第5話

 刀祢とうや四郎しろうは、美咲みさきに連れられて町の警察署の取調室とりしらべしつに来ていた。今ごろ、美咲は上司とあの映像をみているのかもしれない。

 二人は、取調室の中央に置かれた椅子いすにちょこんと座っていた。刀祢も四郎も、椅子の前に置かれた机や部屋の中をじろじろと見たり落ち着かない様子だった。ドラマの中でしか見たことないような光景だ。何も悪いことをしたつもりはないが不思議ふしぎ緊張感きんちょうかんに包まれる。

 この取調室に通されてから十分程度経ったころ、取調室のドアが開き美咲が入ってくる。その顔は、険しいものだった。

「さて、刀祢くんと四郎。いいかしら?」

「はい!」

「うん」

 美咲は、深く深呼吸をする。何か緊張しているような様子に、刀祢の心はざわつく。

 いよいよだ。退屈な日常に現れた未知なる脅威きょうい。それをとらえた自分は、四郎と共にヒーローになれるのだ。

「あの映像だけど。あれは、こちらで責任を持って破棄はきさせてもらったわ」

 そう信じていた刀祢の希望は、あっさりと否定される。

 あまりにも大きい理想と現実のギャップに、二人は声も出ず、ポカンとするだけだった。

 美咲の言葉に少し遅れて、四郎が声をはっする。

「ね、姉さん。どういうこと? なんであの映像を破棄するの?」

「あの映像が出回ってしまえば、秩序ちつじょが乱れるからよ」

「秩序?」

 どういうことだ。どちらかというと、あの映像に映った透明な蛇こそ、この世の秩序を乱すものではないのか。

 混乱する二人に美咲が、腕を組んだまま話を続ける。

「あの映像に映った一連の出来事。あれは、全てこの町の警察は把握はあくしていることよ」

「え? あの蛇も、大人の人たちの行動も、全部?」

 刀祢の問いに、美咲は、そうよと答える。。

 その事実に二人は、さらに愕然がくぜんとする。あの大発見はなんてことないことだったのか、と。

 そして、新たな疑問が出てくる。

「なら、なんであの怪物みたいな蛇を放置しているですか? あれこそ秩序をみだすものじゃないんですか?」

 刀祢の疑問はもっともだろう。普通に考えれば、あの蛇は明らかに人類の常識の外にいるものだ。もしあれが、刀祢や四郎を襲った奇妙な眩暈めまいを引き起こしているのであれば、さらに言えば刀祢の向かいの家の倒壊騒とうかいさわぎを引き起こしたのであれば、どう考えても平和をおびやかすもののはずだ。

 美咲は、深く息を吸い込み、答える。

「あの蛇はね。この町の守り神なのよ」

「……は?」

 刀祢と四郎は、思わず顔を見合わせる。

 神様? いきなり何を言っているんだ?

 ポカンとしている二人を見て、美咲みさきは、

「やっぱり、一から説明しないと分からないわよね。いいわ、本来なら教えることはないんだけど、教えてあげる。ただし、絶対に他の人に話しちゃダメよ。いいわね?」

「……ちなみに、もし他の人に話したらどうなるの?」

「少年院に入ることになるわね。どうする? やっぱり聞くの止める?」

 少年院。その言葉に刀祢とうやの背筋に冷たい汗が流れる。隣の四郎しろうを見ると、背筋を伸ばして真剣な表情に変わっていた。

 どうやら、気持ちは同じらしい。

「……聞かせてください」

 刀祢の答えに、四郎もうなずく。

 ここまで来たのなら、全てを知りたい。例え、町を救うヒーローになれなくとも。

 美咲は、いつもの優しい柔らかい表情になる。だがそれも、すぐに毅然きぜんとした態度に変わる。

 そして、深呼吸をすると話し始める。満月の夜。この町で何が起きているのかを。

「満月の夜に子供は二十二時、大人達は二十三時に寝ること。もう察してはいると思うけど、このしきたりはあの蛇――この町の守り神を人目に触れさせないためにあるものよ。あれが、自分の日常の傍にいるということは余計な騒ぎを起こしてしまうからね。そして、満月の夜に守り神様が何をしているのかというと、けがれを食べてくださっているのよ」

「穢れ?」

「映像で、守り神様が黒い何かを食べていたでしょう? あれが穢れよ。死んでしまった動物などの怨念おんねんが集まってできたもので、放っておくと人に危害きがいを加えることもあるわ。実際に、住民が穢れを見たって通報が入ることも何度あったのよ」

 穢れ。あの蛇を見て、世界には自分の常識には当てはまらないものがいるのは分かった。だが、その他にも常識の外のものが身近にいる。そしてそれは、自分達におそってくるかもしれない。

 そのことを知ってしまうと、今まで通りの生活に戻れるのか、刀祢と四郎は少し不安になる。

 そんな二人を置いて、美咲は先に進む。

「そんな穢れが、もっとも活発になっている動き始める時。それが満月の深夜なの」

「だから、その時に合わせて、守り神が動く?」

 四郎の言葉に、そのとおりよ、と美咲は返す。

 満月の夜。自分達が眠りについていた深夜にそんな妖怪といったらいいのか分からないが、とにかく人にあだをなすものと神様との攻防が繰り広げられていたのか。

 自分達がいかに知らない内にぎりぎりの綱渡りをしていたのか。

 それが分かって、刀祢とうやはぞくりとする。もうそこには、あの蛇を映像に収めて大発見だと喜んでいた無邪気な少年の姿はなかった。

 対して、四郎しろうはあまり冷静さを失っていなかった。

 まだ疑問が残るようで、美咲みさきに質問する。

「子供が二十二時、大人は二十三時に寝なきゃいけないっていう時間設定は?」

「あなた達、二十二時に眩暈めまいに襲われたって言ってたけど、あれも守り神様がしたことよ。万が一にも周りに言いたがる子供が守り神様を見ないようにね。二十二時っていう早めの時間も、もし外に子供がいてそこで寝ても、守り神様の穢れの狩りに巻き込まれる前に、警察なんかが回収できるように配慮したものよ。実際に警察は、二十三時前まで外を見回っているわ。そして、大人が二十三時にっていうのは、大人には眩暈の効果が効くのが遅いというのと、さっき言ったように子供の回収や寝たかの確認をするためね」

「あ、じゃあ、あれ! 大人達がひざをついて合掌がっしょうしてたのは何なんだ?」

 今度は、刀祢が疑問を呈する。

 穢れから人を守るなら、大人達を家から出し、合掌させる理由はないはずだ。だが、そうしないのは何かしらの理由があるはずだ。

「あれは、守り神様がけがれを確実に処理するために、いのりをささげているのよ」

「祈り?」

「神様の力は、信仰が強いほど力を増すもの。力をより強大なものにする。そうすることで、強力な穢れでも周りに被害をあまり出さないようにするのよ。だから、祈りをささげてもらっている、と言うわけね」

 あんなあやつり人形のような信仰に意味があるのかは分からないが、納得は良く。

 だが、二人にはまだ疑問があった。

「姉さん、何が起きていたのかはだいたい分かったよ。でも、刀祢の向かいの家の倒壊や僕らの家の前の交通事故は何だったの? もともと僕ら二人は、そこから満月の夜に何が起きているのか知りたくなったんだ」

「あ、そうだ。そこがまだだった」

「あれは、単純に守り神様が穢れを捕食ほしょくする時に家や電柱を壊してしまったのよ。音を聞くことができなかったのは、守り神様が眩暈めまいで深い眠りにつかせた状態にさせてたからね。大人達も音が聞こえてないのも、ほとんど同様の理由ね。刀祢くんが見た神主さんは、守り神様が穢れをみ殺してそのまま落としたまま去ってしまったから、その後始末をしてくれていたの」

「……そう、ですか」

 刀祢が、小さく呟く。

 これで、満月の夜に何が起きていたのか。二人が違和感を覚えた二つの事故の真相も分かった。わずかに感じた違和感の真相は大発見でもなく。二人をヒーローにするものではなく。全て、触れてるべきではないことだったのだ。やぶの中の蛇をつついて、その毒牙の餌食えじきになっただけだったのだ。

 でも、刀祢とうやは納得していなかった。

美咲みさきさん。どうして、警察はあの蛇に頼っているんですか。自分達で、穢れを倒そうとしないんですか」

「刀祢……」

 声を震わせながら話す刀祢を、四郎しろうは心配そうに見る。

 もし、警察や神主などが協力してあの蛇の守り神に頼ることがなくなれば。

 刀祢達が違和感を感じたような家を壊される事故などは起きなかったのではないか。

 子供達が満月の夜でも夜更かしして、友達と遊ぶことができるのではないか。

 大人達が人間としての意思を捨ててしまったような、操り人形のように扱われることもないのではないか。

 刀祢は、そう思わずにいられなかった。そんな正義感を捨てられなかった。

「刀祢くん。確かに私達警察が穢れを倒せば、こんなしきたりを守る必要はなくなるし、神様に振り回されることはなくなるでしょう。でも、そうすることで守り神様が何を思って、どんな行動を起こすかは分からないのよ」

「どういうことですか? 守り神なら、人間を守るんじゃ……」

「それは、私達人間が勝手に思っていることよ。その牙がいつ私達に向けられるかは、人間には分からないわ。今まで、守り続けてきた秩序ちつじょくずれて、大きな被害が出るかもしれない。その可能性を無視して、正義感だけに任せた行動をとるのは、違うはずよ」

 いつも優しくしてくれる美咲のその言葉に、刀祢は、口を閉ざすことしかできなかった。

 人智が及ばないからこその神だ。正義感で動いて、神様の怒りを買い、余計な混乱や危険を引き起こしてしまう可能性などいくらでもある。

 今まで守り続けてきたしきたりを壊してしまうことは、秩序を乱して平和を壊すことと何も違わない。

 世の中には、正義感だけではどうしようもないこともあるのだ。

「……納得できないのも分かるわ。私も初めはそうだったから」

「……え?」

「なんでもないわ。少し、しゃべり過ぎたわね。今日は、もう帰りなさい。私は、上司と話をしてから帰るわ」

「分かったよ。……行こう、刀祢」

 刀祢は、四郎に促され椅子から立ち上がる。そのままのろのろとした動きで、警察署を後にした。

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