231.
「…………んぅ」
くぐもった
するりと彩織の腕から抜け出て、キッチンへと歩く。喉がカラカラだ。
「……ん……っく……」
ゴクゴクと喉を鳴らし、飲み終えたコップをシンクに置いた。
水を飲んだおかげでだんだんと目が覚めてきた。今、何時……?
洗面所に置かれた小さな時計は午前三時を指している。まだ起き上がるには早すぎる時間だ。
このまま起きているのは諦め、彩織が眠るベッドへと戻ることにした。
「ちょっと、ごめんね……」
ベッドの上で大の字になる彩織を端にずらしつつ、自分のスペースを確保した。
やっぱりシングルベッドで二人はキツイな……。引っ越す前に次のアパートで使うベッドを探しておかないと。
ふと頭に過る双葉さんとの会話。確かあの時は大きめのベッドを買えと言われたっけ。結局、双葉さんに言われた通りになりそうだ。
「……すぅ…………」
横で寝ている彩織の顔を見ると少し寝苦しそうにしていた。何故か眉を寄せ、不満げな表情をしている。
「何が不満なんだろう……」
エアコンの温度、枕の位置、そしてお腹からずれかけていたタオルケットを掛け直してみたものの、その曇った表情は変わらない。寝てはいるものの、寝顔が安らかじゃないのだ。
原因が分からずため息を吐く。仕方ない。どうせ朝起きるまで数時間程度だ。寝てはいるんだから大丈夫だろう。
諦めて彩織の隣に寝ころんだ。そして、ぎゅっとその細い体を抱きしめて、思いっきり息を吸う。
彩織が私よりに先に寝落ちした時、本当にごくまれにだけど、こうして顔をくっつけて息を吸うのが就寝前の癒しだったりする。
勝手にこんなことをしてるのがバレたら、流石にドン引きされてしまうだろうな……。
「ん……ん……」
また彩織のくぐもった声が聞こえて、急いで顔を離した。寝苦しいのかな、手が何かを探すように動いている。
「どうしたの……?」
その手をぎゅっと掴み、反対の手で頭を撫でた。これくらいしか私には出来ない。
「……すぅ………」
すると唸り声は消え、寝息が聞こえ始めた。表情も心なしか穏やかだ。
「……え」
もういいかな、と思って頭を撫でる手を止めるとまた不満げな表情に戻る。慌てて手を戻すと穏やかな表情に戻る。…………なるほど。
右手は彩織の頭に置いたまま、左手は繋いだまま。そのままで寝よう。寝れなくても……まあ、良いか。
「明日ちゃんと起こしてよ、私のこと。多分、起きれないと思うからさ……」
小さな声でそう呟き、彩織の前髪をかき分け、おでこにそっと唇を近づけた。
「——ちゃん、
ゆさゆさと身体を揺さぶられて、薄っすらと目を開ける。前の前で彩織が困ったように私の顔を覗き込んでいた。
「……ん……起きる、から…………」
既にカーテンは開けられていて、部屋の中が明るい。寝起きには辛い明るさだ。
「おはよ。今日珍しいね。何回か声かけたのに、全然起きないからびっくりした」
「ん。昨日は途中で起きちゃったから……」
差し出してくれた手を掴み、ゆっくりと立ちあがる。まだ目の前がぼんやりとしていて、目が覚めていない。さっさと顔洗ってくるか……。
「……ふぅ」
顔を洗ったらようやく目が覚めてきた。もう七時前か。いつもより三十分くらい遅く起きちゃったな。
欠伸を噛み殺しつつ、彩織が待つ洋室へと戻る。机には既に朝食が用意されていて、私が戻ってくるのを律義に待ってくれていた。
「ごめん。朝ごはん、作ってくれてありがと」
「ん-ん。最近ずっと夜が任せっぱなしだから朝くらいはね」
向かい合わせに座り、両手を合わせる。今日は白米、お味噌汁、鮭の塩焼き。朝から凝っている。
「今日何時に起きた?」
「六時ちょっと前かな。昨日はいつもより早く寝たから、目が覚めちゃって」
ってことは昨日はぐっすり眠れてたんだ、良かった。あんなむすっとした表情で寝てたら心配になっちゃったよ……。
「……ああ。別にこれはそんなに手間じゃなかったから気にしないで。どうせ同じものをお弁当に入れるちゃうからさ」
箸で持ち上げた鮭をこちらに見せながら、なんでもないことのように彩織は言う。
だけど、私一人では絶対に作らない朝ごはんのメニューだと思う。そこはキチンと感謝の気持ちを伝えないと。
「彩織のおかげで朝から焼き魚が食べられるよ。ありがとう」
目を見て、口角も上げて。頭ではそう意識してるけど、どうかな。今の私、どんな
「ど、どういたしまして……?」
困惑しながらも彩織はそう言ってくれた。私の顔をじっと見つめたり、目が合うと逸らしたり。視線の動きが
「さ。早く食べちゃおう。遅くても八時前には出ないと間に合わない。彩織は? 電車大丈夫?」
「うん。朝は本数あるから大丈夫」
無理やり話を打ち切って、目の前のご飯に集中することにした。うん、塩加減がちょうど良い。美味しい。
「…………さっきの写真撮れば良かったなぁ」
「えっ」
小声で、本当に囁くような声で彩織がそう言ったから、思わず顔を上げた。そこには——
「……写真撮って良い?」
「駄目! それは不公平!」
思わずスマホを構えようとしてしまうほど、照れた顔をした彩織がいた。
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