第18話 旧・強弾丸号(命名、白雪様)発進

 現代の歯ブラシを昔の人に伝えて在り物の材料で作ってもらったらこんな感じ、という様相のブラシを頂けたので歯を磨く。


 持ち手は竹なのは良いとして、このブラシの毛は何で作ったのだろうか。器用に縫い付けられた黒く固い毛は歯ブラシというより細く柔らかいタワシのよう。

 歯茎にダメージを貰いそうで慎重なブラッシングを要求される。歯磨き粉は塩と炭を混ぜた物。どちらも無料でありがたい限り。


 神社の手洗い場みたいな場所で一通りの洗顔を終えると、そのまま後ろに控えていたとばり殿に担がれてお車にセットされる。IN大八車。


 朝食の皿を片すとばり殿に顔を洗いたい、できれば歯を磨く道具もほしいと言ったところ、すぐ用意しますと言ってくれたので待っていた。てっきり水を張ったタライを持ってきてくれると思って。


「お車の用意ができました」


 まずはお召し物を、と言われて新しい着物に着替えることに。車? という疑問を消化する前に、昨夜からお借りしている今の着物と同様の、これまた高そうな正絹の着物が広げられた。


 青に近い黒、名匠の打ち上げた鉄にも似た深い色合いの着物に着替えさせてもらう。口のはさみようが無い手際は今朝も冴えわたっていらっしゃる。


 あとは有無を言わさず担がれて座布団を敷いた大八車に乗ったまま水場に連れてこられた。もちろん大八車を引いているのはとばり殿である。


 事情を知らない人が見たら児童虐待の類に見えるかもしれない。あと車にしても荷物運搬用の大八車ってどうよ、貴人の使う牛車とは言わないしむしろ勘弁ですけど。歯磨きひとつでこんなもの使うこともないだろうに。


「立花様からのご命令です。これより九段峠にご足労願います」


 どんな用事があるのかは知らない、とにかく連れてこいって話のようだ。とりあえず足の悪い者のために大八車タクシーを用意してくれるあたり、さほど悪いことでもないだろう。


 渡された羽織を肩に引っ掛けて、初めてきつねや近辺からの遠出をしてみることにする。


 件の竹林の道を抜けた先は快晴の田んぼ道。青く短い稲が規則正しく並ぶ水田は田植え真っ只中のようだ。あちこちで『農夫?』の皆さんが手を使い前足を使い茶色の水田を青く彩っている。


 人に似た顔を付けた熊よりでかい蜘蛛が農具を引いていたり、水田の泥がひとりでに動いて別の水田に水を張っていたりとあちこちで和製ファンタジーしていることに感動する。


 日の光のなかで大丈夫なのかと心配したくなる外見の方々もいらっしゃるが、見た限りは平気そうだ。


 むしろ心配すべきは己自身だろう。小型で強力『山伏っ子?エンジン』を搭載した大八車は土の田舎道を爆走中である。


 過去に運転していた乗用車の体感速度に当てはめて、時速約30キロといったところか。乗用車より座っている位置が高いし、正確な速度を出せる訓練なんて受けていないので確実ではない。


 それでも恐怖感はひとしおだ、何せ座席も無ければシートベルトも無いのだ。とばり殿が急ブレーキか急カーブをかければ最後、慣性の法則に従って座布団ごとブっ飛んでいくことになる。


 自動車で時速30キロは遅い、しかし人が生身で中空に撃ち出される速度としては超速い。少なくとも受け身をしくじれば大怪我をする速度だ。


 そして今も舗装されていない土の道を自動車並みの速さで進む代償を払っている最中。揺れるわ跳ねるわ大変だ。


 そのくせ適当に掴んでいられる場所が無い。脇は車輪に手を巻き込まれそうで怖いし、前は僅かな減速でもつんのめりそうだ。やむなく自転車の2ケツのように荷台の後ろを掴んで腕を座席代わりにつっかえ棒にする。


 ゴトンッと大きな衝撃を受けて荷台が跳ねた、座布団に乗った尻も跳ねた。それからは揺れがかなり治まり速度もさらに上がる。土を付けた車輪がザリザリと音を立てながら石畳の道に入っていた。


「ここから峠の一段です」


 目の前に見えてきた大きな鳥居を潜るとじわじわ視界の角度が変わってくる。このあたりから坂道になっているらしい。車の速度もだいぶ落ち着いてきた。


 とばり殿は例によって表情を変えず涼しい顔のままで息の乱れもない。膂力もそうだがどんな体力をしているのだろう。


 視界の開けた石畳の道を進んでいくと遠くに都とおぼしき建物群が見えた。ひときわ目立つ大きな建物は漆喰の白さ際立つとんでもない規模の城ならぬ大御殿。


 大きさで城のようにも見えるが城壁も堀も無いし、これを城とは言い難い。


「御前様の居城、白猫城です」


 あれで城かよ。さすがに門はあるみたいだけどさ。攻められたらあっという間なんじゃないの?


 裕福な国と聞いていたので早々攻められない軍備をしていると思いきや、一気に怪しくなってきた。世の中いくら金持ちで偉い人でも絶対安全という事はない。後先考えない突発的な暴力の前にはあっさり蹂躙されることもある。


 それだけに数多の為政者はプライベートを我慢してでも身の回りくらいは強固に固めているものだ。


「あのお方の元へは誰もたどり着けやしません」


 たとえ国を治める名のうて大妖であろうと。前を向いて進むとばり殿の顔は見えない、それでも尊敬の滲み出る言葉はどこか太陽の熱のような命の温もりがあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る