第223話 色町の朝から考える、豆腐はおかずか否か問題

 本日の行先は移動ルート的に『椿屋』からとした。立地的に町の奥周り側に近いので、城から出ると『飲み屋連盟』界隈より先に着くからだ。屏風これからするとゲン・・の悪い店なので、なんとなく先に片づけておきたいという気持ちもある。


 足長様は今日もついてきたそうにしていたが、さすがに教育に悪いと言うかアレな場所なので遠慮してもらった。手長様からも援護射撃があり、最後は共に手を振ってくれた。すみません、なるべく早く済ませますので。


「戻ってくるならいいさ。ねえねい、足長?」「いよ」


 離れが見えなくなるまでに何度か振り返り、そのたびに手を振ったままの足長様がいるのが、なんだか胸に刺さった。

 小さい子のいる家庭のお父さんはいつもこんな苦行をしているのだろうか? いや、わりと早い段階で子供は別の興味の対象を見つけるかな。子供に袖にされたくないのは親の我儘である。


 お供してくれるのは先日に続き少し眠そうな夜鳥ちゃんと、二日酔いのせいか挙動不審なひなわ嬢。加えて明らかに危険度が増したということで、立花様の言いつけで急遽守衛組から胴丸さんが助っ人に来てくれた。


 階位41位、素懸威すがけおどし胴丸どうまる。守衛組に十二隊ある一隊で、第十二守備隊に所属する副隊長的な立場の妖怪であるらしい。


 第八隊の隊長をしているとばり殿とも仲が良いようで、あの子の話題にたびたび名前が挙がる妖怪物人物だ。


「今日は私を手足と思ってお使いください。ご存じの通りの『鎧』でありますれば、どんな攻撃でも必ず受け止めて見せましょう!」


 立花様あの方にいらん事を吹き込まれたのか、いつものどこか気弱そうな顔が今日は気力が漲っている。ドンと鎧を着こんだ胸元を叩くと褐色に焼けた肌からキラキラした汗が散った。


 朝からさっそく汗の珠が浮き出ているとか、見た目もあって運動部の朝練の後のように見える。途中でバテないか心配だ。


 まあ一見すると中坊くらいの女の子な見た目でも、その実フィジカル面はゴリラの多い妖怪さんだ。もっぱら肉体労働がお仕事な兵士を務めるくらいなのだし、いらぬ世話だろう。彼女がバテるほどなら屏風覗きのほうが先にバテるに決まっている。


 見上げれば夏の抜けるような青空。今日は暑くなりそうだ。


「朝から暑っ苦しいなぁ、おい」


 合流してからどうも口数の少ないひなわ嬢がうんざりした声を出した。おそらく昨日のお酒で二日酔いが響いているのだろう。すごいペースでカパカパいってたからね。何かチラチラこちらを見ているが、昨夜の襲撃の件なら批難する気は無いし周囲に悪く言わせる気もない。君は非番なのだから。


 休みとはつまり休みなのだ、働かない日だから休みなんだ。働かない事を文句言われる筋合いはないんだ、無いはずなんだ。ああ、嫌な記憶が。


 上に命令されたわけじゃないので無理しなくていいと言っておいたのだが、意外と付き合いがいい子だな。


 南の界隈における賭場と飲み屋は彼女の領分、生の情報源として実はかなり期待している。飲み屋連盟はペース的に正午前から午後に入るあたりで回るので、そのぐらいになれば多少は回復しているだろう。まずとにかく水を飲みなさい。


「女郎屋に朝駆けとは屏風様もお人が悪い。後家女郎は先触れに泡を食っていましたよ? フヒヒッ」


 今日も今日とて暗黒属性な禿かむろっ子、雀の夜鳥ちゃんが邪悪な笑みでこちらの陰険さを評価してくる。


 寝不足ハイだろうか? いつもよりテンションの上り方がおかしい気がする。昨夜から付き添っていた姉貴分、みずく花月の事が心配なのだろう。


 今日の袖柄はふくら雀から打ち出の小づちにしたようだ。銀糸を使った美しい柄は浅葱色の衣装の中で透けるような色合いで映えている。いつもの墨色の着物も良いが、さすがに夏場では暑そうだものね。TPOをわきまえていて良いと思います。


 とある雀の分身体のひとりであるこの子。いくつもの別の分身とも記憶を共有しているので、椿屋の近くにいた他の分身に頼んで先触れをしてくれた。


 実はアポ無しで突撃という案も考えたのだが、今回はあくまで話し合いである。相手の態度が硬化するような接触は止めたほうがいいと思い正攻法を選んだ。


 椿屋と屏風これが争った件はもう終わっている。少なくともこちらに争う気は無い。


 白ノ国の裏社会トップであった牡丹女郎を擁していた椿屋。そんな店から南のボスを蹴落とした一人なので、相手からすればいい面の皮だろう。


 つまりこっちに争う理由は無くても向こうにはある状態だ。玉砕覚悟で鉄砲玉になる者がいないとは限らない。しかしこちらが筋を通せば相手も暴発し難いだろう。


 仮に血気にはやる者がいたとしても国と事を構えたくない周囲が止めてくれるんじゃないかなーと、小心者は姑息に考えております。


「なんでもいいですがね、怪我人が無理に前に出んでくださいよ? 今日はそこ・・に暑苦しいのがいるんですから」


 はいはい。イライラするより水を飲みましょうね。悪酔いには水分摂取が一番です。


 腹がガボカボになりやすよ、なんて情けない事を言い出したひなわ嬢。君は余計な一言で敵を作るみたいだからしゃべる前に一呼吸置きなさい。白ノ国の城下町は飲用に適した水場が豊富でいいですな。


「元は毒を含む水が湧き出し土を汚す、幽世でもっとも不毛な土地でした。この土地を浄化されたことで白玉御前様の名は地の果てまで轟いたのですよ」


 自分で言った言葉にしきりに頷く胴丸さん。この子も御前をとても尊敬しているようだ。


 偉いから偉い、ではなくボスの実績が誇らしいというのは下の者にとって素晴らしいことだ。


 新興の白ノ国に入れたおかげで『血筋が良いだけのクルクルパー』を尊敬しなければいけない、なんて民主出の現代人からするとたまらない目にあわずに済んでいる。


 そういえば世襲は二代目から意味が出るというけれど、あの方は後継者や婚姻とかの話はどう考えているのだろう? 国のためとかお家のためとかって考えで、泣く泣く自分を殺すタイプには思えないんだよね。今のところ婚姻戦略に見合うような国も無いようだし。


 赤は負債まみれで面倒くさいだけだし黄は小国。強いて言うなら広大な海洋をテリトリーに持つ藍の国くらい? あの国は屏風覗きと接点が無いから国の概要が肌の感触としてまったく見えてこないのだ。


 先の黒曜一派糾弾の会議で何妖怪何人かと顔合わせこそしたけれど、こちらの体調不良もあって挨拶くらいしか言葉を交わさなかった。


 印象としてなんとなく伝わってきたのは閉鎖的な国風。それと派遣された面子的に他の国と同様、女性型妖怪に地位の高い方が多そう、ということくらいか。全員やや陰気な気配がした。


 日本の浜辺は『解放か閉鎖か』で言えば閉じた感じというか、人の生活臭がしてリゾートって感じゃないからなぁ。その気風の影響を海の妖怪たちも受けている気がする。

 沖縄で高名なキムジナー様でも幽世にいらっしゃれば多少は違うかもしれないな。あの辺りの海なら青くてリゾートの雰囲気がある。日本の周りの海はだいたい藻みたいな緑色だからね。


 少なくともドリンク片手に水着のお姉ちゃんがウロウロしているような、ウェーイ勢用に開かれた領地ではないだろう。


 仮に浜辺に誰かいるとしても、海水の冷たさに挫けない貝採り用のノミと籠を持つ、たくましい海女さんたちくらいに違いない。


「南はあまり来たことが無いのですが、随分のんびりしてますね。今頃の時刻に豆腐売りがいるとは」


 南に入ってからずっと興味深そうにキョロキョロしていた胴丸さんが、眠そうな町妖怪町人と売り物のやり取りをしている籠担ぎに注目する。見ると町妖怪町人の渡した大きなお皿に、物売りがこれまた大きな豆腐をデンと乗せてお金を受け取っていた。


 スゴイな、ひとつでスーパーで売ってるようなサイズの4倍以上はあるぞ。


「豆腐は朝食のおかずとして庶民に人気があります。南は特にそうなので、豆腐の売れ残りは南で捌け、なんて言われているのだとか。味噌や醤油をかければとりあえず飯をかき込めますからね。悪酔いした女郎などもよく食べるようです。一切れだいたい40文から45文ほどで少々値は張りますが、そこは仲間で分けますのでひとり頭はそこまでではありません」


 こちらの驚いているポイントを見抜いたのか、まず優雅に袖を一振りして屏風覗き生徒の気を引くと、夜鳥先生から注釈が入った。意外と誰かに物を教えるのが好きなタイプかもしれない。


 6人で分けても7文(700円?)ちょいか。たしかに庶民には少々値が張るな。毎日の朝食、それもおかずのみで使うには微妙に躊躇するお値段だ。豆腐をおかずにするという点も人によっては物議を醸しそうだ。


 なお味噌を塗った焼き豆腐とかなら屏風覗きはセーフのおかず判定である。豆腐が混じるだけで味はほぼ味噌おにぎりだし。


 味噌に醤油に豆腐か。たぶん日本人は米以上に大豆食って生きてきた民族だな。外国の人が空路から日本に降り立つと醤油や味噌のにおいを感じるなんてマイルドに言った話もある。


 遠慮なく言うと小便っぽいにおいに思えるらしい。ヒドイ。


「旦那は毎日良い所の飯を食ってますから、庶民のしみったれた飯の味は判らんでしょうな。民草はあんなもんですよ」


 幽世ビギナーの興味の出所をマイナスに捉えたのか、二日酔い娘が皮肉気に笑う。


 その陰気に吊り上がった口を、ついムニッと摘まんだらかなり驚かれた。そういう笑みは他人の前ではよろしくないですな、ひなわ嬢。


 それに料理の品目や種類はともかく、幽世こっちに来てからのほうが屏風覗きの食べる食事の質や量は格段に上がったぞ。特に量。特に量(切実)。


 他者と比べるのも一喜一憂するのもかまわないが、それでいじける様は見せるものじゃない。自分も周りも嫌な気分になるだけだ。どうせならプラスになることをしなさい。


 ダメだ、どうしてだろう。やはりこの子の相手をしていると説教臭くなるというか、無軌道な若者に絡んでいくウザいおっさんみたいになってしまう。心配になるというか、捻くれた様が身につまされるというか。


 とにかく今さら生き方を変えろとは言わないから、周囲への当たり・・・は加減しなさい。愚痴くらいならこっちで聞くから。


「へいへい、旦那が言うならそのように」


 解放された口をさすりながらも減らず口を止めないひなわ嬢。今頃修行を頑張っているであろうとばり殿も、こんな気分で相手をしているのだろうなぁ。

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