第2話

「分からない?」

「そうなんだよ。たまたまじゃないか、とも言われたよ」

 例の倒壊騒ぎから二日経った火曜日。学校で顔を合わせた四郎しろうから警察官である姉の桜井美咲さくらいみさきの見解を聞かされ、刀祢とうやまゆをひそめる。

「美咲さん、ホントにそれだけだったのか? いつも、もっといろいろと詳しく調べてくれるだろ」

「うん。話を聞いて、月曜日に同僚どうりょうの人に連絡取って調べてみたらしいけどそれっきり。僕も疑問に思ったから、どうしたのって聞いてみたんだけど。『分からないし、音が聞こえなかったのはたまたまでしょ。ただの老朽化ろうきゅうかだからあんまり気にするな』ってさ」

 四郎の姉、桜井美咲。長身でスタイルも良く、顔つきも美人と言って過言ではないだろう。肩までかかるくらいの髪の毛をポニーテールでまとめている。それがさらに、美咲の美しさを際立きわだたせる。

 彼女は、正義感も強く、不審な出来事があれば徹底的てっていてきに調べてくれるし、被害者のケアも欠かせない。まさに警察官の中の警察官のような人だ。実際に、他の警察官が適当にあしらっていた、ある女性を狙ったストーカーを何時間も張り込んで捕まえたとこがあるのを四郎はもちろん、刀祢も知っていた。

 そんな彼女がやけに簡単にあやふやな答えをすんなりと認めた。

 やっぱり、今回の件は何かがおかしい気がする。

「うーん、何なんだろうな? マジでたまたまなのか?」

 だが、そんなわけがあるのだろうか? いくら眠りが深かったとは言え、建物が近くで倒壊した音に気付かないことがあるのだろうか? それに神主のような人物には、何も触れられていない。音がしなかったのは、偶然で片づけられるかもしれない。あの人物は、刀祢の見間違いで片づけられてしまったのだろうか?

 視線を窓の外に向ける。学校から見るいつも通りの町。今、この見慣れた町に何が起こっている?

 いろいろと思考を巡らせていた刀祢とうやだが、目の前で四郎しろうも疑問があるのか腕を組んで悩んでいた。

 今日は、学校ということで刀祢も四郎も学ランに身を包んでいる。四郎は、男の子にしては少しだけ長い髪をしている。姉である美咲みさきと同様に、整った顔立ちをしていて、腕を組む姿も絵になるな、と刀祢は思う。

 いや、今はそんなことを考えている場合ではない。四郎に話を聞くのが先だ。

「四郎? どうした?」

「ん? ああ、ごめん。何かあった?」

「いや、なんか考えてるみたいだったからさ。なんか分かったか?」

「分かったというか、思い出した……って感じかな」

 何やら意味深な発言だ。何か今回の件と関わることがあったのだろう。

 四郎は腕を組んだまま、話し始める。

「今回の倒壊騒とうかいさわぎの前にさ。僕の家の近くでも交通事故で電柱が折れたってことがあったの覚えてる?」

「んーと、一年くらい前だっけ? あった気がするな、そんなこと」

 刀祢の言う通り、ちょうど一年前の夏。四郎の家の前で交通事故が起きた。単独事故で軽自動車が電柱に突っ込んだ、という新聞にも載らないような事故だった。その話を聞いた当時、刀祢は今回のように非日常にワクワクしていたのだが、あまり記憶には残っていなかったようだ。

「で? それがどうしたんだ?」

「いや、その事故も夜に起きたらしいんだけどさ。……今回と同じように、全く音がしなかったんだよね」

 その事実に、刀祢の目が見開く。

 交通事故、しかも電柱が折れるほどの衝突しょうとつがあった事故が家の前で起きて、音に気付かないとはやはり考えにくい。家の半壊とは規模が違うが、それでも相当な音がするはずなのに、だ。

 何かが起きているとは思っていたが、それが一年も前に前兆があったのか。そのことに刀祢は衝撃を受けると同時に興奮した。

「なんだよ! そんな大事なこと早く思い出せよな!」

「ごめん、ごめん。でも重要なことがもう一つあるんだよ」

「なんだ!?」

「――その事故も、満月の夜に起きてるんだ」

 その言葉を聞き、刀祢のテンションは否が応でも上がる。

 他にも、何かあるかもしれない。そう思った、刀祢は四郎にさらに迫ろうとした。

 だが、その前に教室にチャイムがひびく。どうやら、朝のホームルームの時間になったようで、担任の先生も教室に入ってくる。

 刀祢は、少し不満そうに自分の席へと移動した。


 さて、情報を整理しよう。

 まずは、違和感を抱くきっかけになった倒壊騒ぎ。現場は、刀祢の向かいの家である平井さんの家。満月の夜、刀祢が寝ている間に家が半壊した。しかし、かなり大きな音がするはずの事故なのに、全く音がしなかった。そして、倒壊現場では、謎の神主のような人物が目撃されている。

 次に、一年前に起きた四郎の家の前にある電柱が倒れた交通事故。こちらも、事故があったのは満月の夜だった。さらにこちらも、車のブレーキ音や激突した音といった事故で発生するであろう音が全くしなかった。この事故では、神主のような人物は目撃されていないが、ある事実を四郎は思い出した。それは、電柱が地面よりかなり高い位置、具体的には電線などがめぐらされている位置で折れていたと言うこと。そして四郎の家の近くには、車が高く跳ねるような段差などはない。よって、車が高くはねたということは否定される。もとより、車がそんなに高く飛ぶとも考えられないが。クレーン車なら可能性があるかもしれないが、そんな高い位置まで足場を上げた状態でクレーン車が走っていることも考えにくい。

 この二つのおかしな事故。共通点は、満月の夜に起きていることと音が全くしなかったこと。

 つまり、

「確実に、満月の夜。何かはわかんねーけど、音が全くしなくなる何かが起きてるってところか」

 そう結論を出した刀祢とうやに、四郎しろううなずく。

 時刻は、放課後に入った午後五時。場所を学校から四郎の自室に移して、二人の議論が行なわれていた。

 満月の夜。その夜に何かが起きているのは、もはやうたがわないほうがおかしいと言えるほどだ。

 ただ、その何かの予想が全くできない。大きな音がしなくなるという共通事項はあるものの、何をどうしたら音がしなくなるのかが分からない。

 加えて言えば、神主のような人物と電柱が高い位置で折れていたこと。こちらについても、違和感は感じるがだから何なんだ、というレベルの話しかできない。

 と、なればやることは一つだ。

「満月の夜にひっそり起きて、窓の外を確認する……しかないよね」

「だな。もしかしたら、寝なきゃいけないって言うしきたりのことも分かるかもしれないな」

 二人はお互いを見て、ニヤリと笑う。初めて子供の頃から厳しくしつけられていたしきたりに背く。十四歳という年齢も相まって、二人は非常にワクワクしていた。

「四郎、次の満月っていつだ?」

「八月の終わりごろだね。ちょうど夏休みだから、いろいろと準備がしやすいかも」

「オッケー。何が必要になるかな?」

 こうして、しきたりに背くための作戦が練られていく。

 二人は、蛇がいるやぶをつつき始めていた。

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