エピローグ

刀祢とうや、刀祢!」

「ん? ああ、悪い、どうした?」

「もう少しで着くよ。準備しないと」

 その言葉に、思わず時計を見ると、列車に乗り込んでから三時間は経っていた。

 慌てて、飲みかけの缶ジュースを一気に飲んで、食べたお菓子の袋といったゴミをまとめる。

 荷台に置いた荷物を取り出した時には、もう目的の駅に着いていた。

 改札を通り駅舎から出ると、四郎しろうはスマートフォンを取り出す。

「え~と、バス停は……こっちだね」

「オッケー、早く行こうぜ。荷物重いし」

 刀祢と四郎が住む下宿げしゅくもそうだが、大学も駅から少しはなれているので、バスに頼ることになる。五分ほど待つと、バスがやってくる。

 大きな荷物を持った二人は、荷物を置ける最後尾さいこうびに座ることにした。下宿先の最寄りのバス停には、十分ほどで到着する予定だ。

 二人は、これから始まる大学生活について、やれどのサークルに入るのかとか、バイトはどうするのかなどを話していた。そうして、あっという間に降りるバス停について、バスを降りると下宿先へと歩き出す。

「刀祢。列車に乗ってた時、なんか上の空だったけど、何考えてたの?」

「……中二の夏のこと」

 てっきり浮ついたことでも考えていたと思っていた四郎も、あの夏を思い出して、黙ってしまう。

「結局、あの時の行動ってやぶへびでしかなかったんだなーとか。これから先も、母さん達はあのしきたりを守っていくのかなって思ってさ」

「そうだね……。僕達は結局、何も変えられなかったんだよね」

 全ての真実を聞いた後、刀祢とうや四郎しろうは誰にも満月の夜に起きていることを誰にも言わなかった。

 もちろん、話したら少年院という脅しがあったからというのもあるが、なんだか話すつもりになれなかった。

 あの夏。世の中には、どうしようもないことがあるのを思い知った。正義感が、かえって秩序ちつじょを壊すことがあるのを知った。自分がどれほど無力で無知だったのかを知った。

 その喪失感そうしつかんを抱えながら、故郷を出る今日まで生きてきた。

「でも、あの神様のことを知ったから、四郎もこの町に来たんだろ?」

「まぁね」

 二人が選んだ進路は、神学しんがくを学ぶことだった。

 神様のこと知れば、もしかしたら、故郷の何かを変えられるかもしれない。

 例えば、子供達が満月の夜でも夜更かしして友達と遊べるようにできるかもしれない。

 満月の夜に大人達も操り人形のようにならずに夜を過ごすことができるかもしれない。

 やぶの中蛇をつついて毒牙にかかるのは自分達だけでいいのだ。

「そうこうしてたら、着いたな」

「だね」

二人は下宿先の玄関を開け、管理人を呼ぶ。管理人は、五十歳くらいの女性だった。刀祢としては、若い女性が良かったのだが世の中そんなに甘くない。

「さぁ、ここが岩永いわながくんの部屋よ。桜井さくらいくんの部屋はその向いね」

「お、これなら、四郎の部屋にびたるのも楽だな」

「なんとなく予想してたけど、入り浸る気なんだね……」

 そんなやり取りを優しく見ていた管理人が二人に、この下宿の生活ルールを教えてくれる。

 晩御飯は十八時から二十一時までに取ることやゴミ分別方法などを説明される。

「ああ、そうそう。これは、この下宿だけじゃなくて、この町全体のルールというか、しきたりなんだけど」

「何かあるんですか?」

「――満月の夜。子供は二十二時、大人は二十三時に寝ること。昔からのしきたりだから、ちゃんと守ってね?」


 この世界には、何かがいる。人間の理解を超えた何かが。

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何かがいる きと @kito72

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