、遠慮気味に声を出す。手を使って発言を促すと、彼女は先ほどの説明のひとつに引っかかる物言いがあったことに言及した。


 あの人間の少年少女はすでに一度ジグザグに襲われていて、そして山内だけ・・は無事だったと聞いた気がするのですが。聞き違いでしょうかと。


 全員の視線がこちらに向く。これに関しては話そうかどうか悩んだが、一部をぼかして話すことに決めていた。


 あの少年はタクヤという名前らしい。そして彼は――――――すでに死んでいるのだと。

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