後編 月があってもなくても、背後には気を付けなくてはならないらしい。
「先日はお疲れ様。なかなかスリリングな経験だったわね?」
後日、放課後の教室に、彼女はとても嬉しそうな笑顔で俺の前に現れた。
俺は途中の失敗の胃痛を思い出しながら、苦笑する。
「正直、焦りまくったけどな。叔父さんの思わぬトスがあって助かったよ」
彼女は意地の悪い笑みを見せ、俺の隣の席に座る。
「私は何時になったら誤解に気付くのかとハラハラしてた。……で、首尾は?」
彼女の促しに従い、俺はスマホを立ち上げて、件のフォルダをメールソフトから送信する。
データを受け取った彼女は、自身のスマホへ移動させ、それを開く。
そして、目を丸くした後、大笑いした。
「あっはっは! 空っぽじゃん! 収穫無しとは! あの大立ち回りは何だったのかな!?」
俺は憮然としながら答えた。
「うるさい。そもそも、最初から裏取引のデータやら帳簿なんて、必要じゃなかったんだろ?」
彼女は、おどける様に、「くすくす」と笑う。
「うん。そういうファイルがあると示唆はしたけどね。イコール必要ってワケじゃないし。私が貴方に期待していた仕事は、初めて声を掛けた時に言った通り」
彼女は一旦、言葉を切る。
「『いつでも第三者へ流出させられるぞ』と匂わせること。あの後、叔父さんは違法アクセスも同時に受けていたと気付いて、相当悩んだみたいよ?」
彼女の指摘に、俺は徒労感を禁じ得ない。
「お前はオトリで、共犯者がメインだと気が付けば、そりゃなぁ……」
俺が望まれていたのは、彼女の言う通り、証拠の確保ではなく、流出の可能性を匂わせる事だったのだ。
こういう時代柄、流出及び炎上は、社内規定による罰則以上の社会的抹殺を意味し、あの叔父が、その危険性を知らないとは思えない。
もちろん、何か現実に刑事事件が起きた場合、その解決に物証は必須だ。
俺はそんな常識に流されて、『裏取引のデータ』という証拠が必要だと思い込んだ。
超巨大企業E社へのアクセス、ネットワーク経由、検索アプリなどの状況と要素に縛られ、囚われ、E社のデータベースを前に、俺は絶望しかけていた。
だが、そんな俺の勘違いを正したのは、意外にもあの叔父の言葉だった。
『正義の味方にでもなるつもりか?』
それで一気に目が醒めた。
そもそもの俺の行動原理は、『パソコンを最大限に使って悪い事をしたら、何ができるのだろう?』だ。
『パソコンの力を使って、正義の味方になろう!』じゃない。
そしてそれは、彼女も同じ。
ならパソコンを使って出来る嫌がらせをすればいいだけだ。
場所も、環境も、スペックも、目的が定まっているから使いこなせる。
俺は彼女のオーダーが、そういう、今まで俺がやってきたことをやるだけだと理解した時、証拠ファイルの探索を止めた。
正義の為に完璧を求めてどうする。
その土俵に俺が立ったら、負けるに決まってる。
だから、裏取引なんてすると、土俵外から予想外の物言いを付けるロクデナシもいるぞ、と俺は状況証拠を叔父に示した。
それであの叔父が止まれば、それで俺達の勝ち。
この事件の解決に、完璧な証拠など必要ない。
俺が皮肉気な表情をしていることに気付いた彼女が、少し柔らかく微笑む。
「ま、いいじゃん? 私も貴方も、度し難いロクデナシという相互理解が得られたワケだし。何だかんだで、無事だし!」
「いいのかなあ……。釈然としないが……。あ、でも」
「ん?」
俺は真面目な声になる。
「叔父さんは、結局、どうしたんだ?」
「あ、ああ、そのこと。うん、それは話さないとね」
彼女は考えをまとめる様に、顎に手を当てて、話し始める。
「結論から言うと、叔父さんは会社の資産を私的に流用したことを認めたわ。私のお父さんを含めたグループ会社の人達に、個人、法人共に多額の債務があることも話したみたい」
「……随分、思い切ったんだな」
「そこは、そうなる様に煽ったんだし。それに……」
「?」
言葉尻を濁した彼女に、俺は首を傾げる。
「『悪い事をしているのに、思うまま、自由に生きろと言われて、却って目が覚めた』とか言ってるって……」
「……っく!」
気まずそうな彼女の仕草を見て、俺は思わず、横腹を押さえて笑いを堪える。
ノリで言った捨て台詞が一番効いたとなれば、そりゃ気まずかろう。
「……ちょっと、笑わないでよ!」
「ワラッテナイ、ワラッテナイヨ?」
「~~~っ!」
彼女は拳を握り、ぶるぶる震えたが、やがて一つ息を吐いて続けた。
「でも、個人の借入は法人債務の返済に充てていたみたいよ?」
「え、そうなのか? 意外だな」
「とりあえず顧問弁護士に依頼して、個人の自己破産は進めるって。豪邸や高級車は処分して、取締役からも退任だけど、下働きからやり直すことに抵抗はないと言ってるらしいわ」
どうやら『進路相談』は成功し、事態も好転しつつあるようなので、俺は少し、ほっとする。
「そうか、やり直しか。……いいことじゃないか。そうでなきゃ、あまりに夢がない」
俺の発言に、彼女は目を細める。
「自己破産って、日本じゃ『全ての終わり』みたいなイメージで通ってるけど、実際はそうじゃないしね。モデルケースとしてだけど、数百万ある債務を原則、35~50万程度の弁護士費用を払って、ゼロにするって手続きだもん。弁護士に手続きを依頼した債務者に、債権者……貸金業者が直接取り立てに言ったり、家族、職場にバラす事は法律で禁じられているし」
「へえ、そうなのか?」
「うん。それは絶対NG。それをやるなって教育は、むしろ貸金業者側が徹底してると思う。バレたら会社が傾きかねない案件になるから」
「……何と言うか、お金が絡むと、どこも大変だな」
「まあ、弁護士費用だって安くないから、払えないって人も多いしね。基本的に支払いは可能な範囲での分割だけど、それでも無理なら国の支援がある。お金がないから借金を消す為の破産も出来ない、誰も助けてくれない、闇金に行くしかないと絶望する必要はないわ。まず、専門家に相談が第一」
「俺も少し調べたけど、海外だと自己破産は、『リフレッシュ・スタート』って言うらしいな。個人的には、こっちの方がクリアな響きで好ましい」
「法は失敗で人を破産させても、破滅させてはいけない。敗北で絶望させてはいけない。それが法治だし、そうある様に努力するのが大人の義務でしょ?」
彼女の見解に俺は腹を押さえて、「くつくつ」と笑う。
「正義の味方の様なことを言う」
彼女は不服そうに頬を膨らませて、腕を組む。
「私は歴史の話をしただけよ? 例えば、刑法なんかは、人を罰するものであり、同時に何を以て人を許すかを定めた判決の積み重ね。……私はヒーローの様に誰かを断罪するなんて怖くて出来ないけど、理解はしようと努めてる」
「理解ね。法律の穴を探すのが理解なのか?」
オレンジ色の夕焼けが、彼女の頬を朱に染めた。
「愛の形は、それぞれなの!」
俺は肩を竦めて、頷く。
「いや、全く、その通り。その点に関して、異論はないよ。でも、うーん……?」
首を捻る俺に、彼女は不思議そうに問い掛ける。
「どうしたの?」
俺は頬を掻きながら答える。
「いや、税金の使い方って、経済政策や社会保障くらいしか知らなかったけど、あの叔父さんみたいに、家族が離散して、どん底にいた人が立ち直って、やり直す為の手続きにも使われてるんだなって」
「……つまり?」
俺はまた頬を掻く。
何か、恥ずかしいが、気持ちを口にすべきと判断する。
「大人になったら、選挙へ行って、税金を納めようって思っただけだ」
そして、望めるのなら、働いて、老人になった時、その義務を果たし終えた自分を誇れる社会を作れる様な存在になりたい、などと柄にもないことを考える。
彼女を見れば、めちゃめちゃニヤニヤしていたので、俺はやぶ蛇を避ける様に話を進める。
「そういう顔をするんじゃない。……お前だって、色々理屈をゴネたが、目的は叔父さんに『独りで抱え込まず、仲間を頼って、相談して欲しい』と伝えたかっただけだろ?」
彼女は苦笑する。
「……叔父さんは元々、優秀な人だしね。状況をひっくり返す為に、『最高の商品とサービスを提供し、業界トップとなる事業計画』を立てていたみたいだけど、お父さん達の助言で、方向転換してるみたいだし?」
「転換って、どこへ?」
「『最高』じゃなく、『独自』の商品やサービスを産む方向へシフトしてる。今回の一件の貴方と同じよ。会社の存続が目的なら、問題は『最高』でなくても解決出来る」
「あ、なるほど。ゲームなんかでも、そうだよな。『最高』のゲームが売り上げトップってワケじゃないし、むしろ『独自』のノウハウを持っている方が、ファンが付いて、強い」
「そういうこと。叔父さんは『独自』に適性があるのに、『最高』を求めた計画を立てたから、融資が得られなかったってワケ」
「『独自』って……そんな有能な人だったのか?」
彼女は、ぽかんとする。
「いや、貴方だって見たでしょ? あの組織図」
俺は一瞬、面食らったが、すぐに記憶に新しい、あの悪夢の様な部署名達が蘇った。
「『独自』……あれが……? イタい妄想にしか思えないぞ……?」
そんな俺を尻目に、彼女は感心した様に一人で頷いている。
「初めてアレを見た時、『流石、叔父さん。発想と練り込みが半端ない』って思った。経営とアイデアは別腹ってことなのかしら……」
「うん、まあ、もう……、それでいいよ……」
俺はげんなりする他ないが、最後に聞かねばならないことがあったので、気を取り直す。
「さて、じゃあ、最後の質問だ。事件が解決したら、教えてくれと言っていたアレ」
俺の真面目な口調に、彼女も居ずまいを正す。
「お前の、どうしても譲れない行動原理……覚悟だ。それは、何だ?」
俺の問いに、彼女は少し目を伏せて、浅い呼吸を繰り返す。
この一件で彼女は様々な行動をしたが、それは興味本位で出来る事でも、やる事でもない。
確たる信念がないと、不可能な案件だった。
だからこそ、知りたい。
彼女の行動原理が。
返答を待つ俺に、彼女はゆっくりと口を開く。
「私は、法律の穴を探して、それを弁護士へ突き付けたらどんな顔をするだろうって考えるのが好きって言ったよね?」
「ああ」
「でも、弁護士になろうとは思ってないの。努力の意思はあるけど、着地点は弁護士バッジじゃない。だから私は真っ当な場で堂々と、自分の『仕事』を誇る事は出来ないんだと思う」
「『仕事』……。生活費を稼ぐ為の労働とは別の、自分のやるべき事、か」
俺の指摘に、彼女は目を瞬かせ、ちょっと驚いた顔になる。
「よく覚えてたわね?」
「そこに関しては俺も五十歩百歩だからな。俺だって、スパコンを使いたいだけで、開発者になりたいワケじゃないし。でも、問題は、そこじゃないだろ?」
彼女は神妙に頷く。
「私達は正義の味方に……ヒーローにはなれない。……でも、好きだから止められない。咎める良心もない。それだけの存在。……だからこそ」
彼女は決然とした様子で、唇を横一文字に結ぶ。
「最後に、どこへ行きつくのかが知りたい。私の行動理念は、それだけよ」
彼女は、そこまで言って、一度天を仰ぎ、俺の顔を見る。
表情は随分、柔らかくなっていた。
「じゃあ、次は私が貴方をパートナーに選んだ理由ね。……そんな理念がどうとかを考えていた時、街を歩いていたら、突然聞こえて来たの。アレが」
「アレ?」
「そ。街頭の大型ディスプレイから流れるスパコンの速報ニュースを見て、『これで悪い事をしたら、何が出来るんだ?』って呟くヤベーやつの声が」
「……うぇ」
おいおい、大丈夫か、俺……。
油断だらけじゃないか、と呆れるしかない。
「同じ高校の制服だから、ストーキングしてみたんだけど、所々で、特殊な間合いというか、呼吸が合ったの。……家族や友人達は、そうじゃなかったみたいだけど」
「そりゃあ、なあ……」
「で、身辺調査やら何やらを進めたら、あくどい企業相手にロクでもないことをやってて……」
「遂には父親の経営する会社に、ちょっかいを出したから、俺の前に現れた、と」
「うん。今までのやり口から、大事にしてるのは物証じゃなく、状況証拠だけなんだなって知ってたから。なのに」
彼女は邪悪な笑みを口元に張り付ける。
「必要の無い特定のファイルを探して焦り出した時は、笑えたわ。吹き出さない様に抑えるのが大変だった」
「一人と二人じゃ勝手が違うんだよ、そこは突っ込むな。と言うか、そう思っていたんなら、勘違いさせる様な専用のアプリとか渡すんじゃない」
「んん? 道具に罪はないよ? 装備は充実してた方がいいに決まってるじゃん?」
そう言って、彼女はニヤニヤ笑うが、どう見ても確信犯で、俺は何度目かの頭痛。
「ま、まあ、行動には攻撃力が必要なんだっていうのには、同意だけどな。ただ、それを暴力、理不尽というのなら、言わせるままにする他ないって現実にも注意はするように」
「はーい」
彼女はわざとらしく敬礼し、俺はため息。
やがて、彼女は少しトーンを落とした口調で言った。
「じゃあ、これで、この一件は落着したし、さよならだね」
「え?」
予想していなかった言葉に、俺は彼女の目へ視線を投げて、真意を問う。
「私、転校するの。家族の都合で、大分前から決まってた。ただ、貴方に関しては、どうしても心残りで、思い出作りの為に結局、話しかけちゃった」
「そう、なのか……?」
彼女が俺の擦れた声に、何を思ったのかは分からない。
だが、オレンジ色に染まる夕日に照らされた姿の陰影に、寂しさや未練が滲んでいる様に俺には見えた。
「今まで、楽しいと思えることを一人で、ずっとしてきた。でも二人って言うのも悪くないと思ったよ」
「……もう少し」
言葉を紡ごうとした俺の唇を、彼女の人差し指が遮る。
「早く出会っていたら、は無し。それをどうこう出来る人間はいないから。私達はベストを尽くした。でも、結果が別れなら、そういうものだったということでしょ?」
「……そうだな。グズグズ言っていても始まらない」
彼女は椅子から腰を上げる。
清々しい笑顔。
「でも、貴方を見ていて思った。私は私である事を止めないだろうって。それは貴方も同じ。表に出ない場所で、好き勝手やっていく」
「だが、それでいい。そういう俺達の『仕事』の邪魔は誰にも出来ない」
「ええ。そしてそれが私達の在り方だから、誰かから否定されたら戦うことにもなる」
俺は、スマホを、パソコンを、街頭ディスプレイで願望の言葉を呟く権利を、取り上げようとする人間が現れたら、と想像する。
「ああ、有り得ない。それを奪われたら、そこにいる俺は、俺じゃない。そんなことをされて、曖昧に納得して受け入れるお前がいたら、俺は失望し、軽蔑する」
彼女は安心した様に微笑む。
「……うん、それを聞けて、良かった」
彼女は、何かを噛み締める様に、ゆっくりと教室を歩いて、出口の前で一度、立ち止まる。
背中を向けたまま、ぽつりと言葉を口にする。
「じゃあ、さよなら。楽しかった」
そこには静かな熱が秘められていたので、俺も浮かされる様に答えた。
「ああ、さよなら。こちらこそ、楽しかった」
そして彼女は教室から出て行き、俺だけが残される。
横へ視線を向ければ、窓から薄い燈色の空が見える。
滲んで、千切れる様な雲と、それらを包み込んで、呆れるほどに広い空。
何と言うことはない。
この一件は、広大な空の下、小さな雲が少しすれ違っただけの話。
特別ではなく、むしろ、未来はこんなことの積み重ねばかりなのではないだろうか。
でも。
だからこそ。
俺は窓の前に立って、大きく背伸びする。
「さて、今日はどこの誰に嫌がらせしようか? ……ま、俺を含めて、叩けばホコリの出るやつなんて山ほどいるし、退屈はしないか!」
思うまま、望むまま、それらの繰り返しをしていくことが大切なのだと俺は思い、そんなことを口にした。
〇
そして、その日の夜、自室にて。
「あ、そうだ。彼女の連絡先、消しておかないと。何で足が付くか分からないし」
今後も、俺は俺で勝手にやりたい事をやるし、向こうもそうだろう。
だからこそ、禍根が残る様な要素は消しておかなければならない。
歪んだ裏路地を歩むもの同士、いつか、お互いの呼吸を感じることもあるかもしれないし、リスクは無くしておくに限る。
そんなことを考えながら、スマホを立ち上げる。
すると。
「えっ!? 何だ、これ!?」
何も触っていないのに、アプリのアイコンが画面上を縦横無尽に動き回っている。
慌てて、適当な個所を触るが、無秩序にアイコンは飛び回り、忙しく閉じたり、開いたりを繰り返している。
俺は心底焦りながら、「あ、スマホの乗っ取りだ!」という結論に至り、すぐに電源を落とす。
その流れのまま、パソコンを立ち上げ、ネットで情報を集めようする。
いつもは気にならないデスクトップまでの時間。
正体不明の恐怖と焦り、発汗を感じつつ、マウスを手にする。
インターネットブラウザのショートカットをダブルクリックしようとして、凍り付く。
ショートカットアイコンがリネーム……つまり、名前が変更されていた。
中身を変えられたワケではなさそうだが、誰かが、俺のパソコンに違法アクセスしたことは明白だ。
スマホも同一犯と思った方がいいだろう。
「しかし……リネームだけ? どういう意味だ……? 何がしたいんだ……?」
自分で言って、すぐに気付く。
「って、バカか俺は。自分でやってたことだろ……!」
つまり、こういうことだ。
『お前のやっていることは筒抜けだ。いつでも流出させられるぞ?』と。
俺は再び焦りを覚えたが、すぐに冷静になれた。
とある結論に至って、皮肉の様な苦笑の様な、複雑な気持ちになる。
犯人の目的が、俺の今までやってきたこと、彼女と今回やらかしたこと、それらの断罪だというのなら、警察なり何なりに駆け込めばいい。
それをしていたのなら、とっくに俺は自宅にいない。
だが、犯人はそれをしていない。
愉快犯の様に、アクセスの跡を残す為にリネームをして去っただけ。
心理的な揺さぶりが目的の、嫌がらせだ。
きっと犯人は、この状況を理解した俺が、次に打つ一手を待っている。
戦術と心境を想像して楽しんでいる。
以上の状況証拠から出る、簡単な帰結。
「犯人は、正義の味方じゃない」
俺や、彼女側の人間。
表舞台で主役になることを諦めているが、やっていること自体は好きなので止めることも出来ないロクデナシ。
また、面倒なのに食いつかれたと思いながらも、俺の心は弾んでいる。
「俺も未熟だな。こういう感じに歪んでるのは、俺と彼女くらいなもんだろって、腰を据えるところだった」
俺は左目を軽く閉じる。
そんなワケがない。
世界は広い。
理解できない価値観のヤツなんて腐るほどいる。
どこで俺の情報を掴んだのか、俺をどうしたいのか。
いや、もしかしたら犯人の後ろに、もっとトンデモない黒幕がいる可能性だってある。
現状、どれほどの危機が俺に迫っているのかは未知数。
だが、しかし。
「やられっぱなしというのは面白くない。とりあえず犯人を捕まえて、動機と目的を吐かせるか」
そう宣言して、ブラウザを立ち上げようとするが、俺は途中で止めて、パソコンの電源自体を落とす。
スマホも同様に。
スマホにも、パソコンにも改造してあるセキュリティソフトは入っていた。
それが突破されたというのなら、デジタルでは向こうが上と思った方がいい。
情報収集は大切だが、勝負というのなら、相手の土俵に上がるのは得策ではない。
レベルの低い俺が、レベルの高い相手に勝つ為に必要な方法。
それはレベルを上げて、相手に迫ることではない。
俺の低いレベルの土俵まで、相手を引きずり降ろすことだ。
俺は、スパコンを使って悪い事をしたいが、それは不可能なので、現状で出来ることにばかり頭を使って生きて来た。
だから、この程度の戦術はあいさつ代わりのカウンターだ。
向こうが、俺がデジタルの勝負を早々に放棄したことに、いつ気付くかが一つの分岐点だな。
俺は、そんなことを考えながら、照明を落として部屋を出る。
「うーん、しかし、この時代にデジタルに頼らずの情報収集。で、そこからアナログ攻めか。これはキツイ……」
まあ、それでも思考を止めなければ、手段がゼロということはないだろう。
彼女が叔父に、「相談して欲しい」と望んでいた様に、一人ではどうにもならない事でも、誰かに頼れば何とかなるケースは多いはずだ。
大切なのは、『問題は解決する』、これを前提とし、それに寄せる手段を考え続ける事。
ただ、問題は。
「俺、相談できる人間、いないなあ。親父とか母さんとか、妹は論外だし……。さて……」
俺は玄関を経て、外を歩き、頭を働かせる。
見上げれば、満天の星空。
輝く星、瞬く星、今はもう無い、ずっと昔の星の光。
在り方は、それぞれ。
勝負に勝つ強さで戦うか。
生き抜く強さで戦うか。
戦うフィールドは、その都度、考えなければならない。
どうやら世の中は、俺が思っているより悪い人で一杯らしい。
俺の心に巣くった、『スパコンを最大限に使って、悪い事をしたらどうなるのか?』という願望は、そもそも使うことすら叶わないと分かっているのに、消える事はない。
矛盾していると分かっているのに、彼女との出来事を経て、更に大きくなった気すらする。
その問いの答えは、まだ、曲がりくねった道の先にある。
蛇でも、クマでも、ハイエナでも……何なら、サメでも、出て来る可能性のある道だ。
だが、それを辿るのも案外、楽しいかもと思える事が嬉しくて、俺は頬を緩めて笑った。
そして、もう一度、見上げた星空は、今までに感じた事のないほどに輝いて、綺麗だった。
〇
ちなみに後日、このスマホのハッキングとリネームの犯人は、俺の不審な行動に業を煮やした妹だという事が判明する。
独学で、そんな技術を身に付けた妹の天才っぷりに、俺は凡俗極まりない自身の無才を自覚し、兄の沽券を賭けて大いに死闘を繰り広げるのだが、それは、また別の物語である。
スパコンを悪用する妄想に、全振りして生きています。結果、ヤベー女子高生に絡まれてピンチです。 サイド @saido
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