第4話

 目を開けると、もう朝だった。

 刀祢とうやは、まだふわふわとした頭を必死ひっしに回転させて、何が起きたのかを思い出す。

 いよいよ満月の夜に何が起きているかを解明しようとした昨日の夜。寝なくてはいけない二十二時になったというところで、奇妙きみょう眩暈めまいおそわれた。視界がゆがみ、思考ができなくなり、声も出せなくなる。

 今回は、間違いなく気のせいではない。確実に何かが起きた。

 でも、なんであんなことが起きた?

 刀祢は、昨日の眩暈について考えようとしたが、それよりも優先しなければならないことを思い出す。

「そうだ、四郎しろう。四郎は!?」

 あわてて、昨日の夜に眩暈に襲われて落としてしまったスマートフォンを拾う。画面をつけると、通話は切れていたようで、見慣れたロック画面が表示される。そのいつも通りの出来事に少しだけホッとするが、今はそれどころじゃない。急いでスマートフォンを操作して、四郎に電話をかける。

 頼む。出てくれ。

 祈る気持ちで、四郎の応答を待つ。刀祢は、コール音をもどかしく思いながら、落ち着かずに部屋を歩き回っていた。

 そして、

「……もしもし、刀祢?」

「四郎! 大丈夫か!?」

「うん、まだ少し頭がボーとするけど」

 聞こえてきた友人の声に胸をなでおろす。改めて、刀祢も自分自身の体を動かしたりして異常がないか確かめるが、特に問題ないようだ。それは、電話の向こうの四郎も同じようで、今後体に異常が出るかもしれないが、とりあえず目下もっかの問題は解決したようだ。

 では、次の問題は当然ながら、

「四郎もなった……ってことでいいんだよな? あの眩暈めまい?」

「うん。それでもなんとか外を撮影しようと思って、スマホを仕掛しかけようとしたけど、歩くこともままならなくって……」

 あの状況でもなお、真相に迫ろうとした四郎に驚くが、今の論点はそこではない。二人を襲った眩暈についてだ。

「マジでなんだったんだよあれ? 二人同時にあんな眩暈に襲われるか?」

「うん、間違いなくおかしいよ。もしかすると……」

「もしかすると?」

「満月の夜によっぽど見られたくない、何かが起きているってことなのかも」

 何か見られたくないことが起きている。それが、刀祢の向かいの家が半壊はんかいしたことや四郎の家の前の電柱が折れた事故につながるはずだ。おそらく、それは間違いない。だからこそ、それを隠すために子供は二十二時に、大人は二十三時に寝ることというしきたりがあるのだろう。

 だがしかし、誰が何をするために、何のために隠している? そして、昨日の眩暈はどうやって引き起こした?

 疑問は尽きない。だからこそ確かめておきたい。もしかしたら、倒壊騒ぎや電柱の事故だけなら、疑問を感じながらではあるが、日常に戻れたのかもしれない。しかし、あの眩暈。自分の身に直接的な干渉かんしょうしてくることを知ってしまっては、この一連いちれんの奇妙な出来事をそのままにして日常に戻れない。

 二人には、このもやもやする気持ちを晴らすために、できることがある。

「四郎。ビデオカメラは動かしてたんだよな?」

「……うん」

「今から、四郎の家に行く。録画した映像を見よう。それではっきりさせるんだ。満月の夜に何が起きているのかを」


 手早く朝ご飯を食べ終えた刀祢とうやはすぐに四郎しろうの家に向かった。刀祢が四郎の家に着いた時、既に四郎は録画した映像をすぐにでも見れるようにと、パソコンを操作していたところだった。

 ゴクリと思わず生唾なまつばを飲み、刀祢は映像を見るために準備を進める四郎を見守る。

 いくら好奇心こうきしんで突き進んできたとはいえ、いざその時が迫ると恐怖心が出てくる。

 しかしそれと同時に、この今日な出来事に対する何か決定的なものが映っていたとき。もしかしたら、自分達は一躍いちやくヒーローになれるというワクワク感がないと言えばうそになる。

「準備完了だよ、刀祢とうや。心の準備は?」

 そう聞いてきた四郎しろうに対して、サムズアップをする刀祢。それを見て、四郎も深くうなずくと、再生ボタンをクリックする。

 いよいよだ。いよいよ全てが分かる。

 映像が始まる。始めは、何もない道路と四郎の向かいの家とはす向かいの家の一部分が映し出されているだけだ。それもそのはずで、録画を始めたのは二十一時四十五分からだからだ。

 しばらくして、バタンという音が聞こえる。

「今のは?」

「多分、僕が眩暈めまいで倒れた音」

 再生時間を見ると、十五分ほどたったところだった。録画を始めた二十一時四十五分から十五分。確かに、眩暈におそわれた二十二時ごろの時間と一致いっちする。どうやら、眩暈で倒れた音で間違いないだろう。ただ、その眩暈に襲われた時間になっても映像は特に変化が見られないまま、映像の再生時間が一時間十五分、時刻にすると大人が寝る二十三時になろうとしていた。

 もしかして、何も映っていないのか。刀祢がそう思った時、変化が訪れた。

「ん、はす向かいの家から誰か出てきたぞ?」

「あれは……川村かわむらさんちのおばさんかな?」

 こんな時間にどこに行くのだろうか? そう思ったが、その川村の家のおばさんは、道路にひざをついて合掌がっしょうを始めた。

 おかしいと刀祢と四郎が思ったのもつか。向かいの家からも大人達が出てきたと思ったら、膝をついて合掌をする。

「なんだよ……これ」

「分からない。分からないよ。一体何が……?」

 二人は、そのまま何か変化がないか注視する。しかし、しばらくの間、膝をついて合掌をする大人達が映し出されるだけだった。

 映像に変化がないまま映像が始まって一時間三十分、つまり時刻にすると二十三時十五分になろうとしていた時。

「あれ?」

「どうした、四郎?」

「いや、道路がなんかゆがんで、み、え……て……」

「な、なんだ、これ……?」

 それは、突然現れた。

 始めは、ガラスやビー玉といった透明とうめいなもの越しに何かを見た時のように、地面が少しだけ歪んで見えたと思った。

 それは実際に透明なものがいたからそう見えたのだが、問題はそれが何だったのかということと、それの大きさだった。

 透明な何かの正体は、へびだった。顔も体も透明な蛇。その大きさは、車道いっぱいの横幅で、全長は映像で確認できないがかなりものだろう。その透明な蛇は、膝をついて合掌をする大人達の間をうねうねと移動してきたようだった。

 刀祢と四郎が絶句ぜっくする中、蛇が画面の中央で止まる。そして、舌を目に留まらぬ速さで伸ばした。その舌の先端が画面から消えたかと思うと、再び舌が画面に戻ってきたときには黒い何かを掴んでいて、そのまま掴んでいた黒い何かを飲み込む。そして、再び移動をして、膝をついて合掌をする大人達を残したまま画面から消えていった。

 その後、映像に透明な蛇が現れることはなかった。代わりに、膝をついて合掌をする大人達を画面に残したまま、時間だけが過ぎた。再生時間が四時間半、時刻にすると深夜三時を回ったところで大人達も家に戻り、そのまま朝になったところで、映像は終わった。

「…………終わったよ」

「あ、ああ……」

 刀祢と四郎の二人とも、今見たものが何なのか理解できなかった。膝をついて合掌をする大人達も、透明な蛇も、その蛇が食べた黒い何かも。

 この町には、何かがいた。自分達の理解を超えた何かが。

 映像が終わってからしばらく、二人は呆然ぼうぜんとしていた。

「取り敢えず、満月の夜に何かがいたことは証明できたけど……。どうしようか?」

「そうだな。えず、美咲みさきさんに報告だ!俺達は、大発見をしたんだ! 美咲さーーん!」

「あ、ちょっと!?」

 始めはあっけにとられていた刀祢とうやだったが、時間が経つと大発見をしたことに興奮したようだ。

 ノリノリで四郎しろうの姉であり、警察官である桜井美咲さくらいみさきに、映像を見てもらった。

「どうです? すごいでしょ!? 俺達、世紀のスクープを手に入れたんだよ、美咲さん」

「落ち着きなよ、刀祢。興奮するのは分かるけどさ」

 この市民の身に訪れている未曾有みぞうの出来事。これを見せれば、警察も動き出して自分達はヒーローになれる。二人は、とても胸をおどらせていたが。

「……二人とも。これから時間あるわよね?」

「ああ、もちろんです!」

「じゃあ、警察署に行くから準備して。なるべく早くね。あと、映像が入ってるSDカードも忘れずにね」

 その言葉に、二人のテンションはいやおうでも上がる。自分達がヒーローになる時が来たのだと。

 刀祢と四郎のどちらとも、興奮していたので気づくことがなかった。

 美咲の声が、どこか怒りをふくんでたことに。

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