第3話

 八月の下旬の満月の日。その昼下がり、刀祢とうや興奮こうふんを隠せないほどワクワクしていた。

「いよいよだな! 四郎しろう!」

「うん、ドキドキするね」

 四郎は言動こそ落ち着いているものの、興奮しているのは事実だ。

 それもそうだろう。もう少しで夏休みも終わりを迎えるが、刀祢と四郎にとって夏休み最大のビックイベントが始まろうとしていた。

 そのビックイベントを前に二人は、四郎の家で怪しまれないようゲームをする名目で集まっていた。今日この日、やることを確認するために。

 満月の夜に、子供は二十二時、大人は二十三時に眠ること。

 この町に、古くから伝わると言う絶対のしきたり。

 今日、このしきたりに二人は、初めてそむく。

 先月に気付いた、この町の満月の夜に何かが起きていると言う事実の正体に、ようやく迫ることができる。

 この日のために二人が立てた作戦……と言うほどのものではないが、考えたことは三つ。

 まず、一つ。単純に二十二時まで起きて目視もくしでの確認を試みること。

 そして、二つ。お互いのスマートフォンで自分の家の前の道路を撮影すること。

 最後に、三つ。四郎の部屋に、夜空を撮影するといつわって仕掛けたビデオカメラで町を撮影すること。

 客観的きゃっかんてきにみれば、一つ目の作戦で十分な気もする。だが、万が一にもお互いが寝てしまった場合にそなえて、念のために二つ目と三つ目の作戦も取り入れることになった。

 あらかじめ、二人は四郎の家で使うビデオカメラの設置を行う。スマートフォンと別にカメラを用意したのは、スマートフォンの充電切れに配慮はいりょしてのことだ。異変が起きたのは、いずれも道路に面している場所なので、出来るだけ道路を映るように慎重にセッティングする。

「しかし、スマホはいいけどさ。ビデオカメラは怪しまれそうなもんだけど、大丈夫なのか?」

「大丈夫。タイムラプスを使ってみたいって言ったら、すんなり貸してくれたよ。今日は、試し撮りするって言ってあるし。あとは、間違って普通に録画してたって言えば、怪しまれないと思うよ」

「地面に向けてカメラ向けてるのは、どう言い訳するんだ?」

「三脚のネジの締め付けが甘かったって言えばいいんだよ」

 そんなたわいのない会話をしながらも、二人はソワソワする気持ちを押さえられなかった。

 まるで学校に隠れてゲームを持っていくような、ちょっとしたいたずら。二人は、その程度にしか考えていなかった。

「なぁ、四郎しろう。明日、美咲みさきさん休みだったりするか?」

「え~と、確か休みだよ。なんでまた?」

「何かを怪しいもの映ってたら、教えるんだよ。もしかしたら、俺らの発見が新聞に載るかもしれねーじゃん!」

 そう言って、目をキラキラと輝かせながら笑う刀祢とうやに四郎もつられて笑ってしまう。

 満月の夜に、子供は二十二時、大人は二十三時に眠ること。

 大人もあまり意義いぎを理解していない古びたしきたり。

 その意味を見つけることが、自分達をちょっとしたヒーローにしてくれる。

 そう二人は思っていた。


 時間はあっという間に過ぎて、いよいよ作戦決行の夜二十一時半になった。

 四郎の家でビデオカメラを設置した後。二人は、怪しまれようにいつも通りに夕方までにゲームをしてから別れた。

 そして自室でソワソワしながら時間が来るのを今か今かと待っていたら、気づけば夜だった。

 いつもより早く両親におやすみなさいをした刀祢は、四郎に電話をかける。時間ぎりぎりまで話をして、眠たくなるのを防ぐためだ。

 電話をかけて、四郎はすぐに出てくれた。

「どう? 刀祢。眠気とかある?」

「いや、目が冴えまくってギンギンだ。何の問題もないぜ」

「……興奮するのは良いけど、何か見つけたとき大声出してばれないようにしてね?」

 そんな冗談を交えながら、会話して気持ちを落ち着ける。気持ちが高ぶっているからか、全く眠気ねむけは感じない。

 そして、遂に時計は二十二時を示した。

「時間だよ、刀祢。スマホの三脚、準備した?」

「バッチリだ。さて、満月の夜の怪奇現象かいきげんしょうあばいてやるぜ!」

 そう刀祢が気合を入れた瞬間だった。

 突然、複数の色の絵の具を溶いた水のように、刀祢の視界にあった色がぐるぐると混ざりあい、世界が歪んでいく。

「あ……? なん、だ、これ……?」

 突如として自分の身に起きたこの奇妙きみょうな事態を理解しようとする。しかし、次第に頭も回らなくなっていき、何も考えられなくなる。

 視界も元通りになるどころか、より激しくぐにゃぐにゃと歪んでいく。

 助けを呼ぼうとしても、声を発することもできない。

 体から力も抜けて、手に持っていたスマートフォンもベットに落としてしまう。スマートフォンから四郎のものであろう声が聞こえてくるが、もはや何の音なのかすら認識できない。

 そして、その次に待っていたのは、暗闇。刀祢の意識は、ぶつりと途切とぎれた。

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