第8話 <<実績解除 殺人(窒息死)>>※これは表示されません

 あれから意を決して歩みを再開したものの1時間と経たずにへばってしまった。休憩を入れたことで体が疲労を実感したらしい。


 何より足がヤバイ、筋肉がけいれんを起こして限界を訴えている。さながらスキーシューズを履いたような、あの怪我防止のために足首がほんとんど動かせない棒きれ状態のうえにそこそこ重い感じだ。


 日はまだ地平線にもかかっていない。しかしこのまま歩き続けても牛歩以下だし明日に響く。今の時点で明日の朝が恐いくらいだ。


 温泉で足を揉んだ程度でどれだけ効果があるやら。


 すっかり店仕舞いムードになってしまったことを認めてスマホっぽいものを取り出す。ショートカットの類でもあればいいのに毎回手順を踏まなければならない仕様なので面倒。


 現れた木戸を潜りつつ空を見る。昨夜は完全に石灯籠だけが頼りだった竹林の道筋も今日は少しは明るい。


 それでも周囲は異様な密度で茂る竹でまったく見渡せない。左右の玉砂利が浸食されていないのが不思議なくらいだ。そしてどうしようもなく絶望する。またココを歩けってか。 


 昨夜も歩いた石畳の道が一直線に続いている。そこからずいぶん行ったあたりでようやく曲がり角があり、これを何度か繰り返してようやく目的地に着けるのだ。目算1キロじゃきかないぞ。


 いっそ竹林かき分けていけないかと考え頭を振る。どうも普通の場所じゃない、こういう場所で道を外れるとよくないことがありそうだ。


 もはや足に重力を感じるなか靴の底を引き摺るように歩く。意地にならず早めにこっちに来てよかった。バス亭の杖突きおじいちゃんほどに遅い。


 昨夜眺めた朱色の門構えを見るころには夕日の茜色が夜のとび色に陰っていて『やねつき』の看板の文字も陰に隠れて見えない。


 きつねの隠れ宿までここからさらに数分、今のコンディションだと10数分はかかりそうな脇の垣根道を歩かなければならない。

 気分はやけくそを通り越して歩く機械になったあたりで、開かれた門のわきから火種を持った人影が現れたのが見えた。


 恰好は『山伏?』のよう。正確な名称は知らないが胸にポンポンがついてるアレだ。一本足の下駄がやたらと高い。


 手には錫杖ならぬ八角棒と黒い数珠。山伏ファッションなぞ詳しくないけどなんともコスプレ感がある。何より体格が小さいのがイメージに合わない理由かもしれない。


 『山伏?』は両隣のかがり火を灯すために出てきたようだ。やがてふたつのかがり火から立ち上った炎が『やねつき』の看板を浮かび上がらせる。さらに暗くなればより美しく夜を照らすだろう。


 さて、昨夜は誰もいなかったしそのまま引っ込むかと思っていた『山伏っ子?』、今日は門前から離れない。視線はやはりこちらに向けられている。なんというかちっちゃいのに目力が強い。


 人に見られていると無様を晒したくないもので、努めて平静に近づいてみる。どのみち脇を抜けるのだから。


「ここは階位第参位、参権女白玉御前様が本陣となっている。下せ…一般客は宿泊できない。用向きがないなら去られよ」


 いま下賤って言いかけたろ。よく通る高い声で警告してきた『山伏っ子?』。食事が西洋化する以前の昔の日本人は成人でも160センチに満たない人がほとんどだったらしいが、当然子供も低い低い。


 目の前の山伏ルックの子供はたぶん110センチない。下駄の嵩増しがなければかがり火に種火を入れるのも苦労するだろう。


 年は小学生くらいだろうか、ちょっと眼付きの悪い黒髪前髪パッツンの男の子。学校に通っているとするとさぞモテるに違いないし、近所のお姉さん方にも可愛がられているに違いない。オノレッ


 ところで本陣とはなんだろう、時代劇あたりだと部隊の中枢、将軍とかがおわす場所のことだ。


 軍隊でも詰めているのだろうか。ここからさらに歩く距離を思うと、もう多少お高くてもここに泊まれないかなとチラッと思っていただけに残念だ。あと白玉御前っておいしそうな名前だな。甘いもの食べたい。


 何度か『山伏っ子』とやり取りしてようやく理解する。ざっくり言うと白玉御前という偉い人が泊ってるから貸し切ってる、みたいな話だった。

 要人警護でホテル貸し切るようなものね。その偉い人の詰める宿泊施設で子供が門番してることをいちいち疑問に思うこともないだろう。


 会話ひとつひとつに『下賤』『下郎』『卑しき』と何かしら暴言が飛んでくるものの『げ…平民』とか一応言い直すし、こうして根気よく話はしてくれるあたり悪い子ではない。本当に見下しているなら面倒になって追い散らすものだ。


 聞きたいことは聞けたので頭を下げて脇を通り過ぎることにする。こっちも足腰ギリギリなのだ。


「朝までなんとか身を守れ」


 去り際、ボソリと聞こえた声は『山伏っ子?』のもの。風で掻き消えるほど小さな呟きが何故か耳元で聞こえた。振り返るも『山伏っ子』はその場から微動だにしていない。口を開きかけて、黙る。


 気のせいだったかもしれないし、他の誰かに聞かせたくない一言だったのかもしれない。


 今晩を無事越えたら回答編でも上映してほしいものだ。

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