第230話 傘にぶら下げた人参
「
案内をしてくれた黒の頭巾猫ちゃんと別れて、ひとり城内から出たところに待ち構えていたらしい化け傘ちゃんと遭遇した。
必要な説明をザックリ省き、ふわりと身を浮かせると傘の姿になったろくろちゃんは屏風覗きの肩に乗って景気よくカラカラと回り出す。
まあ言われずとも推測は出来る。たくさんの兵や
山本組での出来事を数えればヤツの攻撃はこれで二回目。明らかに行きずりの犯行ではない。
ヤツには町中に放たれた兵たちの探索を掻い潜ってまで再び襲撃をするほどの、それほどのリスクを冒す執拗な害意がある。高確率で三度目があるのは間違いないだろう。
ならば当てもなく探し回るより的に張りついたほうがいい、
「当たりや。手間が省けて助かるで」
疲労と睡眠不足による精神ハイだろうか? 傘のままこちらの首を起点にグルグル回らないでいただきたい。そのうち握りから刃が出て首がポトリと落ちそうだ。
それはともかく、ひ弱な屏風覗きとしても白ノ国において名のある実力者であり年ちょ、頼りがいのあるお姉さんが近くにいてくれるのは助かる。
というのも護衛をしてくれていた
まずひなわ嬢が銃の整備のために一時離脱することになった。長治の襲撃で飛んできた瓦を持っていた火縄銃で叩き落したさい、
彼女は『瓦をちょっと叩いた程度で壊れるような
それでも他に使える
だが、不運というのは立て続けに起きるもの。どうにも不穏な気配がしたので隠し玉に頼らず、まずは本命の銃を修復して万全の状態を取ってもらうことにしたのだ。
頼りない屏風覗きの事を心配してくれるのはありがたい。だが運の揺り返しの影響か、周囲にまで不運のおすそ分けをし出したこの状態では何が起きるかわからない。
特にひなわ嬢の特技は銃や火薬。最悪、弾詰まりで暴発でもしたら彼女が死にかねない。
無理はせず
「いっそあたいが戻るまで城に引き籠っててくださいな。もう南は放っときましょう」
去り際にそうこちらを諭し、銃の修理に向かってくれたひなわ嬢には悪いが、負け犬は立花様にお叱りを受けて気を取り直した。こうなったら屏風覗きにも意地がある。口に出しただけの事はやり遂げたい。
もうひとりの護衛だった夜鳥ちゃんは正式に原隊復帰でお別れ。
この子は元々『きつねや』で療養していた屏風覗きの介護と城との連絡役をするため残っていた雀っ子。
姉貴分として慕うみずく花月の難事という事で、上にしばらくお目こぼししてもらっていただけ。水月屋の事も店ごと無くなるという酷い形でだが解決したので、ボチボチ復帰しないといけないらしい。
「何かあればすぐ馳せ参じますので、ご自愛くださいますよう」
心配そうに何度も何度も振り返る夜鳥ちゃんを、これまでの手助けを感謝して仕事に送り出した。いずれ何かしらお礼をする機会を設けたい。
ただ、気のせいか未だに彼女の視線が背中に残っている気がする。城に上がる前に別れたはずなのになぁ。それだけ心配されていたということだろう。
そして最後のひとりの胴丸さんは屏風覗きの目の前で護衛をクビになった。残酷に解雇通知を切ったのは化け傘ちゃんである。
「やっぱ
そう上役にバッサリ切り捨てられて、塩もみしたキュウリみたいにしおしおになった胴丸さんが哀れでならない。
何とか援護できないかとろくろちゃんに話を聞いてアラを探したのだが、もう話はキッチリ各所に通しているとのことで汚名返上の機会さえ作ってあげられなかった。仕事早いなオイ。
これも押し寄せてくる屏風覗きの不運のとばっちりだとしたら申し訳ないの一言だ。こちらも近いうちに何か謝礼を考えておこう。
「で、町を当ても無く練り歩くんか? 芸が無いのぉ」
いや、目的地は決まっている。山本組だ。
どうあっても数的不利は否めないが、人海戦術に対抗するためには起点になる固い組織票がいる。まだ文鎮堂に染まらず一定の勢力を保っている山本組がひとつめの鍵だ。
ほーん、という気のない声でこちらの説明を流した化け傘ちゃん。
――――君にひとつ確認したいことがある。
金が入るが恩義に唾を吐く自分と、恩義は守れるがスカンピンの未来。人はつい前者を選んでしまうのだけど、妖怪は本当に後者で後悔しない存在なのか? 幽世では妖怪にだって暮らしがあり、食べられなければ飢えて死ぬ。
それでも金を求めない選択など出来るのか?
「できる。義理人情、恩義、そして約束は妖怪の絶対や。人間のような恩知らずのカスタレとは訳がちゃうわ」
断言。それは彼女の信念か、妖怪はそうであれという願いか。
現実として
これはサンプルが少なくて本当に聞きたい事から考えると意味のない質問だ。けど、これが今回屏風覗きの積み上げるべきひとつ。
ろくろちゃんという最初の
願わくばその上に、決して崩れぬ立派なお城が建ちますように。
「なんやねんブツブツと。行くなら早よ行くで、さすがに城の周りじゃあのド腐れ共も出てこんやろ」
こちらは南の件のやり返し、ろくろちゃんにとっては餌をぶら下げての獲物の釣り出し。屏風覗きの護衛は彼女にとって
<自動防衛すますか? YAS/Nぅ 12H拝借1000ポイント>
まず一回目の防御。すでに後ろ髪の長治から二度、謎の弓兵から一度の襲撃を受けている。特に長治は大きなリスクを伴う状況で二度も狙ってきた相手だ。三度目の正直とばかりに今度こそ決定的な場面で襲撃してくるだろう。
むしろ
一度目は無傷、二度目は手傷。そして三度目は命を落とす覚悟で。
成功しても破滅が待っている人生を担保にしたチャンスだ。それでもヤツは来るだろうか?
そのしつこさは恨みの強さからか、絶対に捕まらないという自信から来るものか。
――――あるいは損得を度外視したがゆえなのか。
妖怪にも特攻や玉砕という考え方はあるのだろうか? あるんだろうな、白い傘の姿で肩に乗っているろくろちゃんも絶望的な戦いで一歩も引かなかった。多勢に無勢でどれだけ嬲られようと、敬愛する白玉御前のために命を投げ出すことを躊躇わなかった。
後ろ髪の長治にとってそうさせる相手は弟だったのかもしれない。その命を奪った屏風覗きを何を犠牲にしても殺したいのだろう。
命の価値はそれぞれだ。
同じく、こちらにとっても白玉御前様のお命の価値が上だ。これは個人の価値である限りどこまでも平行線の話。
来たいなら来るといい長治。なんとなくだが、あんたの逃走のタネも分かっている。ろくろちゃんには悪いが次は
「なあにいやん、頭モシャられてんで?」
待って、忘れていたわけじゃないだよ松ちゃん。痛い痛い、髪は胃酸で溶けないから、お腹壊すからッ。
いつのまにか背後に機嫌が悪そうにバフンバフンと鼻息を吹き付けてくる松がいた。
馬の姿で存在する鞍の付喪神である松ちゃん。この子は普通の馬より頭が良く、厩舎のある城の敷地内を好き勝手に行き来している。秋雨氏の話では屏風覗き不在の間も、たまにおやつをねだりに離れに来ていたそうだ。
「あかんなぁ。ちゃんとかまってやらんと」
ひひひと意地の悪い声で笑いながら、ろくろちゃんは人の姿をとって軽やかに松に跨った。
「丁度ええわ。こいつに乗ったほうが歩くより早いやろ」
乗れ乗れと手を出す彼女の前に、まずは松にお伺いを立ててみる。なあ松ちゃんや、ひとりと
しばし、松の大きな黒飴のような瞳がじっとこちらを見た気がした。それからヒクヒクと鼻を動かして屏風覗きのにおいを嗅いで、最後に『乗りな』と言わんばかりに
さすが松ちゃん、男前。ただ急に横を向いたことでろくろちゃんが落ちそうになったので、そこは気を付けてあげて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます