第13話 別視点。『女侍?』階位壱拾壱位壱権女 付喪神立花

「御前が何をお考えかは我らの考えることではない」


 客人付きにしたカラスの早速の疑問を切って捨てる。


 幽世では数少ない男物の、それも大変価値のある反物で作られた着物は立花をして目を見開く大金が必要な逸品なのは間違いない。それをどこの馬の骨とも知れぬ人間に下げ渡すなどお遊びの域を超えている。


 だとしても、一度の進言で聞き入れてもらえないなら家臣の立花は黙るしかない。


 立花は階位壱拾壱位の位を持ち、壱権女として白玉御前に使える側近である。刀としての銘は無い。

 

 平安末期に太刀として生を受け、のちに人に仇なす古付喪神として跋扈したのは人の世が江戸と呼ばれる頃に遡る。


 ただし立花は人に仇なしたことには終生反論するつもりだ。むしろ人は好いている、少なくとも持ち主を悪く思うことはなかったし、嫌っているのは怨敵の一族連中のみだと。


 立花を打った鍛冶師は元の出は飾り職人の一族で、どういった経緯を辿ってのことかは知らないが刀鍛冶となった人物だ。


 この時代職人とは血統の者を一から叩き上げる門外不出のもの。新参で、しかも本職を捨てて途中から道を歪めて入った者に芽が出ることはないし、そもそもモノにできるわけもない。


 それでも商売になる程度には漕ぎつけたのは苔の一念、というより時勢が武具を必要としていたからが大きいだろう。


 贔屓目に見ても腕が良いとは言い難かったのだから。


 ただそれを嘲笑する者がいたならば、歪めたなりに真摯であったと立花は全力で擁護する。何人たりとも生き物が懸命であることを馬鹿にする権利はない。


 武具として、命のやり取りに使う道具として生を受けた立花にとって、それは絶対の価値観として今も己の心金に宿っている。


 とは言え丹精込めて刀を打ったものの心で技が補えるわけもない。銘を彫るには出来が悪く、さりとて売り物にならぬほど悪くもない自分はどう扱っても半端者。


 売り込むような真似はできず戦の前に何でもよいと武器をかき集めるとある武家に卸された。せめてものはったりか、そこそこの装飾をつけて。


 武家は武器としてこの太刀の出来が悪いことにすぐ気付いたものの、見てくれが良かったこともあり家を継ぐ可能性の無い四男に下げ渡した。


 本命の業物は家を継ぎ手柄を立てる必要のある長男と次男に渡して戦に備えさせ、なけなしの親心で味噌っカスの四男坊にはせめて見栄えの良いオモチャを与えて慰みとしたのかもしれない。


 しかし、四男はそんな自分を殊の外喜んでくれた。日々の手入れを欠かさず腰に佩き、戦となったときは懸命に自分を振るって生き延びた。


 取った首の数はとても少なかったが、主人が生き延びる一助になったことが手柄より誇らしかった。


 ふたつの派閥がぶつかる大きな戦のあと、図らずも四男は当主になっていた。


 長男次男は戦の中で討たれ、三男はそもそも病弱で早世し、親類に家督を狙う不届きものが出たが敢え無く処断された結果である。金に融通が利くようになっても当主は他の刀には目もくれず自分を佩き続けた。


 太刀は家の守り刀として次代に譲られ、どの当主も戦では必ず自分を帯刀し、平時は大切に扱ってくれたことに立花は大きな感謝の気持ちと守り刀としての自覚を持った。


 この家がある限り、自分はこの家の血族を守っていくのだと。


 再び、日ノ本を分ける大きな戦があった。何もかも灰燼と消えた。


 いつからか人の姿を取れるようになった立花は、天下を取ったと称する一族に恨みを持って死んだ者の姿を写し、一振りの刀を携えて執拗に一族所縁の者を襲うようになった。


 気付けば見てくれだけは良かった出来の悪い古太刀が、妖刀と呼ばれるほどの切れ味と引き換えに醜く禍々しい姿に変わり果てていた。


 三度、大きな戦があった。日ノ本だけではない、海の向こうの国々まで荒れ狂った狂気の時代。


 太陽が落ちてきたような熱と嵐より凄まじき発破。空を覆う異形の雲と、見えない猛毒。その日、自分に残った最後の絞りカスが粉々に砕け散った。


 しばらく人の世から離れ曖昧な姿で幽世に漂い、焼け野原の故郷で己を取り戻した自分はひとつの望みを持って在ることを決めた。


 家の再興。かの血族はもう誰もいない、だが途絶えた家名を権力者の名の元に継ぐことはできる。


 そのためには金と力がいる。切るだけではどうにもならない世があることはすでに嫌というほど思い知った。もはや日ノ本は立身出世のために人を切る時代ではないし、何より人でないモノが人の家名など継げるわけがない。


 ならば別の世に渡ろう。自分たち冥府に近いものが行き着くかの土地へ。


 獣を切り、鬼を切り、都合よく動乱の中にあった幽世の乱世に階位は思いのほか楽に上がった。

 

 のちに新参でありながら瞬く間に権力を握った白玉御前と最初期に出会えたのはかつての主人の導きだろうと確信している。


 御前の後押しによって参拾位以下の者を独断で裁ける権力を得て壱権女を賜った立花は、付喪神にして家名を継ぐことを許された。

 

 『立花』の再興はここに成り、今は新たな恩を返すため白玉御前に仕えている。

 

 この太刀に銘はない。立花の名があればそれでよい。

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