第16話 ドクダミもヨモギも立派な治癒アイテム(効果には個人差があります)

 朝。かっ広げられた障子の先、陽光も擦れる靄のかかる広い広い庭を覗いて大あくびをかます。


 昨夜は特に何か言われるでもなく平穏無事に目通りを終えることができた。退室後も白玉御前様のご厚意で食事と寝床を頂き、こうして一夜をきつねやで過ごすことができて万々歳である。


 なお事の仔細については濁されたので、たぶん聞いてはいけないか無かった事として扱いたい話と思われる。

 

 あれだけひどい睡魔に纏わりつかれながらもどうにか寝床にたどり着いたらしい。相変わらず枕は脇に除けられているものの、体はしっかり布団に包まれていた。

 

 足が超痛い。


 謎のお薬ですぐ回復、という展開をちょっと期待していたものの現実は非情である。加えて腹筋と背筋と脇腹もわりと痛い。どれだけ運動不足かよく分かる症状だ。


 起き上がろうとすると体の配線があちこち断線しているようなギヂギチの動きしかできない。


「おはようございます」


 どうにか上半身を起こせたあたりで『山伏っ子?』こと『とばり殿』が音も無く廊下に控えていることに気が付いた。


 お薬をお替えします、そう言って入室すると昨夜見た薬箱とは違う、より頑丈そうな箱から厚手の布を出してその上に小瓶、液体に浸した和紙、葉っぱ、包帯、短刀、いくつかの針を並べていく。湿布と葉っぱは昨日ともまた違う青臭い臭いがした。


「こちらは御前より特別に賜った上物です」


 昨夜の治療で使ったのは下っ端でもタダで利用できる安い薬で、はれものに効くドクダミやオオヨモギなどの薬草を加工したものが予め備蓄されているという。


 こういった庶民が使う物の採取や製造でも給金をくれるので備蓄が切れることはまずないそうな。白玉御前様、お金持ちなんですね。


 表情は無いのにフンスと鼻息だけは自慢げなとばり殿曰く、白玉御前の派閥は幽世を構成する集団のなかでも飛び抜けて裕福なんだそうな。


 薪や炭は切れたことがなく末端に施してくれるうえ、時に菓子などの高級品さえ頂けることがあるらしい。自身もこの派閥に拾われてから衣食住で困ったことはないという。


「元は現世の出です。こちらに渡りしばらく天狗集う山に居りましたが、馴染めませんでした」


 尊敬する人物の自慢話で口が軽くなったのだろう。仏頂面のままとばり殿がそう口を滑らせ、黙る。黒髪から見える耳が赤く染まっていく。己の過去を聞かせた事を恥じたようだった。


「出歩ける足ではありません。本日は休まれたほうが良いでしょう」


 淀みなく治療を終えたとばり殿は早口でそう言うとさっさと引っ込んでいった。


 とばり殿は現世、いつの時代かは不明だが日本で生まれたということだろうか。気にはなるが言いたくない相手に根掘り葉掘り過去を聞くほど野暮ではない。


 誰だって触られたくない過去のひとつくらいある。嫌がっているのを知っていてそれでもえぐるようなマネをされたら、もう殺す殺されるの話だ。

 

 世の法律や道徳がどうであろうと、それは絶対に許されてはならない。

  



「お食事でございます」


 お膳を持ってきたのはとばり殿だった。今さっきで気まずいだろうに顔にも雰囲気にも出していない。このへんは仕事を任されるプロのド根性と言うべきだろう。こちらも耳の赤さを見ないフリする程度の人情はある。


 本日の朝餉は安定の白飯(特盛)、味噌汁(ごまの香り、黒い?)、塩鮭、卵焼き、ひじきと人参の煮物、漬物(きゅうり、生姜、スイカの皮?)。


 そして鉢に盛られた小粒の納豆。胃に優しそうでいて量で台無しになっている感じがいなめない。


 特に白飯、こいつがおひつを介さず最初から盛られているところに何かしらの意思の介入を感じる。


「おかわりもございます、との事です」


 いらないです。『山伏っ子?』の背後に昨晩出没した白飯の悪魔がチラつく。あの方は何がしたいのだろう。


 食事を取るにあたりその場で控えるとばり殿はどうしたのか聞くと、日が昇るころにはもう食べ終えましたと言われた。生活サイクル的にそもそも遅いのはこっちということだろう。食器が片付かないと厨房で愚痴を言われそうだ。


 今回の特賞は味噌汁。中身は焼いた海苔と絹豆腐、香り付けにごま油を使った変わり種。海苔の風味とごま油がケンカすることなく引き立て合う、風味で食わせる逸品だ。


 残念賞はスイカの糠漬け。味こそ良かったが自己の価値観に馴染まないせいか、イマイチ食べ難かった。


 番外として卵焼きも挙げておく。砂糖の入った甘い系で新鮮な卵と十分な量の砂糖から、これだけで白玉派閥が裕福と分かる権威の象徴のような味だ。


 食べ終わると流れるように出てくるお茶にきつねやの老舗感も半端ない。自費で利用したらお幾ら万円ならぬお幾らポイントとするのだろうか。もっとも、本来は庶民など相手にしないところかもしれないが。


 現在のこちらの立ち位置は『不幸にも近くの宿で起きた騒ぎに巻き込まれ、宿泊難民になった哀れな客』で『慈悲深き白玉御前の温情にて本陣に泊めてもらえることになった庶民』あたり。


 つまり『こっちの落ち度だから普通は泊まれない高級ホテルに泊めたる。だから余計な事言うなよ』状態と思われる。ちなみに本陣とは偉い人が宿泊するところをそう言うんだそう。よく知らない。


 ところで、本当にこの世界で一日以上居続けて大丈夫だろうか。何か嫌な予感がする。

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