第13話 万屋ツクモ

 颯に向けられた銃口、そのトリガーを引くと同時に銃身が吹き飛び、周辺に構える兵士をも巻き添えに五名が死傷。

 一番槍とばかり勇む兵士の突きは颯の瞬身を前に空を切り、死角から突如現れた相対する長槍の突きが同士討ちを引き起こす。

 地に露出した根に躓く兵士、ドミノ式に倒れる六名の兵士たちは火だるまになり昏倒している。


 一体何が起こっているのか。

 颯だけにはその結果が見えていた。

 全てが怯む三秒の間が当たり前に訪れ、戦場はより一層颯に支配されていく。

 兵士たちは一対多数の圧倒的有利な戦場にも関わらず、各々が何者かの手のひらで弄ばれるような恐怖、命を握られているプレッシャーに直面する。


 電脳演算。

 遺宝の一つである電脳を移植された颯の脳は、五感情報を絶えず並列処理、最適解へと導くよう肉体に指令を出し続ける。

 自動殲滅行動オートクリアモードは目に映る全ての兵士の行動予測を確定、圧倒する。


 瞬きする間にも、全方位で血が流れている。

 各々の死が近づく。

 刀を構えようとしても腕に力が入らない、途端に景色が逆さまになるその者の首は跳ねられている。


 戦場が混乱に包まれる。

 颯の瞬身が残す残像に向け発砲、流れ弾により命を落とす兵士たち。

 殲滅行動に加え、絶えず敵兵を背に戦場を駆け、意図した結果を導く颯。


 だが、行軍の列での交戦は前後から絶えず兵士が流入しキリがない。

 最初に読み取った交戦領域展開からは、既に六十七名の死亡、十六名の戦闘不能を確認しているが、現状の敵兵総数は二百十二名に更新されている。

 目に映る情報全て、このまま演算処理を続け自動殲滅行動オートクリアモードを続ければ電脳の処理能力はやがて颯の肉体を限界にまで追い込んでしまう。


 至近の鞍馬隊員死亡により作戦は次の段階、戦場の離脱へ移行する。

 骸と共に倒れる自動二輪に跨がる颯。

 初めて乗る遺宝兵装であっても、乗り方が分かって・・・・しまう。

 電脳演算中は、思考する前に答えに辿り着くからだ。

 轟音が鳴り響く。

 戦場の中心で敵を避けながら高速に八の字を描き、それは砂埃を巻き上げながら煙幕の如く。

 アクセルをふかし、行軍の隊列を一気に離脱した。


 同じ頃、覇王軍本隊を構成する装甲の車列は、先鋒鞍馬大隊の後方にまで位置を押し上げていた。

 揺れる車内、相貌の黒さのみが色を持つ少年が本を閉じる。

 行軍の異変くらいはとうに察知しているし、そんな些細なことが読書の邪魔になることはあり得ない。

 読書に集中出来ていない自身の心理状況を冷静に分析し、思わず微笑を浮かべる。


―—追懐―—


 出生不明、年齢は見た目で七、八歳。

 廃屋で保護された幼子は、孤児院に預けられた。

 相貌の黒さがやけに際だって見えるのは、背中まで伸びた銀髪、陽に当たれば焼けてしまいそうなほどの白い肌。

 言語を解さず、擬音を発し続ける幼子は管理番号九十九と名付けられる。


 見た目の不気味さ、意思疎通の困難な九十九は、孤児院において邪険にされた。

 ただ一人、図書室の老父だけは九十九を優しく迎え入れた。

 早くに亡くした孫の姿が重なっていたのかもしれない。

 やがて図書室が九十九の居場所となる。

 老父は熱心に読み書きを教え、九十九は膨大な本を読み漁っていく。


 数年後、運命の出会いが訪れる。

 この世の叡智、遺宝繰者ハンドラーとも呼ばれる万創世が講演で九十九の住む街を訪れたのだ。

 優秀な学生が集まる中、創世の説く講義内容は異次元、理解不能なものであった。

 唯一人を除き。


「君、名前は?」

「九十九」

「番号で呼ばれているのか?」

「孤児院育ちですから。百に満たないこの名前、なかなか気に入ってますよ」


 神童という言葉すら霞んでしまいそうだ。

 その聡明さ、持つセンスは卓越していた。

 創世が街に滞在するわずか三日間のうちに、創世の教えを終了した九十九。


「君に万屋よろずやの姓を与える。この姓があれば、職に困ることもあるまい。君はいずれ街を出て、その見識をさらに広めることになる」

「全ては本に書かれています。ボクはこの街で図書室の管理人として一生を終えますよ」

「君にとってこの街はあまりにも狭すぎる。外に出れば……そうだな、君の抱える秘密・・も解き明かせると思うんだがね」

「……」


 全てを見透かす創世の言葉に、九十九は言葉を失った。

 自身のことなど、自身にしか分からない。

 他者に理解されるという感覚は、個として己を認知される。

 他者と繋がる初めての感覚。


「君は名を残すことになる。それが与えられた番号の九十九ではちょっと残念な気がするね。それでも、君が気に入っているという点は考慮しないといけない。九十九……いにしえの神の話、九十九神つくもがみのことは君も知っているね? 名を名乗り続ければ、それはやがて君のものになる。そうだな、九十九つくも。新しい時代を作る君に相応しく、字体としても洗練されたツクモだ。君は今日から万屋ツクモを名乗ると良い」


―—ボクの名前―—


 螺旋塔の奇病、真実、そして師との再会。

 己の秘密をも解き明かすために、その場所が徐々に近づいてくる感覚。


 名を残す。

 創世が願った形ではないことを承知で、既に天秤は傾いてしまった。

 創世では出来ない形とでも言うべきか。

 装甲の車列は、螺旋塔を囲む山々を貫くトンネルへと差し掛かる。

 万屋ツクモの微笑は、皮肉めいた溜息と共に暗闇に消えるのであった。

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