第6話 蕾が花開く時
時は少し遡り、セツナが目覚めた直後の頃の事。
「いったた……あぁ、またか」
痛む頭を抑えながらゆっくりと意識を覚醒させた少年は、廃墟の中で独り零す。
起きる度に増えていく罪。
起きる度に増えていく記憶。
白髪混じりの薄い紫の髪をした少年は、それらの後悔を眠気と共に振り払うように数度頭を振ると、体を起き上がらせて周囲の状況を把握する。
と言っても、毎回特に変わっていないのだが。
今は何時だと、ざっと今までの記憶からパターンを割り出し、紫の少女―――スミレが来ていない事からいつもの大して変わらないことに安堵した。
「さて、今回はどのルートを辿ってる事やら」
グッと伸びをした少年は立ち上がり、廃墟の壁にある外套を纏い、右手を前に突き出す。
「具現化。来い、
紅葉の如く橙に染まった鎬地からグラデーションとなった刃文は、名前の由来となっている満月の光の様な白に輝く。
彼はその愛刀を一振すると、左手に作り出した鞘に収め、腰のベルトに刀を差した。
「まずはカレンと合流する所からだ。最悪そこで全てのチャートが決まる……毎回来るスミレは来てから考えよう。申し訳ないけど後回しだね」
少年は廃墟の天井に空いた穴から外へ出て、ガーデンの位置を把握する。
少年はその後、首から掛けられた指輪の付いたネックレスを取り出して目を閉じそれに祈った。
(君の幸せを、君たちの幸せを、僕は願うよ)
少年は直ぐに指輪を仕舞い、強く足場を踏み込むと勢いよく駆け出した。
今度こそ、彼女が幸せで居られるよう願って。
……
少年が出立してから暫く経った後。
「シオーン!……どこ行ったのかしらアイツ」
人の気配の無い事に首を傾げながら、紫の少女―――スミレは既にもぬけの殻となった廃墟にて独り途方に暮れていた。
◇
セツナは崩れた瓦礫の前で膝を付く。
セツナの目の前で塞がった地下通路の入口。
血だらけで、明らかに満身創痍のカレンの姿。
そしてその虫の息となったカレンにトドメを刺さんと動く、先程とは姿が禍々しく変わった影。
『しあわせにね』
声が聞こえた訳では無い。だが、瓦礫が崩れる前、カレンの口は私に向けてそう言っていた。
セツナが見たその時のカレンの最後の表情は、泣きながら笑っていた。
別れの悲しさを、一人で死ぬ寂しさを、目の前に迫る絶望を押し殺して笑っていた。
「私は……っ」
何も出来ない自分を。
無能な自分自身を呪った。
それでもセツナは、溢れ出る涙を拭い、影に対する恐怖に震える手を抑え、絶望しかけた自身の心の闇を振り払う。
今やるべき事は後悔でも自虐でもない。
セツナの今やるべき事は、自分自身に対して一縷の望みをかけ、カレンを助ける事。
『再び貴方に幸せが訪れますように』
誰に言われた言葉かは分からない。
遠い遠い何時だったか、もう顔も名前も分からない誰かに言われた言葉。
かつてのその人も、先程のカレンも、きっと本気でカレンの幸せを願って言ったのだろう事はセツナにも分かっている。
だがここでカレンを見捨てたとして、その上に成り立つ幸せなんてものはセツナには要らなかった。
「ダメだよ……貴方も一緒に幸せになるの」
迷っている時間はない。下手すればもうカレンは影の餌食になっている最中かもしれない。
それでも彼女は願う。
「カレンちゃんが願ったように……私だってカレンちゃん、貴方の幸せを願ってるんだよ」
両の手のひらを胸の前で組み、目を閉じ願う。
カレンは言った。もしセツナがガーデン出身ならば、この力は皆が使えるはずだと。
セツナはその可能性に賭けた。
(何だろう、この不思議な感じ)
彼女の中の封じられていた何かが、願いに呼応するように開く。
思考が乗っ取られるように切り替わり、胸の奥が熱く、自身のものでは無い何かの力を知覚する。
セツナはカレンに倣い言葉を紡いだ。
「具現化……フラグメント・デセーオ」
背後に感じる何かの力を前方に振るえば、目の前の瓦礫は元から無かったかのように吹き飛んだ。
セツナが目を開ける。
彼女の背後には無数のガラスの破片の様な物が浮かび上がり、キラキラとしたそれはセツナが横に振るえばその通りに動く。
「カレンちゃんっ!」
セツナが前方に意識を向けると、カレンは瓦礫が崩れる前に倒れていた場所とは別の場所で倒れ伏し、その場に夥しい量の血溜まりを作っていた。
「キキキ、ギギギ……アアア」
その向こうでまるで嘲笑うかのような声を上げるのは、肉達磨の赤ん坊の死体に繋がれながらそれを引き摺って動く女性の影。
「ぁ、……ツ……にげ」
僅かに顔を上げ光を失いつつある目をセツナに向けたカレンは、僅かに顔を歪めると今にも消え入りそうなか細い声でセツナに何かを言う。
しかしその言葉は喉にせり上がってきた血が塞ぎ、言葉にはならなかった。
「……っ」
セツナは彼女の惨状を見て言葉を詰まらせる。
四肢は在らぬ方向へと曲げられ、脇腹は一部が抉れている。
そしてこの場所の至る所に血が飛び散っているのは、恐らくそれだけ動けぬ彼女の体を跳ね飛ばし引き摺っていたぶったという証拠であろう。
それでもカレンが意識を失わなかったのは、偏にセツナにヘイトが向かないようにしたためであろう。現にカレンは最早気力だけで動いており、そこに先程までの冷静な判断力など存在していない。
「キギ、ゥア」
言葉を失い立ち尽くすセツナの存在に気付いた影が彼女に視線を向ける。他の影とは違うギョロリとした単眼とセツナは目が合った。
その目に映るのは憎しみと殺意、そして人の上に立ったという愉悦。
その視線にセツナは一瞬怒りが込み上げるが、それより優先すべき事が理解出来ている為にその怒りは直ぐに鎮まった。
「カレンちゃんをお願い」
セツナは破片の一部をカレンへと向かわせる。
破片はその鋭さに反して、フワリと花を扱うかのようにカレンの体を持ち上げた。
「ギヒァ、キキキア゛ア゛ァァ」
動きを見せたセツナに対し声を上げた影は、だらりと下がっていた無数の腕をその体を貫かんとばかりにセツナに向けて伸ばす。
「ひっ」
セツナは小さく悲鳴を上げながらその腕の射線から逃れるように、時に破片をぶつけ起動を逸らしながら避けるが、最初に入ってきた入口から随分と距離を離された上に、またもや入口を今度は完全に潰された。
恐らく故意的だろうが、あれを開通させるには残りの破片全てを使ってもセツナの瞬間出力ではそれなりに手間がかかるだろう。
存外と影は頭が回るのだな、とセツナは怖がりの割には今の状況を冷静に分析する。
「でも、どうしよう」
入口の瓦礫を壊す、来た道を戻る、この影に立ち向かう、セツナが思い付く選択肢はこの三つぐらいだが、どれも現実味に少し欠けた。
(カレンちゃんが一撃でこうなったのなら、タフ私も攻撃を食らったら一発で終わり)
しかし破片の半分をカレンの運搬に使っているために、残る半分で防御や瓦礫の破壊等に対応しなければいけない。
(入口の瓦礫壊すには残りの破片を全部そこに使う必要がある……かと言って来た道は細い一本道があるから後ろからの攻撃で死ぬかもしれない。そして影に立ち向かうなんてのは、この能力を初めて使い始めた私にはまず論外)
この能力を使い始めてから妙にスッキリとした思考はセツナに様々な可能性を提示し、それを脳内で検証をし続ける。
ほんの少しの全能感に笑みを零したセツナは、カレンを自分の後ろの空間に絶対に被害が行かないように移動させた。
「ギッ、ギッ」
口の端々から肌が粟立つような不気味な声を漏らす母体の影はセツナを完全に敵と見定めた様で、外した腕をスルスルと元に戻すと、今度は両腕全てを使い刹那を狙う。
「うわっ、数多いなぁ」
それらの攻撃を、先程とは違いだいぶ慣れた身のこなしで避けるセツナは一転、攻勢に出ようと破片を影へと向け射出する。
飛んできた破片を防ぐように伸ばした影の腕は、破片に触れた途端ジュワリと焼けたような音と共に触れた場所が泡立ち溶けた。
「ガァァ、アッアッ」
攻撃は効いているらしく、影は腕が溶けたことに呻き声を上げてその腕を引っ込め、そして治りが遅いことに対して首を傾げるような仕草をする。
そして、さっきの攻撃で破片で防がれ溶けた腕と今の腕は黒い液体をビチャリと垂らしながら赤ん坊の死体の中に取り込まれ、しばらくして影はまた新たに腕を生やした。
(この異能の相性の問題?それとも影の弱点?カレンちゃんのあけた穴がすぐに塞がった事を考えれば私のこの攻撃は有効打になりえているのかな……もっと早く発現させていれば、カレンちゃんは)
そこまで考えたところで、イフを考えるのは止めようとセツナは頭を振った。
(今は集中しなきゃ……兎に角今は手数不足、申し訳ないけれど、カレンちゃんを遠くに置いて戦うしかない)
更に脳の思考を回転させていくと頭の許容量を超えたのか、チリと頭を焼くような痛みが走った。
(チッ、ここまでが許容量ね……)
セツナはそこで一旦思考を切りやめる。
若干の疲労感は残ったが、動きに問題がないことを確認すると直ぐに母体の影に意識を戻した。
「さて……後はどこまで出来るかよね」
セツナが無意識にポツリと呟いた通り、彼女の今の懸念は、初めて発動させた具現化のポテンシャルである。
持続時間、操作範囲、形状変化の可不可。
本来検証を繰り返して把握するそれらをぶっつけ本番でやっている彼女の具現化は、まさにいつ切れるかも分からない綱渡りの状態であった。
(カレンの状態も危ない。あまり時間は掛けてられないわね)
セツナはチラリと後ろに目をやる。
カレンは意識を失ったようで、呼吸によって僅かに上下する胸が彼女の生きている証明である。
しかし彼女は顔が青白くなる程に出血が多い上に、その呼吸も緩やかに、だが確実に弱くなっている事にセツナは気づいていた。
「ごめんねカレン、絶対に助けるから」
セツナはカレンの方に視線を向けながらそう言うと、丁度溶けていた腕を全て復元した影と目を合わせた。
「さて……貴方には、借りの一つぐらいは返してあげなきゃね?」
鋭い眼光でそう言ったセツナの右の瞳が紅く輝いていることを知るのは、この場ではギョロリとした目を向ける母体の影、ただ一つのみである。
ホワイトアウトフラワーズ 樒キョウカ @amefuri-12
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