第507話 戦いの後に待っているもの

『門』から空母、すなわち美濃英みのえ砦の甲板へ。


 これまで何度も行き来してみたが、やはり『門』が開くのは甲板のど真ん中で固定らしい。今は停止しているこの状態、仮にこの空母が飛行しているときに『門』を開けたらどうなるのだろう。飛行速度によっては時間が動き出した途端に風圧を受けて転ぶかもしれないな。


 やがて『門』が閉じると灰色だった世界が動き出し、下界に来たと気付いたろくろちゃんと矢盾が即座に人型になって周囲を警戒する。


「なるほどのぉ。確かに違うとこに建っとるわ」


 今のところ危険なものは無いと判断したのか、少し緊張を解いたろくろちゃんが出していた現身の傘で背中を掻きつつ、周りをぐるっと見回していく。


 今回も護衛として付いてきてくれたのはろくろちゃん、胴丸さん、矢盾の3名。彼女たちには美濃英みのえ砦の現状を伝えている。


 空飛ぶ砦という点で全員がオイオイ待て待てと引っかかったが、どのみち向こうに行けば前回と違う土地に建っているのだ。なら幽世でウソだホントだと騒ぐより、論より証拠で見てもらうほうがいい。


 いずれの面子も飛ぶかどうかはまだ半信半疑のようだが、とりあえず砦が前の場所から動いたことだけは納得してくれたようだ。


「白石様っ!? お帰りなさいませ! 轆轤ろくろ様ぁ! 白石様ぁ! ご帰還! ご帰還にございまする!」


 いち早くこちらを見つけてきたのは箸の付喪神で、囚妖怪囚人たちのリーダー的な立ち位置にいるうるしだった。

 彼女は持っている箒を旗代わりに振り回して、大声を張り上げて砦にいる者たちに来訪を知らせている。


 ――――戻ってきたら攻め落とされていたとか、山内たちに内部から奪われていたとかのオチじゃなくてよかった。向こうにいる間は嫌な未来がずっと脳裏を過っていたのだ。


 見上げた空に輝くガマズミの紋には陰りもない。あの白い輝きがある限り、この砦は安全だ。


 艦橋のほうへと歩く間に傘・鎧・弓の付喪神3面子へ、囚妖怪囚人たちの貢献について伝えておく。


 彼らは罪妖怪罪人ではあるが、これは狭い牢屋に押し込めてく刑罰を受けているわけではない。砦の警護や雑用の役割も労働刑として負っている。

 しかしながら、刑罰なのだからやって当然という顔で、頑張ったことに一言も無いで済ますのはどうかと思うのだ。


 何が言いたいかというと、これから渡すご褒美のひとつくらいは見ないふりをしてほしいというお話。


 意外にもこれに一番理解を示してくれたのは矢盾だった。おそらく辺境の大将としての人心掌握上の経験則だろう。

 ろくろちゃんや胴丸さんは罪妖怪罪人なんて鞭だけで十分という考えで、甘味や煎餅を渡してやると言うと『贅沢』『もったいない』と呆れられている。


「白石様、ご無事で! お荷物をお運びいたしますっ」


 一通り砦に声掛けが済んだらしいうるしが走ってきたかと思うと、こちらの数歩前で片膝をついてそんなことを言ってきた。こういう作法ってどこで習う物なんだろう。


 取り調べで分かった経歴から生粋の無頼と言われている彼女。しかし立ち回りから考えるに、どこかの組織に属した経験があるのかもしれないな。


 それにしても慣れないなぁ。こういうの。






 空母の食堂で砦を預かる城化け物、錦さんの『本体?』と面会して現状の確認を行う。十二単姿のお姫様が米国の食堂にいる絵面のインパクトよ。


 今のところ敵兵の集結や捕虜の問題などは起きていないとのことで、ひとまずこちらでしたいことは邪魔されずに済みそうだ。


 ただ少し気になるという形で、いくつかの懸念は挙げられている。


 まず大きな事として、少なくない数の町の住人が外周をウロウロしているのが確認されている。


 できれば家に戻りたい、無理なら財産だけでも持ち出したいという人々だろうな――――非常時のために町へ残さざるを得なかった家族を心配している者たちも、もしかしたらいるのかもしれない。


 屏風これが下界で初めて遭遇した集落において子供を盾にしようとした兵隊崩れと、屏風これが助けた子供に近づく前にかっさらっていった母親らしき女の事が思い起こされる。


 きっと、下界の人間にも愛や優しさはあるのだろう。屏風覗きのような余所者には向けないだけで。


 せめて家の財産や取り残されている人間を、町の外に運び出してやるべきか。


 仮に実行するとしたら前者は誰のものか判別できないので、そのまま外に投げ捨てるような形にするしかない。ただでさえ少ない砦の妖怪数人数でやるのも現実的では無い話。


 後者はいくつかの条件が整えば可能だろうか。手分けして1軒1軒見て回り、要救助者がいたら町の外へと連れていく。いや、無理か。こっちも机上の空論だ。


 部屋に寝たきりの老人が生きていたとして、現実問題そのご老体を外に運び出して誰が幸せになれる?


 ――――嫌な人間だよ。せめてもの人助けを考えるつもりで、結局こんなことしか思いつかない。


 喜んで寝たきり老人を迎える家族の姿を想像できない。体よく切り捨てられたと内心ほっとしている姿の方が、遥かに楽に想像できてしまう。


 もちろんこんな下衆な想像よりもっと優しい、良い家庭もたくさんあっただろう。それを壊したのは他ならぬ屏風これだ。


 分かっている。他国の土地を占領することはこういうことだ。どれだけ口で優しい事を言おうとも、まず最初にすべてを踏み潰す覚悟を持たなければいけないのだ。それが他人と戦うという現実。


 こんなことをやっておいて今さら救えない事を嘆くなど、それこそ潰されたものからすれば馬鹿にするなと怒鳴り散らしたくなるだろうな。


 捕らえた獣を町に引っ張りんだら、それが逃げて暴れたうえに仲間の獣までやってきて町をメチャクチャにした。そんな教訓話だとでも思って、せいぜい笑ってやるしかない。


 可哀想なんて善人ぶる事こそ卑怯。敵は敵らしく、黙って憎まれるべきだろう。


 今後の町の探索は嫌なものばかり見ることになりそうだ――――でもせめて、せめて赤ん坊や幼児の亡骸だけは出てこないでくれ。


「兄やん、顔色悪いで。痛むんか?」


 眉を寄せて顔を覗き込んでくる姉になんでもないと伝えて、報告の続きを聞く。


 争うとは地獄、誰だって本当は分かっていることだ。死体は消えたりしない。レアアイテムなんて落ちない。現実の戦後とはもっと湿り気のある、臭くて汚いもの。


 誰かを殺して奪うんだから、おぞましくて当然なんだ。


 ――――沈むのおしまい。来て早々に滅入ってどうするのか。チラチラとこっちの容態を伺う優しい化け傘ちゃんに、あまり心配をかけるのもアレだ。


 ふたつめに伝えられた懸念については、これから行うことで解決するかもしれない。


 先にどちらからにしようか。


 腹の傷のわりに元気な少年か。すっかり弱ってきたらしい少女か。


 パスを入れて初めて覗いた時から、05のスマホっぽいものに搭載された機能とその使い道についてひとつ引っかかることがある。


『コンパニオンクリエイト』。NPC作成機能とは、具体的にどんなものなのだろう?

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