第4話 江戸日本橋七つ立ち(午前四時テイクアウトが常識)

 早朝。牡丹の透かしが優雅な障子が朝日を受けて白みを増すあたりで目が覚める。


 生活習慣というのは恐ろしいもので、疲れていようが大体同じ時間に目が覚めてしまう。ここから休日なら二度寝してしまうのだが今日は枕元に用がある。そういえば昨晩用意されていたやたらと背の高い枕はどうにも合わず、早々に脇に転がして畳んだ浴衣を枕代わりにしてしまったな。行儀が悪くて『女将?』に少し申し訳ない。


 寝ころんだままスマホっぽいものを掴むとこちらも目を覚ましたように電源? が入り画面が表示される。


<自動防衛 05:47:22 までな 停止YES/Nぅ ポイント返還りない>


 止めてもポイントが返ってこないならこのままでいいだろう。出来そうな操作を一通り試していく。電話アウト、メール機能アウト、SNSアウト、音声認識アウト。

 最終的に弄れそうな項目を抜粋、怪しい日本語訳を解釈すると


<カタログ購入>

 ジャンルごとのカタログを購入する。これで買わないとそもそも商品?を利用できないっぽい。翻訳がいい加減で商品によっては紹介文が潰れていて読めない。サムネイルを見てもどんな商品カタログか分からないものも多い。


<カタログ閲覧>

 購入したカタログを閲覧できる機能。ツリー化されていて同系列の派生やより上位グレードと思われるカタログが思わせぶりに灰色表示。


<ポイント>

 現在のポイント残高表示。お金ではない模様。収支ログは無かった。


<実績>

 解除された実績と贈答ポイントが表示されるらしい項目。このシステムのおかげで無一文でも宿泊できた。どんなものがあるか、何をすれば解除できるかの説明は無し。

 解除された実績は<大地に起立><初めてたの遭遇><初日よ生存しる>

 内訳5000、3000、5000で累計13000ポイント。


<自動防衛>

 昨夜から機能しているサービス。ログが残っていて『ヒュプノス』『ドレイン』『ポイズン』『物理攻撃』を防御したらしい。本当なら恐ッ。


<手動バリア?>

 要約するとキューブ状の破壊不可オブジェクトを空間?に出現させるクラフト機能らしい。これが一番長ったらしく難解な説明書きがあった。主に翻訳が悪い。


 ルール1:『1個につき10ポイント消費。ポイントの許す限り何個でも出せる。ただし消すのにも同じポイントがかかる』 


 ルール2:『キューブの大きさは最大サイズ3×3メートル。最小サイズ0.01×0.01リ。形は正方形のみ。出したあとのサイズ変更不可。中は空洞。空気はその場のものを取り込むのみ。窒息注意』


 ルール3:『空間そのものに固定される。移動できない。完全に透明か色付き(配色・濃度調整あり)かを選べる。設置後は変更できない。正確に連結できるが内部の壁は無くならない』


 ルール4:『設置は肉眼で見える範囲ならどこでも。物がある場所に設置するとキューブにかかった場所は切断される。視界が塞がっていても設置できるが出現位置がややいい加減になる』


 破壊不可オブジェクトか。翻訳の間違いじゃないなら無敵の壁だ。最小で3個、三角形に配置すれば横の守りは万全になる。1個でも中に自分が入るように設置すれば大丈夫だが、こちらは窒息やうっかり体をスパる危険がある。特に足元が恐い。


 解釈を間違っていなければこんなところ。なおネットには繋がっていない模様。


 細々とした機能もあちこち歯抜けのスマホっぽいものは時計機能も無い。いつも目が覚める時間はだいたい早朝四時なので三十分は過ぎただろうか。襖の向こうから『女将?』が声をかけてきてびっくりした。


「おはようございます。お寝坊さんですな、お天道様は上がってますよ?」


 いそいそと、それでいて強引に運び込まれる朝餉を前に慌てて浴衣を掴んで追い立てられながら顔を洗いに行く。


 昨夜も利用した洗い場近くにある温泉由来の水場。岩に水路となる溝を掘りここに温泉を流して冷ましたものを湧き水として使っているらしい。夏とか虫の死骸が入ってそうで嫌だな。人が知らないだけで現代人が普段飲んでる水も大概なんだろうけど。加工食品の製造過程と浄水タンクは覗いてはいけない。


 顔をてぬぐいで拭っていると夜の暗幕の切れ端みたいな黒いカラスが一羽水場に降りてきた。こちらの洗顔が終わるのを待っていたのか、もういいか? そんな顔で一度見つめたあと口ばしを溜まった水に突っ込んで悠々と喉を潤していた。頭が良いせいか人を怖がらないよね、カラスって。


 なんとなく待っていてくれた行儀のよさに感銘を受けて「お先」と声をかけて水場を後にする。カラスや野良猫とかはこちらが不用意に近づいたり敵意出さなければ、お互いを気にしないまあまあちょうどよい棲み分けで完結してくれる気がする。もちろん当然のことながらカラスから返事はなかった。 


 朝食の献立は山盛りごはん、なんかの葉(かぶ?)の味噌汁、小鉢に山菜のゴマ和え、川魚(小物二匹)の焼き物、くったくたに煮られたタケノコの煮物。


 そこそこ時間がかかったにも関わらずごはんも味噌汁も煮立たせたように熱々だ。温め直してくれたのだろうか。味噌汁はあまり熱くすると風味が飛んでしまうものなのに、煮干し由来と思われる豊かな香りが落ちていないのが不思議だ。ちなみに今回の一番は山菜のゴマ和え。山菜というか擦られた白ゴマが味も風味も抜群にうまい。高級品と思われる。


 朝餉が終わると計ったようにというか実際計っていたんだろう『女将?』が食器を下げに現れ、洗濯物を渡してくれた。籠の中できれいに畳まれている上下とTシャツ、あとその下にMyトランクス。夜中に渡したのに洗ってありかつ乾いている。全体的に灰の臭いがした。


 ふと思い立ち『女将?』に洗濯物(トランクスだけ、あとは着る)を入れる袋を購入する。加えて昼食用におにぎりでも頂けないかとお願いしたが、こちらは炊き直すしかないとのことで『女将?』が作り置きしている代わりの携帯食を持たせてくれた(有料ならぬ有ポイント)。


「いってらっしゃいませ、またのお越しを」


 出立際にどう行けば外に出られるか聞いたとき『女将?』は「進めばわかります」としか言わず、竹ぼうきを持つと玄関も閉めずにどこかに行ってしまった。


 玄関にぶら下がった提灯だけを見送りに、たぶん昨夜来たとおぼしき方向へと歩き出す。上から一声カラスの鳴き声がしたので空を見るとギシリと昨日感じた感覚。


 灰色の空いっぱいに羽を広げて静止するカラス。そして目線を戻すと竹林の出口とその中央に例の木戸が現れていた。

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