第3話 目覚め
目を覚ますと、真っ白な病室にいた。目覚めた瞬間、彼の脳内は、病室以上に真っ白で、完全に無の状態にあった。
「ああ、目を覚ました」
彼の母親である。
「良かった」
母は涙を流して喜んでいる。
「友康君がね、道路脇に倒れてたあなたを見つけて、救急車を呼んでくれたのよ」
友康とはあのヤンキーのことだ。
足の感覚はない。
布団をめくると、両足は体と繋がった状態で、ちゃんとそこにあった。
「もう手術でね。骨をプレートで全部つないでね、、、」
太ももを「ゲレンデ」に引かれた記憶は正しいようだ。
「今は動かせないけど、リハビリすればまた元通り動かせるようになるって」
彼は両手をみた。包帯でぐるぐる巻きにされているが、消しゴムのようにすり減っているということはない。
「ふっ」
っと、彼は思わず吹き出した。
そして、次の瞬間、大量の涙があふれ出した。
「安心していいのよ。もう大丈夫」
泣いても泣いても、涙は止まらない。
「怖かったのね」
彼は、母のいうように、安堵したわけでも、恐怖を思い出したわけでも、後悔したわけでも、口惜しさを感じたわけでもない。彼の感情はいまだ「無」のままである。真っ白のままだ。空虚、、、無の中から、無限に涙があふれるのだ。
「ああ、怖かったのね」
母はそう言って、彼の頭をなでる。
やせ細った彼女の手は、濁った白色の皮膚をしていた。頬の骨は浮きだして、髪は白く色が抜け、枝毛だらけだった。その目は、彼を凝視するように大きく開かれ、右目の黒い虹彩は、上下に激しく振動していた。
病室の窓の外から、蝉の鳴き声が聞こえる。
本格的な夏が始まった。
昼に這う ささき @hihiok111
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