第14話 和装=特権階級という認識は底辺の証
高価な正絹の着物、というか和装なんて初めてだ。では早速と着物を渡してもらおうとして躱される。その場に置いた葛籠を紐解きながらこちらを一瞥するさまはにべもない。
「お手伝いいたします」
いやひとりで着れます、と言えるほど服飾で豊かな人生を送っていないので意地を張らずにお願いすることにする。まず褌。ああハイ、フリーダム状態でした。次に肌着、足袋を渡される。足袋も初めてで留め金があることに驚いた。さらに長襦袢。洋装のYシャツみたいなものか、いやYシャツの分類は下着なんだっけ? これを腰紐で締めるのだがもたついたのでとばり殿が締めてくれた。正面でくるりとねじりを作るのがポイントのようだ。
ちょこちょこと前に後に確認して全体を修正される。ここでようやく着物へ腕を通す。単に重ね着するのではなく衿先を折ったり膨らみを整えたり細かい調整をしてもらう。最後に男締めというらしい2本目の帯を巻いてフィニッシュ。
ほのかに
「台所を見てまいります」
思ったより気分が上がって浮ついているこちらを他所に、手際よく浴衣を畳んだとばり殿は葛籠に残った羽織を部屋備え付けの桐箪笥にしまったあと、そう言ってさっと引っ込んでいった。そういえばゴタゴタしていて夕食を食べていなかったことを思い出す。こちらに来たときやたらと水を飲んだので空腹を誤魔化せていたようだ。
狐との事はすでに終わった話とは言え、稲荷寿司の美味しさが本物だっただけに残念でならない。
金糸の入った座布団を乗せた腰かけに身を預けて、ぐったりと足を投げ出す。行儀が悪いと言われてもひとりのときくらい許していただきたい。もう胡坐を掻くのも足が痛いのだ。
ここの行燈も御前様のいた部屋と同じくらい明るい。正規で泊まるとしたらどれだけ高くつくのやら。いや、こんな心配をしなくていい人種が泊まるのか。
暗がりひとつない一室で天井を見る。草臥れた体が頭部の重量を嫌がり自然と上半身もだらしない姿勢になってしまう。口を開いてアホ面を晒す様は傍から見たら痴呆老人、もしくはFXで大金を溶かした人だろう。腹は減ってるけどこのまま溶けてしまいたい。布団はすでに奥に敷かれているし。
「お客さまー、お食事をお持ちしましたよー」
瞼(まぶた)がじわじわ張り付いてきた頃、襖の向こうから声をかけられた。平坦なとばり殿の声とは違う甘みを含んだ声。台所を見てくると言っていたし、急かされて食事を運んできた従業員の方だろうか。
ひとまず上半身だけ姿勢を取り繕う。足の無様はケガということで出来れば勘弁して頂きたい。そのまま応対して入室してもらう。
それまで静かだった空間にスッパーンッ、という襖の衝撃的な開閉音が響いて全身がピックリした。最初にちょっとだけ開いた襖の隙間にニュッと見えた白いものは襖に引っかけた白い足袋だった。この従業員、足で襖を開いたのか。
「いっぱいありますからねー」
ドタドタと足音を立てて入ってきた真っ白毛。頭にお
身長はとばり殿と同じくらいか。髪質がふわふわ系のようでより小動物感がある。
足を取り囲むように左右に置かれたお膳。刺身に鍋に茶碗蒸し、そこに乗せられているのは馴染み深い旅館の定番メニュー群。刺身が出てきたのは意外だ、近くに海のある土地なのだろうか。それにしては礒の香りを感じたことがないな。
小ぶりの鍋は湯気が立ち上る熱々の水炊き、はみ出た白菜の自己主張が激しい。わざわざ時間外の客のために飯炊きしてくれたのか、冷や飯のおにぎりくらいだと思ってた。世界観的に薪なり炭なりで火を使う世界なら一人分の飯だけ炊くのはかなり不経済だろうに。
ところで茶碗蒸しはいつ頃の料理だったか。
刺身といいお一人様用の鍋といい茶碗蒸しといい、きつねやを豪華と見るべきかこちらの時代考察予想がおかしいと見るべきか悩ましいところだ。江戸後期あたり、もしくは大正ぐらいかもしれない。あるいはこのあたりはクソがつくほどド田舎で、都会なら電気が通っているとかないだろうか。昭和初期なら田舎あたりは電気の無い村もそうめずらしくなかったらしいし。
毒を食らわば皿まで。訝しんでも空腹の腹に訴える鍋の匂いは無くならないのだしと、出されたご馳走を頂くことにする。ただちょこんと居座っている『仲居さん?』の扱いにやや困ってしまう。こちらの横でお
飯をペシペシするたびに手首を飾る赤布に付いた鈴がチリンチリンと鳴る。こちらの鈴もちょっと音が悪い。先ほど聞いた白玉御前の鈴と同じところで作られた物かもしれない。
「白雪と申しますですよー。白玉様は従姉妹にあたりますー」
茶碗三杯は盛られた白飯を突き出す『仲居さん?』は人好きする笑顔でそう言った。
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