第14話 小さな代償

 樹林帯をひた走る颯。

 後ろからは鞍馬隊員ライダー二名が威嚇するようにアクセルをふかし颯に迫る。

 相当な訓練をしなければ走れない悪路が続くが、初めて乗車する自動二輪車であっても乗りこなす颯。


 得られる五感情報が、反射にも近い反応で進路を決定、颯の肉体を動かし、最適なハンドリング、ポジションを可能にしているからだ。

 敵は後方だけではない。

 道を切り開くには相応のリスクが潜む。

 高速に襲い来る枝葉、姿勢を傾けるハングオンによる裂傷。

 刻まれる無数の傷は、電脳演算が導くルート――答えの代償に過ぎない。


 木々の根をリズム良く駆け抜けると、たまらず後方で一台が落車。

 短い助走距離を進路に加え、速度を限界にまで上げて大岩を発射台に崖を越える颯。

 後方、崖下へ転落した鞍馬隊員の自動二輪車が爆発と共に炎上する。


 この追走を振り切り捉える進路には、上空からの機影がその大きさを徐々に広げながら先行している。

――間に合え!


 漆黒の爆心地にてうずくまる市。

 くすぶる木々が、市に必要な酸素を奪い続けている。

 やがて息苦しさを通り越し無の感覚。

 呼吸が止まる。

 耳鳴りが止み、静寂と共に視界が暗転。

 両膝を付き、ついには背後へと崩れ落ちる。

 奈落の闇へと落ちてゆく。


――……お母さん。


 陽光を遮る機影が市を覆う。

 獲物を狩る瞬間、かつての残動がドクンと機工丸の鼓動となり胸を打つ。

 上空から滑空する銀翼、その牙がいよいよ市に食らいつく。


 胴を鷲掴みにされ、圧迫される腹部から強制的に呼吸を取り戻す市。

 吐血混じりの呼吸、胴を掴まれる衝撃で内蔵を傷めたようだ。

 同時に襲う強烈な遠心力は、失った意識を呼び起こす。

 暗転した視界は微かに光を感じ取る程度。


 全身が風を切っている。

 飛んでいるような疾走感と共に、振るい落とされそうな振動を感じる。

 だが、自身を捕まえたこの感触は、決して離してはくれないのであろう。

 頑なに離さないという意思が伝う。


――何だろうこの感触…………暖かい……。


――掴まれっ! ――


 復讐を誓った時から、一瞬たりとも安息が訪れたことはない。

 己が独り、そうやって生きてきた。

 生死の狭間にあっても、生き残るために独りで何とかするしかない。

 そうやってあがいて、死が訪れる時も独り。

 最期まで独り。


――……独りのはずなのに……。


 この暖かい感触にすがるしかなかった。

 死がこれほどまで近づいたことがなかった市。

 奥底に眠る恐怖は、心を無くした日から蓋をしていたに過ぎない。

 貢之市くノ一という仮面を被りながら。


 今、自分にあるのは命を繋ぐ微かな呼吸と意識だけ。

 力も無く、敵味方の分別も無く、まるで赤子のように一心に。

 暖かい感触にただすがるように、ギュッと両腕を回す市。


「俺ノ獲物ダゾ? 横取リハイケマセンネ」


 即座に地上から上空へ離脱する機工丸。

 獲物を捕らえようと伸ばしたU字機械手マジックハンドは、唯一の弱点である数センチメートルの隙間、装甲の継ぎ目から破断している。

――アノ一瞬デ……何者ダ?


 上空から全体を見渡す機工丸。

 そこにはただ、後塵を拝した者に映る景色が広がっている。

 漆黒の爆心地に残る一筋のタイヤ痕は、最短最速で駆けつけた者の軌跡。


 拭う汗に血が混じる。

 颯の全身に刻まれた無数の傷は、やはり演算の示すように小さな代償に過ぎなかった。

 市を背に、轟く音は誇らしげに。


「それじゃ、俺も捕まえてみるか? 二兎を追う者は一兎をも得ずってことわざ、人間様にはあるんだぜ」

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乱世のカルマ ヒナハタ フロウ @flow_hinahata

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