双頭デュラハン、貝紫街道をいく

デッドコピーたこはち

リンクスとレヒト

 満月の夜。貝紫街道の山中に、石畳の道をいく、黒騎士の姿があった。黒騎士は、黒い錆止めを塗った甲冑と黒染めのマントを身にまとい。黒く塗りつぶした盾を背負っている。腰には、複雑な紋様の入った革を編み込んでつくった鞭と生首の入った籠が提げられていた。

 黒騎士の乗る首無し馬が、どこからともなく嘶く。黒騎士は、あたりを見やった。木々は湿った生ぬるい風によってざわめき、月光に照らされた雲が風に流され、ちぎれ飛んでいく。

「嵐がくるな」

 黒騎士はいった。

「雨がひどくなる前に、どこか雨宿りができる場所を見つけたいですね。リンクス」

 生首がいった。彼女の名はレヒトといい、リンクスの双子の姉だった。

「ええ、レヒトを雨ざらしにはできません……しかし、その前に」

 リンクスは、近くの茂みへ視線を走らせた。

「血の匂いと死の匂い……そして、ヒトの匂い。待ち伏せするなら、風呂に入った方が良いぞ。下衆どもが!」

 リンクスが声を張り上げてそういうと、茂みや木立の陰から、わらわらと男たちが姿を現した。男たちはそれぞれに武装していた。斧や短剣、長剣を持つものもいた。質素なものではあるが、みな鎧を着こんでいる。

「野盗にしては装備がいいですね。件の傭兵崩れでしょうか」

 レヒトは男たちを見回しながらいった。

「二百年戦争が終わって、職にあぶれた者たちか。哀れなものだな」

 リンクスは鼻で笑った。

 野盗たちの中から、頭領と思しき大男が進み出てきた。頭領はところどころに補修の跡のある鉄鎧に身を包み、腰には長剣を提げていた。

「武装を捨てて、投稿しろ。命だけは助けてやる」

 頭領はいった。部下の男たちがクロスボウにボルトをつがえ、リンクスたちに狙いを定めた。

「首なし馬に、しゃべる生首。おまけに鎧一式。いくらで売れるか。今夜はツイてる」

 野盗たちは笑った。喋る生首と首無し馬を見てなお、怖気づいてはいない。統率が取れている。野盗に身をやつす以前は、名のある傭兵団だったのだろうと、レヒトは思った。

「ほう。人狩りに飽き足らず、魔性の者を狩らんとするとはな」

 リンクスは腰に下げた鞭に手をかけた。

「でなくては、この世の中、生き残れんのでね。やれ!」

 頭領が叫ぶと、部下たちはいっせいにボルトを放った。クロスボウから放たれたボルトは、風を切ってリンクスの頭めがけて飛んでいく。だが、リンクスに命中する直前で、みな急にその行先を変え、ボルトは木々に突き刺さった。

 頭領は、籠の中の生首の口が動き、呪文を紡いでいるのに気づいた。

「矢避けの呪文か! 飛び道具は効かんぞ。肉薄して仕留めろ」

「おお!」

 斧や剣をもった男たちが、叫び声と共に、リンクスたちへと迫る。リンクスは鞭を掲げた。鞭に刻まれた紋様が、燃えるような赤い光を放った。

「わが一族の業を見るがいい」

 リンクスが馬上から鞭を振るう。鞭の先端が、いままさにリンクスに躍りかかろうとしていた男の頭を、音より早く打った。男の頭は炸裂し、その首の断面が、ろうそくのように火を灯した。リンクスの鞭は、ドラゴンの革を編んでつくられたものであり、いまだ主の炎を覚えている。鞭に刻まれた紋様はそれを再現するためのものだった。

「怯むな。畳みかけろ!」

 頭領はいった。野盗たちは、仲間の無残な死にも怯むことなく、突撃を続けた。

 リンクスは次々と鞭を振るった。炎の鞭が闇夜に蛇のような軌跡を刻む。そのたびに、悲鳴が上がり、焦げた肉片と骨片があたりに飛び散った。

「どうした。私を狩るのだろう!」

 リンクスが振るった鞭が剣をからめとり、投げられた剣が他の野盗に突き刺さる。  

 矢避けの呪文を紡ぐのをやめ、攻撃呪文を紡いでいたレヒトは、地面を這うようにして近づく影に気がついた。リンクスは野盗たちの迎撃に夢中になっていて、頭領が背後の死角から近づいているのを知らないようだった。

「リンクス!」

  レヒトが叫ぶ。頭領が飛び上がって、長剣を横に振るうと、リンクスの首が飛んだ。

「取った!」

 頭領が叫んだ。一瞬遅れて、首なし馬が頭領を蹴り飛ばした。

「どうだ。これであとは生首を黙らせれば」

  頭領がいい終わる前に、首を失ったリンクスの体が動いた。炎の鞭が頭領の鉄鎧を打ち砕いた。頭領は自分の腹に空いた大穴を、呆然と見つめた。

「クソ、なんで」

「無駄なことを。デュラハンの首を落とすという言葉を知らんのか」

  リンクスは鞭を使い、自分の頭を拾い上げた。

「まさか、双頭のデュラハンとは…… 」

 頭領の体は力を失い、崩れ落ちた。

「好きでこうなったわけではないがな」

  リンクスは辺りを見回した。頭領が破れたことで、野盗たちは統率を失い、散り散りになって去っていった。あとには、死体だけが残されていた。

「危ないところでしたよ。リンクス。油断はするなとあれほどいったでしょう」

 レヒトはいった。

「はい、すみません。未熟さが出てしまいました」

 リンクスは己の首に自分の頭を戻しながら、申し訳なさそうにいった。 それを見たレヒトは目を伏せた。

「……そもそも、わたしの体があれば、あなたにこのような苦労をかけることもなかったのですが」

 レヒトはため息をついた。

「いえ、すべてはディスマスがレヒトの体を奪ったのが悪いのです。あの卑劣な死霊術師! けして許してはおけません。彼奴の住処があるという貝紫海岸まで、あと数日といったところ。あともうしばらくの辛抱です。必ず、私がレヒトの体を取り戻して見せます」

 リンクスは拳を強く握った。

「ええ、でもくれぐれも気を付けて。 あなたの身に何かあったら、それこそ元も子もありません」

「もちろんですともレヒト」

 リンクスが鞭を腰に提げ直し、手綱を引くと、首無し馬が、どこからともなく嘶いて、歩き始めた。

 満月は雲に隠れ、ぽつぽつと雨が降り出す。貝紫街道をいく二人と一頭の姿は、やがて闇に消えていった。

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双頭デュラハン、貝紫街道をいく デッドコピーたこはち @mizutako8

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