第19話  禰宜「ねぎ」は宮司の下位、祭事を取り仕切る。だいたい神職の現場監督レベルでOK?

 九段峠は名前の通り九つの段差を持つ峠道になっている。上りで四段、下りで四段。最上段は平地で横から断面を見ると潰れたピラミッドのような形をしているようだ。鳥居が建てられていることから分かる通り、最上段の五段目には神社が建立されているという。


 どうやら連行の最終目的地はその神社になるようだ。すでに四段目に差し掛かった大八車はまるで速度を落とさない。


 路面をマシンガンのように連続して踏み叩く一揃いの下駄を原動力にひた走っている。こちらも路面が安定したことで尻のポジショニングに慣れてきた。大事なのは無理に体を押さえつけず振動を受け流すことだ。


 頂上の五段目に入ると景色が一変、車は縁日のお祭りの中に飛び込んだ。左右の出店を切り開いて、目的地の境内まで一直線に続く道を走り抜ける。


 幸い、いや予め周知してあったのだろう。通行人は脇に避けており人身事故の心配はなさそうだ。多くは着物を着た直立の獣。犬、猫、鼠、鳥もいる。狐に狸に、ビーバー。ビーバー!? ダメだ、二度見するには車が早すぎる。もう見えなくなった。


 諦めて顔を正面に戻した直後に急制動がかかって前に投げ出されそうになる。大鳥居は目の前、さらに手前には特に表情を変えることなくクラウチングスタートのような姿勢でブレーキをかけたとばり殿の顔があった。


 急ブレーキで焼けたらしい一本足の下駄の底からほのかに焦げた匂いがした。


 大八車から座布団ごと取り外され両手で抱えられた状態で参道を運ばれる。小学生がえっちらおっちら給食を運ぶ絵面に似ているが、この見た目小学生のフィジカルモンスターはまったく苦にしていない。前も見えていないだろうに足取りは確かなものだ。


 石材なのに目がギョロリと動く狛犬の間を抜けて、一番奥に見える本殿、そちらは摂社です。と訂正が入る。


 前見えてないのに分かるんかい。地主神であらせられる大土御祖神、猿田彦命を祭っているそうな。そことは別の中規模の建物に進んでいく。こちらは神楽殿と言うらしい。


 神社のことなど詳しくないが、たしか舞や歌を神様に奉納することを神楽舞とか言ったはず。ダンスステージ、と称したら怒られるだろうな。あと今は関係ない話だけど、稲荷神社なら狛犬ならぬ狛狐では? 何か曰くでもあるのだろうか。


「いらっしゃ」


 通された先に烏帽子を被った狐っ子が待っていた。ガチケモではないし隠れ宿の狐とは違う個体か。毛色は幾分明るい黄色に近い色をしている。人の顔も糸目気味なのがキツネっぽい。この神社の『神主?』だろうか。


「黄ノ国では客人へのあいさつがソレで、許されるので?」


 板の間にスーパーお荷物人を置いたとばり殿が『神主?』に静かに詰め寄っていく。狐っ子は見た目がとばり殿と同じくらいのちっちゃい子なので軽薄な挨拶でも特に気にしなかったのだが、これは国のメンツ的によろしくないようだ。


 先ほど黄ノ国と聞こえたし、この狐っ子は他国の方と思われる。


「恐い怖いよ、カラス恐い」


 印象的にそこまで険悪ではないようだ。何かというとからかってくる子で、あまり相手にしたくないけど関係を切れない相手といったイメージ。


 コイツしょうがねぇな、そんな心の声が聞こえてきそうなやりとりを続けている。最終的に狐っ子が折れて改まった挨拶をしてもらえた。


「黄ノ国の稲荷大社より参りました金毛、階位弐拾位金毛と申します。此度は白ノ国の九段神社にて禰宜ねぎとしてのお役目を仰せつかっております。よしなに、お客人」


 コンモウと言ったら日本における狐妖怪の大御所、白面金毛九尾の狐を思い出すのですが。幸いこちらの方は烏帽子の横から飛び出ている狐耳はともかく、背に見え隠れする尻尾の数は三本しかない。


 もちろん見せていないだけの可能性はある。あとネギってなんだろう。知ってて当然のようなので聞くに聞けない。


「うんうん、今日の勝負は盛り上がりそう」


 犬歯の覗く口元を隠して独りごちる狐っ子。この神社は神事で勝負事を奉納する行事があるのだろうか。


 なるほど外の出店はその神事に便乗したものか。庶民からすれば堅苦しいものより俄然うれしいだろう。しかし朝からやっているとは気合いが入っている。これでは畑仕事をしている連中は焦れてしょうがないだろうな。


 ややあって、じゃれあいをしていた二人が急にその場に畏まる。何を察したかは明白なのでこちらも姿勢を正しておく。足がジンジンするが昨日よりマシになっていて助かります。


 入ってきたのは山伏の恰好で背中に黒い翼を持つ軍人みたいな顔つきの女二人。


 次いで赤ら顔で血管の浮き出る黒い角を持つ大女、でも顔はかわいい系。


 その肩に乗った人を小馬鹿にしたような目つきの赤い着物の童女。最後に金毛そっくりの狐っ子が現れたが、こちらは入室せず礼をして去っていった。おそらく案内役なのだろう。


「客を迎える主人がおらんようだな、野良」


 山伏軍人の片方がそう吐き捨ててとばり殿をねめつける。声質には初対面でも分かる明らかな侮蔑があった。

 横にいた大女が何か言いたそうに山伏軍人を見るも、肩に乗った童女が張り付いた笑顔のまま大女の顔を掴みクイッと戻す。たぶんあちらも色々あるのだろう。


「目が潰れておいででしょうか。こちらにおられますが」


 はぁ、とおまえバカじゃねぇのと、言ってないのにそう聞こえてくるような心底呆れたため息をついたとばり殿の煽りテクよ。途端に山伏軍人コンビの眉間に血管が浮き出る。うわ超コワイ。


「お集まりかな、赤ノ国の」


 山伏軍人が猛然と唾を飛ばす直前、後ろから凛とした声が上がった。誰もいないと思ってた神楽殿の奥に一人、二本差しの女侍、立花様が堂々と座っていた。どこか冷たい気配を垂れ流して。

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