178.

彩織いおり、起きて。そろそろ時間」

「う……ん……」

「ほら、早く。もう朝ご飯出来てるから」

「今、起きるよ……」


 今日は珍しく彩織より早く起きた。遅い時間に寝たはずだけど、案外良質な睡眠を取れていたようだ。

 彩織にくっついて寝たおかげかな。妙に昨日は寝つきが良かったし。



「これ、コンビニ限定の新作じゃん。前から気になってたんだよね。わぁ、スープも……って手作り? ……今日もしかしてめっちゃ早起きした?」

「早起きっていうか、目覚ましが鳴る前に目が覚めちゃって。時間があったから作ってみたんだけど……朝から重すぎた?」

「ううん、そんなことない。全部食べる。それに、ちゃんとした朝食って感じがしてテンション上がるよ。写真撮って良い?」

「良いけど……」


 彩織は例の新作パンとスープ皿を並べて楽しそうにスマホを向けている。

 最近若い子の間で流行っているアプリに写真を載せるんだろうか。


「そういうの、流行ってるの?」

「そういうのって?」

「その、食べ物の写真撮るのとか。撮った写真を載せるんでしょ? アプリに」


 私が指差した先を見て彩織は不思議そうな顔をした。あれ、何か違ったかな……。


「気になる? れいちゃんもやってみる?」

「え、私? 載せる写真が無いからなぁ」


 試しに、と彩織のアカウントを見せてもらった。

 一番最初の投稿は……今から二年前。高校生になったばかりの頃か。制服姿の初々しい写真が並んでいる。今よりもずっと幼い。良い意味で子どもっぽい。

 下から上に、順にスクロールすると写真の中の彩織もだんだんと大人びていく。家族アルバムを見ているようで不思議な感覚だ。


「あ、これ……」

「ちょっと前に三人でカフェに行った時のだよ。モーニングがあまりにも美味しかったから上げちゃったぁ」


 つい最近の投稿には私と双葉さんと三人でカフェに行った時の写真がある。そう言えばあの時、写真撮ってたっけ。


「ふぅん。後は…………え」


 一番上の最新の写真。そこに映っているのは……。


「え、ちょっと。この写真上げたの?」

「上げたよー」


 私と彩織が初めて一緒に撮った写真。まさにこの部屋、この場所で撮った写真だ。


「嫌だった?」

「嫌……じゃないけど。大丈夫だった?」


 小陽こはるちゃんに本当のことを話す時、あれだけ緊張していたんだ。これってたくさんの人が見るだろうし、心配だ。


「大丈夫だよ。ほら、本文見てみて」

「……ん?」


 写真のすぐ下、本文には”お隣のお姉さんと”と添えられている。ホッとしたような、残念なような。複雑だ……。


「いつかここに、お付き合いしてますって写真載せようね」

「う……ん……」

「あー。羚ちゃん、耳真っ赤だぁ」


 私の考えはバレバレだったみたいで耳元で囁かれた。彩織ほどじゃないけど、私も耳弱いんだよ……。


「……早く食べよ。会社行かなきゃ」

「えー、羚ちゃんが会社行くのもっと後じゃん。知ってるよ? まだ三十分以上あるよ」

「……二人分の食器洗うから、いつもより時間ないの」


 私が無心でパンにかじりついていると彩織は諦めたように笑い、同じようにパンに手を伸ばした。




「じゃあ私、一旦家に戻るね」

「うん」

「今日の帰りはバイトあるから羚ちゃんより遅いと思う。今日も定時だよね?」

「そのつもり。夜ご飯は私が用意しとく」

「ありがとう!」


 じゃあ、また夜に。そう言って彩織は部屋を後にした。


 ……不思議な感じ。

 今日から家に帰れば彩織が居て、一緒のご飯を食べて、一緒の布団で寝る。何度かお泊りはしたことあるけど、一緒に暮らすとなるとそれはまた別の話だ。

 自分から提案したとは言え、責任重大だ。私は彩織が安心して帰れる場所で居続けないといけない。


「ちゃんとしないと」


 会社へ行く準備をしながら自分の頬をぺしりと叩いた。

 仕事もプライベートもちゃんとしよう。だらしない姿は見せられない。


「…………よし」


 窓閉めた、コンロの元栓も閉めた。忘れ物も……なし。

 全て確認し終えてから最後に玄関の施錠を確認した。

 こういう浮かれた気分の時が一番危ないんだ。普段やらないようなミスを平気でしてしまう。自分のことだからよく知っている。




 車に乗り込み、エンジンをかける前に手帳を開いた。今日の予定は……。


「今日は……北山さんたちの面談かぁ」


 前々から野中さんに頼まれていた件だ。二人の会社での悩みや困り事、プライベートなことでも相談に乗れるなら乗らないと。


 手帳をポケットに仕舞い、エンジンをかける。

 いつもならすぐに車を出すところだが……今日はなんとなくラジオを流してみることにした。

 ラジオなんて滅多に聞かないから、何の番組が放送されているのかすら分からない。今、話している人がどんな有名人なのかも知らない。

 だけど、この曲は良いな。番組の途中で流れ始めたこの曲は聞いていて心地が良い。

 視聴者のリクエストなのだろうか。六月なのに真冬の曲が流れるのは少し可笑しいけど、曲の雰囲気が今の私にぴったりだ。一体、誰が歌っている曲なんだろう。


 照りつける太陽に目を細めながら、真冬の曲を聴く。なんとも不思議で奇妙な時間。

 だけど、まあ……たまにはいいか。

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