第227話 4→2.1.1

 状況報告として立花様にお目通りを願うしかない。精神的には敗北宣言と言ってもいい。完全にしてやられた。


 文鎮堂と飲み屋連盟は最初から結託していた。それもかなり前からだろう。文鎮堂が裏で支援して十手八丁が動き、南の住妖怪住人たちを文鎮堂の影を見せずに絡め取っていた。


 最大の問題は妖怪数人数だ。数が強固な土台を築き文鎮堂を押し上げている。支持する住妖怪住人の数で負けている限り山本組に正攻法での勝ち目は無い。


 切り崩しは難しい。連盟のを知った店舗に『十手ははかりの手下』『本当のトップは文鎮堂』と話したところで、多少気分を害するくらいでそのままだろう。十手氏は周囲からやり口を批難されるだろうが覚悟の上と思われる。


 すまない夜鳥ちゃん。贔屓の役者さんにシノギのプレゼントは無理そうだ。


「とんでもありません。元よりみずくの姐さんの命を救って頂けただけで十分、その上ほかの者たちも路頭に迷わず済んだのですから。これ以上はありません」


「旦那ぁ、金の亡者共の縄張り争いなんざ放っとけばいいんですよ。最初はなっから役目違いじゃありやせんか」


 慰めがチクチク痛い。チョイ悪オヤジに格の違いを見せつけられたようで悔しい、なんて言えない。


 客観的に見てふたりの言う通りではあるのだ。屏風覗きはみずく花月を助けるために乗り出したのであって、南の経済戦争のジャッジなど悪い方向に行かない限りはやる理由が無い。


 勝手に上から目線で吟味している屏風これの姿、文鎮堂のはかり氏や十手氏にはさぞ滑稽だったろうな。


 言い訳するなら暗殺未遂の件で変なスイッチが入ってしまった気がする。やられた分やり込めてやろうという傲慢な気分になっていた。


 目を覚ませ。屏風これに何の力がある? チートズル頼みの一般人が。


 どうにもモヤモヤして締まらない終わり方だが、町からすれば悪い形に向かうこともないだろう。


 懸念があるとすれば国が『どの辺りまで』文鎮堂に許すかくらいか。


 彼らの考え方は資本主義。白玉御前を頂点に頂くこの白ノ国の君主支配と反りが合うかどうか。プランとして『南の町を起点に』という点が引っかかる。いずれ他にも浸透させるというなら、それは一種の侵略・簒奪行為と見られる危険性がある。


 誰がこの国の支配者か。日頃の国の問いかけに、彼らは白よりかねを取ったのだ。


 ―――想像するとうすら寒い気分になるのは何故だろう? 


 慈悲深いと称えられる白玉御前様。そんな方が本気で怒ったとしたら、何をどこまでなされるのか?


 何故だろう。とても、怖い。


「屏風様っ」


 不意に袖を引かれてたたらを踏む。ちいさな体からは想像できないほど強い力で夜鳥ちゃんがこちらを強引に動かした。


 つい先ほどいた位置にポトリと落ちたのは赤黒いお手玉。瞬間、全身の血の気が引くような気配を感じて反射的にキューブで囲う。


「白昼往来で来やがった!」


 ひなわ嬢が即座に銃を出して構え、ゴキンと足音を鳴らして地面を蹴った胴丸さんが屋根へと跳躍する。飛び上がったその足は人の何倍にも大きくなっていて巨人の足のようだった。


 周囲の住妖怪住人たちが驚いて屏風これの周りから引いていく中『だいてっこう!』という胴丸さんの声が聞こえ、着地した瓦屋根が隕石でも落ちたように弾け飛ぶする。


「あっぶねえ!?」


 飛散した瓦の破片がこちらにも飛んできのが見えた。直撃コース。だが、ひなわ嬢が一瞬早く銃でなぎ払い瓦を叩き落としてくれた。


 すぐに構え直したものの、標的を見失ったらしくひなわ嬢は汚い舌打ちをして頭をガリガリと掻いた。


 屋根の上では胴丸さんも周りを見回している。彼女も見失ったらしい。


「カビ鎧! どこに目をつけてやがる!!」


 戻ってきた胴丸さんを罵るひなわ嬢を抑えつつ状況を確認する。


 時刻は昼前。南の奥周りに近い場所。


 その屋根から何者かが不気味なお手玉を投げてきた。感覚的に呪物じゅぶつと呼ばれる代物。いち早く夜鳥ちゃんが気が付いて逃がしてくれた。胴丸さんは屋根まで追ったが見失い、ひなわ嬢は照準したものの瓦を弾くために射撃を中断。犯人には完全に逃げられた。


 ふたりに犯人の人相を聞くかぎり『後ろ髪の長治』と思われる。あいつ国外に出ることなく潜伏していたのか。


「術でも使っているのか、忽然と消えました」


 目線を切ったわけでもないのに。悔しそうに語る胴丸さんにイライラしたひなわ嬢がまたいらんことを言いそうだったので、先んじて助けてくれたお礼を言う。夜鳥ちゃんやひなわ嬢が動いてくれなければ、恐らく呪物じゅぶつの呪い受けてを酷い目に合っていただろう。


 そして胴丸さんもお手柄だ。『視線を切っていないのに忽然と消えた』という情報が手に入った。ぜひ持ち帰って術に詳しい方に意見を聞きたい。


 狩りには気力も体力も必要。だがやはり逃げる獲物を追い詰めるすべはいつだって知識だ。ヤツの手札をひとつひとつ丸裸にしていこうじゃないか。


「こちらに応援が向かっています。その場で今少し、コレ・・を確保していてほしいと」


 夜鳥ちゃんが恐ろし気に眉を寄せて視線を落とした先、キューブで囲ったその物体からは異様なゆらめきを見せる黒いモヤのようなものが吹き出ていた。


 時折、人の顔に見えた。





 辺り一帯を白い鎧の兵たちが封鎖して厳重に管理がされる。その中心にはかつて北の町で疫病を封じ込めた術者がふたりいた。『阿羅漢』という厳つい名称の、御前お抱えの強力な術者集団であるらしい。

 例によって烏帽子から目を四つ描いた布が顔に垂れており、横から見てもその顔の影は不自然に暗くて視界がまったく通らない。


 あのときもこんな感じに屏風覗きもお手伝いしたものだったな。キューブを解除する準備が整い、術者さんに合図をして立方体を消す。術者さんによって慎重に梱包されたお手玉はモヤをわずかに動かしたものの、先ほどのように吹き出すことはなかった。


 これで二個目。ご禁制と呼ばれる品を長治はあといくつ持っているのだろう。あるいはあといくつ補充・・できるのか。


 ヤツの潜伏の手引きをしている者がいるとすれば、高確率で密輸もしている妖怪物人物の可能性が高そうだ。


 緊張からひと段落して振り返ると、まだ地面に正座させられている胴丸さんと正座させているろくろちゃんが、回収作業前に見た構図とまったく同じ姿勢でいた。そろそろ許してあげて。


「雀はええ。むじなも、まあええ。けど胴丸、おどれはあかんわ。この考えなしがっ!」


 夜鳥ちゃんはお手玉から屏風これを逃がし、ひなわ嬢は飛んできた瓦から守ってくれた。なのでろくろちゃんの中でこのふたりは護衛として仕事をしたと判断されたようだ。だが胴丸さんの行動は化け傘ちゃんの中でアウト判定らしい。


「もうしわけありませんっっっ」


 味方の射撃を妨害し、怪我をさせかけ、あげくに敵の一番近くにいたのに見失った。そう冷静にひとつひとつ指摘されると擁護し難い。前二つに関しては確かにミスだ。ただ異常な経緯で見失った目撃証言に関しては情報として価値がある。


 失敗は成功の母。失敗は『こうしたら失敗した』という情報を得られるのだ。価値はゼロではない。


 それに先日から今まであれだけの規模の追跡と包囲網を躱している相手だ。この面子で捕まえられるかと言えば甚だ疑問があるしね。


 後ろ髪の長治は守衛や見回りと言った捕り物に携わる職種にさえ知られていない、『極めて特異な逃走手段』を持っていると考えたほうがいいだろう。


 胴丸さんが追ってくれたことで『目の前で忽然と消えた』という逃走法の情報がひとつ得られたのだ。退路を断つ手札を『ひとつ剥いだ』と思いましょう。何回か剥けばタネも分かってくるはずだ。


 言い足りないという顔をしていたろくろちゃんに手を合わせると、ものすごく不満そうに溜息をついて胴丸さんに『立ってよし』という感じに顎をしゃくった。


 ろくろちゃんの気持ちも分からなくはない。昨日から長治を追って駆けずり回っていたのだから。世の中というのはホントままならないもので、探してる間は出てこなかったりするからね。


「にいやん、懐のもん出し」


 一瞬何を言われたか分からずポカンとする。愚鈍なこちらに説明するのが面倒だったのか、おもむろに近づいてきた化け傘ちゃんは人の着物にズボッと手を入れた。


 驚く屏風覗きに構わず手を引き抜いた彼女の手には、墨のように真っ黒に染まったお手玉が握られていた。


 豪華な刺繍を施した赤い布地で作られ、美しかったはずの猩々緋しょうじょうひ様に頂いた『不運を留め置く』お手玉。


 屏風覗きに運の揺り返しが始まったらしい。ひとつめのお手玉が昼のうちに役目を全うしてしまうくらいに。

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