第505話 幽世側の刺客の素性と、その最後を記す

「「ろくろ様、白石様。このような場所にご足労いただきまして、ご高配痛み入りましてございます」」


 城の敷地の外れにひっそりとある『尋問部屋』にて。黄ノ国から来たらしい遊女を尋問していたのは双子さんたちだった。


 彼女たちは双子の付喪神という幽世でも珍しい妖怪で、名は右佐美うさみと、左津紀さつき。見た目は人の一卵性双生児よろしくそっくりで、服装のほうもまったく同じ格好をしている。違いがあるとすれば長いサイドテールを右佐美うさみさんは右側。左津紀さつきさんは左側に分けていることくらいだ。


 その正体は古くに大陸から沖縄に伝来し、琉球空手でも使われるサイという武器である。外見は十手に似た刺突武器で、白ノ国では俗称で十字剣と呼ばれることが多い。基本は二本一組で扱い、暗器としても護身具としても使われた刃を持たない武具だ。


「「知ることはほぼ吐き出させることが出来たかと。内容はこちらにしたためております」」


 双子さんはまったく同じ言葉を同時に話す癖があり、初めて聞いたときは耳に入るサラウンドに戸惑ったものだった。まあ慣れてしまえばちょっと姦しい立体音声である。


 手渡された和紙をちょっとたげ眺めてろくろちゃんに。しかし彼女は面倒そうに『いらない』と、突き出した書面に手を隔てて拒否した。


 できればこの中で一番偉い上司に目を通してほしいんだが、下っ端おまえがやれというなら是非もない。


 ―――――黄ノ国から流れてきた遊女のそれまでの経歴なんかもあるのか。あらゆる情報を搾れるだけ搾り取ったようだ。


 全部読んでると鬱になりそうなので、まず必要な部分だけ抜き出して目を通す。双子さんは聞き取ったものをこういった報告書に起こすのに慣れているようで、注釈からすぐに飛ぶことができた。書類にそつがない人材って、だいたい何をやらせても有能なんだよね。


 双子さんの優秀さは置いといて。女があの印鑑を手に入れたのは黄ノ国にいたときで、タイミングとしては白に向かう直前のようだ。


 彼女は自国の遊郭でそこそこの女郎だったが手癖が悪く、客の財布から金銭をチョロまかしていた。それがとうとう発覚して黄ノ国の店では働けなくなり、それまでのキャリアを捨てて白に来たらしい。


 遊女歴をキャリアと表現するのもちょっとアレだが、体を張って仕事しているのだから犯罪者よりはよほど真っ当だろう。ただし、彼女の場合は犯罪にも手を染めていたので台無しだが。


 貯めていた金は客と店と国への賠償でスッカラカン。だがそのおかげ界隈のケジメや国の刑罰は免れ、ほぼ身ひとつとはいえ五体満足で叩き出されることになる。


 どうも黄ノ国は名前の黄色に習っているのか、トラブルはお金で解決できることが多いようだ。


 しかし金が無いのは首が無いのと一緒、なんて言葉があるように金に困っていた女は、生活を立て直すために少しはまとまった金が必要だった。


 そして黄ノ国を出ていく折、『古くからの知り合いと思っていた』『会ったばかりの怪しげな人物』から小遣い稼ぎの仕事を頼まれることになる。


「「惑いの術をかけられておったようです。人相などは聞くたびに変わるため、割れませんでした」」


 まあそうだろう。よほどおバカなやつじゃないかぎり敵に捕まる可能性もある仕掛けに素性を見せているわけがない。


 仕事の内容は印鑑を隠し持って白に潜り込み、屏風これがよく顔を出す店に勤める事と、しかるべき時に『門』の向こうに屏風これケツを蹴り出すこと。


 これだけ聞くと難しいのではと感じる。しかしひとつひとつ分解していくと、そこまででもないのかなとも思えた。


 まず入国。これはそこまで難しくない。入国管理の腐乱犬フランケン氏は抜け荷や呪いの発見にこそ鼻が利くが、食い詰めて他国から稼ぎに来ただけの遊女など埒外だろう。こういった妖怪でも凶悪な犯罪者や敵対的な者でないなら受け入れているのが白ノ国だ。


 これは白ノ国の起こりとして、他の国から追い出されたりした者たちの集まりだからである。今でこそ他国をごぼう抜きにして繁栄しているこの国は、一昔前は死にゆくものが最後に行き着く果ての土地であったのだ。


 そんな経緯を持っているために、御前ボスは今でも弱い者を受け入れるのである。ただし、ここで犯罪を犯したら窃盗額5両を超えた時点で軽犯罪でも死罪だが。


 この国は弱者に寛容である一方、刑罰が他国に比べてもひと際重い。それは御前の温情によって入ってきた者たちをこういった点で選別し、不心得者のふるい落としをしているからだろう。


 人権を前に出したまともな法治国家に住んでいる人間の目では少し厳しいと映るかもしれない。だがここは妖怪の世界、幽世。恩に唾を吐いた者など、それこそ国を問わず死ねばいいと思うほどに妖怪たちは大嫌いなのだ。


「十字、その阿呆を叩き殺すのはうちに任せえ――――玉の慈悲に砂かけよってからに」


 ろくろちゃんの処刑人宣言を聞いて脳裏によぎるものがあったが、止められる理由も材料も無いため何も言えなかった。


 広義的には操られたと言えなくもない。しかし、彼女の動機は金のため。過去に屏風覗きへの恨みを増幅され抹殺しようとした浦衛門とは違う。こちらには非も負い目もない。


 請け負った仕事によって金を得て、下手を打った分の負債を払うだけ。


 ―――――気を取り直して次。屏風覗き行きつけと称される椿屋に潜り込んだのは、『怪しい人物』にそう指示されたからであるらしい。


 非常に頭の痛い話だが、どうも屏風これが椿屋の後援者ケツ持ちをしているという事実は、すでに他国でも耳に入るくらいの有名な話なんだそうな。


 これについては先代の悪党の庇護が無くなり付け入りやすい状態となってしまった椿屋なりの、一種の情報戦・防御の面もある。店に手を出したら『あのキレやすい屏風』が黙ってないぞとアピールしているのだ。


 これも頭の痛い話で、本人の預かり知らぬ間に他国の悪党勢から『ちょっかいかけたらヤバイやつ』認定を受けているとの事。


 情報源は夜鳥ちゃん・浦衛門・ひなわ嬢を筆頭に南のみなさんその他大勢である。


 というか特に前3名、絶対キミら背びれ尾びれつけてあることないこと広めたやろ。おかげさまでたまに町歩いてると、他国から来たらしい侠客風の兄さん姉さんからものすごい畏まった挨拶される始末なんですが。絶賛大困惑してるわ。誰が屏風の親分さんやねん。


 いけない、思考が逸れる。ともかくこの点から考えて、敵は白の内情に詳しいと分かったのは収穫だ。相応の情報源を持っているのだろうな。


 素人考えだと怪しく思えるのは他国の遊女を受け入れている椿屋の女主人『後家女郎』。しかし彼女は妖怪として白や屏風これと敵対しないと誓っており、さらに件の遊女の連行時に後家のほうは無実と認定されている。


 なお最初の尋問担当者は夜鳥ちゃんであったらしい。そんな権限もないのに。


 なんでも、遊女確保のため兵が突入する前から店の中で後家たちを締め上げ、ひたすらキレ散らかして暴れていたらしいのだ。そのため彼女もとばり殿同様にお叱りを受けて今は謹慎中。その後に別の者が改めて取り調べて後家は無実シロとなった。


 最後に仕掛け。これは印鑑から『やれ』という指令が来たという。あの印鑑には一方通行のごく簡単な通信機能めいたものがあり、これを使って決行のタイミングを取ったようだ。


 05のスマホっぽいものには『自動索敵』という、他のスマホっぽいものを探知する機能がある。これに印鑑の位置を知る製作者としての知覚を合わせれば、下界にいる山内ベリーとの連携も取りやすかっただろう。


 ――――印鑑を渡した『術を使う怪しい人物』という謎は残るが、これらが屏風覗きを下界につれこんだ一連の策の概要らしい。


 これ以上は遊女をいくら叩いても何も出ないだろうな。そうなるとあとは後始末を残すのみ。


 法に照らし合わせれば彼女は死罪となる。


 下界で山内ベリーや少年、兵士たちを相手に十分にお返しをしたこともあってか、あまり恨みという強い感情はわかない。だが、同じくらい助ける気にもなれなかった。


「兄やん、先に外に出て待っとってや。ちょっくら野暮用かたづけとくわ」


 そう言ってきたろくろちゃんに思わず口を開きそうになったとき、ここに来てから終始黙っていた胴丸さんが右の袖を引いて、やはり無言で屏風これを止めてくる。隣の矢盾も首を小さく横に振った。


 水を持ってきてやりや、というろくろちゃんの淡泊な言葉を背にして外の日の光へと足を速める。


 凍えていくような気持ちを少しでも温めたくて。


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