第225話 網の中の魚

 鉄砲片手にご機嫌な脇全開娘が案内してくれたのは堀に連なる屋台街のような場所だった。


 そういえばこの子を探しているとき偶然会った、鬼女の万貫婆さんが一杯ひっかけていたのもこの辺りだったな。ふたりはそこそこ交流もあるようだし思考、もしくは嗜好が似ている同士なのかもしれない。


 昼のお天道様の恩恵か、夜の時と違って嫌な気配もせず普通の屋台街という印象だ。あの夜に鬼女さんと会わなければ南町でまたも一悶着起こしていた可能性が高かった。そうなっていたら今回の件も相手が硬化して話し合いが難航していたかもしれない。自衛のためとはいえ、何かというとすぐ刃傷沙汰になるような相手とは誰だって会いたくないだろうしね。


「ここでよいでしょうかよござんすかね? 煮物はクソですが、焼き物はまあまあですぜ」


「ひなわよう、人の店の前でクソとかぬかしてんじゃねえぞテメエ」


 屋台の下で洗い物をしていたらしい主人がひなわ嬢のあんまりな評価を聞き咎めて立ち上がる。外見は20代に入ったばかりといった見た目なのに、意識高い系のラーメン屋のオッサンみたいな雰囲気の女性だった。


 イメージはともかく、化け術のできる幽世の住妖怪住人らしく顔は普通に美人さんである。むしろあえて不細工にする傾奇者とかいないのだろうか。


 この時間に開いているということは夜は閉める日中専門の屋台かな。どちらかというと外の客より近隣店舗の従業員御用達のお店なのかもしれない。昼はできるだけ寝ていたい夜勤組のための台所だ。24時間営業のファミレスやコンビニが無かった時代はこういった屋台や飲み屋がある程度カバーしていたんだよね、都会では。


 田舎は20時そこらで店はどこも締め切って真っ暗、近くに知り合いのいない独身は自動販売機で缶コーヒーでも飲むのがせいぜいだった時代もあったのだ。場所によっては高速のサービスエリアみたいなチープな自販機が極稀にあったらしい。現物は見たことがないが、物によっては小さな弁当まで売っていたそうな。


 屏風覗きが田舎で稼働する自販機で見た一番変わった物はアイスの自販機くらいである。補充員が来てるのか怪しいくらい寂れて壊れかけだったけど。


 今思えばあの自販機、メーカーの正規品じゃなかったような気がする。片田舎に潜伏しているナニかが産んだ、黒い闇の遺物だったのかもしれない。


 女主人と不良娘がやいのやいのと言い合ってるが、屏風覗きは目の前の屋台の作りに驚いてそれどころではない。


 比較的近代的な作りで、なんと車輪がある。幽世は昔ながらの肩に担ぐ屋台ばかりと思っていた。


「火の字、テメエと違ってこちらの旦那はお目が高いようだな。このところ巷に出始めた理野車りやぐるまってんです。おもしれえもんでしょう?」


 こちらが店に注目していることに嬉しくなったのか、リヤ車? と思わず聞き返した屏風これのために『こう書くんですよ』と地面にガリガリと『理野車』と書いてくれた。


 リヤカーと違って軽量化はまだまだ不十分のようだが大八車よりは軽そうだ。特に目を引くのは木製車輪の外周にゴムらしき黒い物体が張られているところだろう。なんかスゲエ。


「へっ、旦那が乗ったもんと比べりゃ粗末なもんだっての。こちらにおわすは――」


 はいストップ。ハイエンドマシンのバランスウェイト程度だった存在をなんとのたまうつもりなのか。口を後ろから押さえられてモゴモゴ言ってるひなわ嬢にかまわず、出せるつまみと軽いお酒をひとりと二妖怪二人分注文する。

 移動車両でそこまで豊富なメニューは無いだろう。通ぶって注文をこね回すよりお店が出したいものを出してもらうほうが早いし確実だ。さすがにこの面子からお上りさん相手のぼったくり商売はあるまい。


「あの私、昼からお酒は」


 これは失礼。追加でお水を注文しておく。お酒は喜んで肝臓を通る子がいるからそのままでいいや。


 三人で余裕、四人で手狭な屋台に座る。屏風覗きは中央に普通に座ったが、胴丸さんはいつでも立てるようにか左の端っこで横向きに座った。ひなわ嬢は強制で右だ。こっちなら動かせる右手で軽い口を押えたりできる。


 すぐ出せる作り置きを出してくるかと思ったら、ゴソゴソと屋台から引っ張り出した七輪を使って干物を焼き始めたご主人。風向きでたまに来る炭のにおいと干した魚の焙られる香ばしい香りがなんともいえない。


 炊き立てのお米のように白く美しい白雪様、屏風覗きの胃の拡張と消化能力鍛錬は確実に成果を出しつつあります。そろそろ勘弁して、力士体形になっちゃう。


 つまみが出来るまでに軽く雑談をしたところ、女主人は『目玉なめまわし』という聞いたことの無い妖怪だった。人の眼球を好んで食べる女の妖怪で、人が悪い形で関わると死んだあと目玉を死体からくりぬかれてしまうという。ちなみにほぼひなわ嬢から出た話だ。途中でご主人に余計なことを言うなと怒られていた。


「旦那も気を付けてくださいよ? こいつは病気にして殺しちまう妖怪だ」


「もうしてねえよ! ずっと前の現世の話だろうが!」


 もう、ってことは過去にやってはいたんだな。怖い。


 怒られても止まらない口で語る内容を分析すると、どうやら人に頼み事をする系統の女妖怪らしい。箱に入った目玉を中身を知らせず出会った人に運搬させて、中身を見なければセーフ。見たら病気にして殺し、その目玉をもらうというルールで人肉を食べていたようだ。


 もちろん最初に『中を見るな』と念押しする。この手の怪談のお約束だ。


 うーん、生きたままよりは温情なのかな? 日本の妖怪は一定のルールに沿って凶行を行うタイプが多い。やり取りを間違えなければ何でもなく終わるパターンが結構あるのだ。まあそれだと怪談にならないから、登場する人物はだいたい開けちゃうんだけどね。


「うちはもう屋台これ一本ですよ。人の目玉は懲り懲りだ」


 七輪から上げたての、まだチリチリと音を立てる焼き物を頂く。


 見た目は魚煎餅に使うような小魚で、あいにく浅学の身では名前は分からない。張り付いているひれの部分が舌に邪魔っ気だが、熱を持った干物の香りとうまみが噛むほどにじわりと溢れてくる。この『ちょっと塩辛すぎる』と感じる微妙な辛さがお酒に合う秘訣だろうな。


 そういえば江戸時代より前では酒場と呼ばれた場所に料理など無く、酒のアテには客の正面に共用の塩が置かれているのがせいぜいだったらしいね。あまり度数の高いお酒も無かったようだ。昔の人でのん兵衛と有名な方も、案外今の焼酎なんて飲んだら一発でひっくり返るかもしれない。


 おにぎりなんかの腹に溜まるものも出せるといわれたが遠慮しておく。仕事がひと段落して極めてフットワークの軽くなった米猫が、おひつでガードを固めつつ上半身を振って一気に飛び込んでくる未来しか見えない。あのごはんの嵐に半端な腹持ちで巻き込まれたら最後だ。


 客として注文もし、一定の『質問権』を得たと考えて『飲み屋連盟』について触れてみる。感触的にいくつも聞けない気がしたので『動員規模』参加している店と、代表として名の上がっている『十手八丁』なる妖怪物人物の印象や経歴についてのみに抑えた。


「十手の旦那は南でフラフラしてる遊び人ですよ。あちこち顔が広いんで、なんかあったら連絡するって感じで頼られてるお人です」


 遊び人の十手八丁。定職を持たないのに借金をせず暮らしている妖怪物人物で、金の出所は分からないが払いはキッチリしているので店側はどこも気にしていないそうだ。

 まあお店ってそんなもんだよね。盗んだお金でも奪ったお金でも店から見れば色はついていないもんだ。素行が悪ければまた違うだろうけど、マナーを守って金を払うなら〇クザだって立派な客である。


 連盟の事をどこか自慢げに話す彼女に合いの手をいれつつ、ちょろっと参加店の名前なども聞いてみる。


 するといくつか屏風覗きにも聞き覚えがある店が出た。参加規模は想像より大きく、国の息のかかった店にさえ散見している。


 なんとあの東にある『国興院』に出されているお店にも参加店があった。


 国興院は国にとって極めて大事な『要石』なる物が置かれている神聖な建物だ。だからこそ少なくない人員を割いて守られている場所であり、相応に慰労のための気遣いがされている。近くに出店されている屋台もその一環であり、いずれもなかなかの名店揃いだった。


 加えて言えば、あの辺りはとばり殿の部隊が守っている区画でもある。もしあの子が別の場所を守っていたら、屏風覗きはあの辺に店があるなど知る機会さえなかったろう。


 こちらが素直に驚くのに気を良くしたのか、女主人はさらに西と北からも名前を挙げる。さすがにこちらは知らない。


 ふと頭の裏で小さな警鐘が鳴った気がして、感心した風になぜ入る者が多いのかと問うと『飲み屋連盟』に加盟すれば店ごとに不足、あるいは余りそうな酒・食材を融通し合えると答えてくれた。


 ―――――これ、下手をしたら最大勢力じゃないのか?


 株主総会前にわずかな株を持っているだけだった人物が、実は人を使ってちょっとずつ掌握していて会合で一気に結集するパターンじゃないだろうな。


 仮にそうだとすると南の話など切り分けた一片のケーキでしかない。東西南北が飲み屋のネットワークで結託していたら相当な数になると思われる。


 ――――南の内側から力関係を壊せないなら、いっそ外部からも叩けばいいと考えたのか?


 出所の分からない金でぶらつく遊び人、十手八丁。消化試合のような気分だったが、ネジを巻き直す必要がありそうだ。

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