第7話 1日52万歩生活は秘境にお住まいの方でもいないと思う

 腹が減った。あれから歩き続けて集落も完全に見えなくり、太陽が天っ辺を完全に過ぎたあたりでようやく腰を下ろす。さすがにあの集落近くで飯を食べるほど肝は太くない。


 田舎の近場は相当な距離のことを言うと思い、かなり無理をして歩き続けたせいでこうしてお昼時を逃がしてしまった。


 時刻的には14時だいぶ過ぎといった所。昼飯には遅いがおやつには早い微妙な時間帯だ。内心早く喰いたい座りたい休みたいと不満てんこ盛りだったので心待ちにしていた休憩にやっと入れる。


 手元に取り出しますは笹で包まれ藁で結ばれたお弁当。実は適当な袋が無いので朝からずっと手にぶら下げたままだったりする。巾着はパンツ用だ、さすがにコレに食い物入れる気にはならない。


 藁の紐を解いて大きな笹の葉を捲るとそこには俵型の稲荷寿司。やはり、やはりこいつでしたか。笹の葉繋がりでちまきの可能性もあるかと思っていたけどきつねといったら油揚げ、油揚げと言ったら稲荷寿司。直球で大変良いと思います。


 数にして三貫。一貫は2個なので計6個のお稲荷様。付け合わせはガリならぬカブの浅漬け。真新しい笹葉の緑に白いワンポイント、悪くないじゃないですか。

 問題は飲み水どころか手を洗う水もないこと。ちょっと持ちにくいが解いた笹の葉を被せてつまむことにする。

 口の中に広がる甘辛い油揚げとほぐれていく酢飯の味わい。美味しゅうございます。


 三貫そこらの寿司などあっという間に食べ終えてしまう。名残惜しく漬物をボリボリ食べながら道端に小さな穴を掘り、そこに笹の葉を埋めて片づけ終了。ちょっと手間だが自然物とはいえポイ捨ては抵抗がある。


 腹も満たされのどかに雲の流れる空を見ているとぼんやり思う、しばらく動きたくないと。ちょうどいいので懐から先ほど大活躍だったスマホっぽいものを取り出し改めて調べてみる。


 3個の実績解除で黒字になっていた。ヒャッホウ。


 黒字の景気づけで改めてカタログを覗いてみることにする。喉も乾いているし飲食系のカタログがあるといいのだが。


 無かった。

 それっぽいのはあったけどアンロックできない。宿泊系ルートで選べそうなものが2冊あるもののちょっとお高い。一泊1200から2000ポイント。きつねの隠れ宿の倍以上はいくらなんでも厳しい。


 そしてポイントについて計算が合わないことに気が付いた。これまでの端数は5か0。実績ポイントは現在のところ1000単位、最小の変動はきつねの隠れ宿で購入した『炭と房楊枝のエチケットセット(勝手に命名)』の15ポイント。


 なら現在の残高18868。端数が8はおかしい。


 どうにも分かりにくいスマホッぽいものを弄繰り回して出てきたのは<踏破>という実績とも違うポイント制度。


 100メートル切り捨てで1ポイント貰えるらしい。しょっぱい。


 昨日の踏破距離は7.2キロ、ずいぶん歩いたつもりで全然だった。普段歩いていない人間なんてこんなもんか。宿泊が一泊500ポイント=50キロと考えると眩暈がする。


 人の歩行速度はだいたい時速3キロ前後。一日を黒字で終えるためには単純に17時間ほど同じペースで歩き続けて50.1キロ踏破し501ポイント確保する必要がある。


 いや、タクシーならぬ木戸の呼び出しで20ポイント追加するから-20ポイント足が出るのか。


 一日52.1キロ。舗装された平地で理想的な環境で健康な状態だったとしてもできねえよ。腰から下が砕けるわ。


 それでもこれは朗報と言っていいだろう。いつ入るかわからない実績と違い100メートル歩けば1ポイント確実に得られるのだ。


 問題はとにかく還元率が渋いということで。


 大昔の人じゃあるまいし、現代の日本人で一日二桁キロ単位で歩いている人間なんて相応の職業か登山やウォーキングガチ勢の人以外いないだろうに。


 現在のポイントは


<17148ポイント>


 どうも解除実績のおかげで多く感じるが内訳をみれば二月持たず消える額でしかない。踏破だけで得られるポイントではどう頑張っても一泊さえできないのだ。レジャー感覚で野宿できるほど体力も知識もない。今はちょっとした体調悪化であっさり死ぬ。


 昔話で『はやり病にかかって死んだ』という定番の解説がある。現代では栄養を取ってあったかくして寝ていれば治り、薬で誤魔化して出勤したあげく会社でパンデミックを起こさせる迷惑な人がいても死者など出ない。


 だが高価な薬や医者など利用できない、そもそも満足な栄養さえ取れず防寒も心許ない昔の庶民は風邪でさえバタバタ死んでいた。栄養があれば、薬があれば、防寒できればなんでもないことで人は死んでしまう。


 今の自分は数日前まで利用できていたライフラインをすべて失っている。この喉の渇きだって水道があれば、自販機があれば、飲食店があれば、それらを利用できる金銭と制度があれば解消できているのに。


 物もなければ金もなく、売ってくれる人もいなければ奪うものさえない。のどかに見える大自然で昨日より渇きを経験する。自然は現代人にコンクリートより冷たい。

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