171.
高校生と遥か年上の大人が甘酸っぱい恋をする話。奇しくも今の私たちと酷似した内容だ。
彩織が狙ってこの映画を選んだのかどうかは分からない。
だけど画面越しに彼らを見ていると、どうにも自分たちと重なって感傷的な気分になってしまう。
特に主人公の女の子が親友に交際を止めるように説得されるシーン。思い出すだけで胸が苦しくなる。
親友に鋭い視線を向ける主人公の気持ちも、説得する親友の気持ちも。どちらの言い分も正しくて、どちらも間違っている。
……ままならないな。映画も私たちも。
「あ……」
エンドロールが流れる直前、彩織は短く声を上げた。
「この二人、結局付き合わないんだ……」
私たちが見ていた映画の結末は両想いだけど付き合わない。それぞれが夢に向かって頑張るというエンド。
決してバッドエンドではないけれど、二人の恋愛成就を願う観客側からするとなんとも釈然としない終わり方だった。
肯定的に捉えるなら、含みが残った余韻残る終わり方だったと言えるかもしれない。
「明確に喧嘩したり、言い争うシーンは無かったけど……なんだか寂しい終わり方だったね。二人とも両想いだったのに……」
「分かんないよ? もっと先の未来で二人は付き合ってるかもしれないじゃん」
我慢出来ず、私はやや強引な感想を述べる。
だって、そう思っていないと心が折れてしまうそうだから。まるで私たちのことも上手くいかないと暗示しているかのような、心に刺さる映画だったから。
「ああ、そっか。そういう考え方も出来るね……。いつになく
「そうかな。いつも通りだよ」
「ふーん……あ、この映画の公開日、四年も前なんだ。四年前ってことは、まだ中学生じゃん、私」
彩織はさほど気にしていないようで、映画の余韻に浸りながらパッケージの裏面を見たりしている。
対して私の心は……ズシリと圧し掛かった現実感に潰されそうになっている。
この映画がフィクションだってことは分かっている。あくまで創作、作り話だって。だけど、一度得てしまった共感はそう簡単に投げ捨てられない。
「羚ちゃん? 映画、つまんなかった?」
「どうして?」
「難しそうな顔してるから。もしかして恋愛映画、あんまり好きじゃないとか?」
「いや……そうじゃないよ。結構面白かった」
慌てて笑顔を取り繕ったものの、誤魔化しきれなかった。
パッケージをそっと机の上に置き、私の顔を覗き込む。さっきまで見ていた映画のワンシーンのように。
「私たちは違うよ」
「え……?」
私の両肩に手を置いて、彩織は力強く言った。
「あの二人みたいにそれぞれ夢に向かってとか、ないから」
素手で直接、心臓を掴まれたみたいだ。今にも張り裂けそうなくらい、私の心臓はバクバクと高鳴っている。
「私の夢は
「…………」
「もうすぐ十四時だね。……そろそろ行く?」
彩織から差し出された手を取り、立ち上がる。
こんな弱気じゃいけない。私が彩織の前を歩かないと。私が、彩織の手を引かないと……!
手を引かれ、立ち上がった勢いのままに彩織の肩を抱き寄せた。細くて、小さい、華奢な肩を。
「ちょっと早いけど、行こうか。危ないと思ったらすぐ私の後ろに逃げて」
文字通り彩織の剣となり、盾となるつもりだ。
「ありがとう。でも、逃げないよ。今から話すのは私のお母さんだもん。逃げる必要なんか、どこにもない」
彩織の覚悟を最大限汲み取り、それ以上言葉をかけるのは止めた。
細工も仕掛けもなし。全て仕上げでなんとかするしかない。要はぶっつけ本番だ。
「インターフォン、鳴らす?」
自分の家の玄関を前に、彩織は困惑した表情を浮かべていた。
鍵を使って開けたほうが良いのか、それともインターフォンを鳴らしたほうが良いのか。
私としては後者のほうが助かる。鍵が開いて隣の部屋の女が上がり込んで来たら警戒するだろう、お母さんも。
「うん、その方が良いよ。下手したら部屋に上げてもらえないかもしれないし」
「そうする」
震えながら彩織はインターフォンを押した。数秒したのちに、抑揚のない声で返事が返ってきた。
『はい』
『お母さん? 私、彩織だけど……』
『彩織? なんで鍵使わないの?』
尤もな疑問だ。いつもの彩織ならインターフォンを鳴らさず、自分で鍵を開ける。
『隣の部屋の、藤代さんも一緒に上がってもらって良い?』
『……ああ、昨日の?』
『うん。昨日の夜、先生と一緒にお見舞いに来てくれた人』
『良いけど、何か用事?』
明らかに怪しんでいる。顔を見なくても分かるくらい、声のトーンが低い。
『大事な話』
『……まあ、良いけど。お母さん、席を外したほうが良い?』
『ううん、お母さんも一緒に居て』
『分かった』
『じゃあ今から上がってもらうから』
ようやく機械越しの会話が終わり、扉が開かれた。
彩織と二人、ゆっくりと部屋の中に足を踏み入れる——
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