第509話 幽世の術の解説と、短い尋問(決して男子だから淡泊に済ませているわけではない)

「ご命令とあれば。何かありましたらすぐ参ります、くれぐれもお気を付けを」


 若干不満そうな顔をした矢盾を警戒の名目で艦橋の天辺に行くよう命じ、ろくろちゃん・胴丸さんと尋問に向かう。


 小太刀術も使えますと室内戦闘も可能なことを彼女にアピールされたが、これは矢盾の正体が弓だからとかそういう意味での配置ではない。


 これから行うのはプレイヤーに関するもの。たとえ味方でも知っている数は少ないほうが望ましい。すでに知っている者とて、出来ればより詳しくなることを避けねばならないのだ。


 実際ろくちゃんにしても胴丸さんにしても会話が聞こえない程度の距離で待機してもらう手筈である。

 これにはろくろちゃんからも不満が上がったけれど、立花様の言いつけだと言ったらアヒルみたいに唇を剥きつつも黙ってくれた。胴丸さんはそれが命令とあればと、宮仕えらしく通達も上から下なので一言もない。


 情報の秘匿についての重要性を説く段階でなくて助かります。いや、一番の青二才が言うことでもないか。


 屏風覗きの持つこのスマホっぽいものについて、妖怪たちの中でもっとも詳しいのは立花様を筆頭とした白ノ国の上層部だろう。ただし立花上司様が他の方と情報をどのくらいの深度で共有しているかは不明だ。

 リリ様はともかく、派閥争いをしている牛坊主様に隠していることはあるかもしれないな、勢力争いに近づきたくないし言動に気を付けよう。


 下位で詳しいのは屏風これが幽世に来た時にきつねやにいたメンバーだろう。とばり殿とひなわ嬢だ。特にとばり殿は実際にスマホっぽいものを手に持ったこともある。ふたりは屏風覗きの使う力がみんなこの板っ切れ由来だと確実に知っているはずだ。


 夜鳥ちゃんと秋雨氏は不透明だが、まず把握していると見ていいだろうな。秋雨氏などは一緒に暮らしているわけだし、ここまで近いと察していないほうが不自然でさえある。


 ――――このスマホっぽいものの存在を知らない妖怪たちは基本的にこの力の事を、屏風これの『術』と認識しているらしい。


 『術』は幽世に実在する技術。いわゆる魔法的な技術カテゴリーである。


 ただ行使には物理的な制限も多く、特に劇的な効果かあるものは簡単には使えない。事前に用意する道具や予めの願掛けなんかも必要だったりするらしい。


 道具は分かるが願掛けって何? と知り合いのフヒッている術者に聞いたところ、要するに神頼み的なものだった。


 この日はこれこれ、こういうことをするので、あなた様の力を貸してくださいと事前にお願いしておくと、その日だけ使える術というのが術の系統によってはあるらしい。予約制かな?


 幽世の術は大まかに『神道』『陰陽道』『仏法』。これに妖怪たち個妖怪個人が使う大別できない『野良術』の4系統になる。


 よく創作で聞かれる『妖術』という分類は無く、そう称したものは出自の知れない野良術の俗称でしかないらしい。まあ野良と呼ばれるより妖術と称したほうがカッコイイ響きではあるが。


 けど、そんな変なカッコつけをするから正式に学んだ術者から野良と蔑まれるのだろうなぁ。剣術なら田舎剣法と貶されるアレだ。


 ちなみにとばり殿の使う『内丹術』はとついているが、これは肉体フィジカル面の技術で厳密には『術』に含まれない。強いて言うならゴリラパワーである。


 おっと、どこかから睨まれた気がするのでやめよう。幽世のサトリ妖怪たちはどこからでも心を読んでくる。くわばらくわばら。


 いずれにしてもファイヤーボールと唱えて魔力とかを消費すれば、すぐポンと火の玉が出る便利な技術ではないようだ。具体的にどうしているのかは術系譜ごとの秘伝らしく、それぞれ修めた術者しか詳しく知らないし使えない場合が多い。


 ただ山を登れば他の山の頂上が遠くに見えるように、ひとつの術に詳しいものは他系の術でもある程度はやり方を推測できたりはする。この辺も現実の技術・・に近いな。


 ただし、ひとりで複数の術系譜を齧るのは危険なので、たとえ使えそうでもまともな術者はまずやらないんだそうだ。爆弾魔が修める技術を絞るのと一緒だろう。それに医者の分類が患部ごとに多様化したように、専門職とはそうなるべくして特化していくものだ。


 誰だって腕が良くても胃腸科のお医者さんに脳手術をされたくはあるまい。なんでもかんでも修めるのは天才というより、むしろ変人枠だろう。時間は有限だ。


 まあ寿命が人間と比べて長い妖怪なら、人間より多岐にわたって学ぶ時間はずっとあるかもしれないけどね。


 翻って、屏風覗きの使う『キューブ』や『門』といったチートは上司から秘匿しろと釘を刺されている以上、できるだけ『術』として通す必要がある。


 系統としては野良術の類になるのかな? なんにも勉強していない無知野郎なのに、さも知識人みたいに振舞うのはキツイんですが。


 ――――などと余計な事を考えていても、足を動かしていればおのずと目的地には辿り着く。


 妄想も空想も現実の逃げ道にはなってくれない。


 これから屏風これは未成年を本気で尋問する。最悪、死ぬような薬を使ってでもすべての情報を吐かせる必要がある。それが立花様からのご命令だ。


 白ノ国の庇護に入った者としてやらねばならない事はする。そうして初めて給金を貰い、住まわせてもらっている義理が立つのだから。


 だが、それでもなお方法と裁量だけは任されている。結果さえ出せば個人裁量の部分を自由にする点について、国にも上司にも文句を言われる筋合いはない。


 部屋の入口に監視として立っている錦さんの配下に頭を下げられる。それを手を挙げて労い、薬品臭の漏れてくるドアの無い室内へ。


 彼は点滴をされつつ簡易なベッドに縛られていた。


 容体は良好なようで機械に繋がれてバイタルを測っている様子もない。声掛けもなく入ってきたこちらを見ると、思わずという感じに渋面を作っている。負けたことで苦手意識でもついたのだろう。


 内部は狭くて窓もない。船としては巨大に分類される空母と言っても、やはり通路や部屋は基本的にコンパクトな設計だ。


 尋問を始めるが容体はどうかと、あえて冷淡に聞く。


「もう少しなんかねえの? こっちは死にかけたのによ」


 小生意気な事を口にできる程度には元気なようで何より。殺し合いをした仲で治療してやっただけありがたく思ってもらおう。


 彼は何度か自分が未成年であることに言及し、子供の扱いが悪いと嫌味を言ってきた。ガキ扱いは嫌だが、大人として責任を持つのも嫌だという、己の都合で立場をすり替える典型的な未成年に思える。


 だが、こちらが『よく眠れるか』とか『鎮痛剤は高い』と言いながら点滴の管を弄り出すとピタリと黙った。立場を理解できるくらいには頭があるようで結構。


 しかし十分には理解していないらしい。こちらの尋問中に屏風これの素性や山内ベリーの事を何度も聞いてきたり、彼女に何かしていたら許さない発言をもらった。


 やがてヒートアップした少年はベリーとすぐに合わせろと言い出したので鼻で笑っておく。こちらに願いを聞いてやる義理も得も無いと吐き捨ててやる。


 そろそろいいかと思い、無事な右手で思い切り彼の喉笛を掴んで絞めた。彼は手足を縛られているので抵抗はできない。


 顔が紫色になるまで絞め続ける。これでも人力前提の国で半年近く暮らしてきたのだ。鉄火場も経験した。多少なりと腕力もつく。


 頃合いを見て離すと少年は派手にせき込んだ。そのせき込みが治まる前に耳を掴んで引っ張り上げる。


 道徳的な対応をしてほしいなら言葉に気をつけろと淡々と告げる。


 こうしておまえを生かしているのは気まぐれでしかない。ここは日本じゃない、法治国家じゃない、学生のひとりふたり殺しても誰も捕まえに来ないし文句さえ言われない。


 おまえが躊躇なく屏風これを剣で切り殺そうとしたくらいには、こちらも殺すことに躊躇いはないんだと。


「あ、あのときはゲームキャラだと思ってたんだ! あんたプレイ、ぃぃぃ――――っ!」


 その言葉は金輪際出すな。彼の耳を千切れそうなほど捻り上げてそう言い聞かせる。手を放して包帯を解き、屏風これの縫合した耳を見せつけ、おまえもこれと同じにするぞと再び耳を捻り上げて脅す。


『分かった』を『分かりました』に言い直すまでそうしていた。


 未成年、しかも怪我人の相手にこの仕打ち。世間ではさぞ酷い奴に見られるだろう。でもこれしか出来ないんだ。


 ――――今、屏風これの手元には依存性のある薬物がある。


 それよりさらに強い依存性があり、ゆっくりと精神を壊していく薬もある。


 あっという間に抵抗心を完全に無くすが、投与されれば1.2時間で死ぬ薬までもがこの袖の中にあるのだ。


 お願いだから変に反抗せず喋ってくれ。リリ様に渡されたこの3種の薬を使わずに手早く済ます方法が、屏風これには恐怖と暴力しか思いつかない。


 たとえ言い訳だと批難されても目を逸らして行うしかない。泣き言を叫びたい気持ちを今だけは隅に追いやり少年を締め上げる。


 これから何日もかけてベリーと交互に尋問することを明言し、証言に差があれば相手が酷いことになると通告して尋問を続ける。


 やがて少年の目から徐々に怒りは消え失せ、甘ったれた少年少女がある・・と妄信して疑わない人権など、今この場では誰も守ってくれないとようやく実感したことが伺えた。


 その実感が恐怖へと変わるのにも、さほど時間は掛からなかった。


<<実績解除 未成年虐待 +1ポイント>>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る