170.
目覚ましが鳴る前に、カーテンの隙間から差し込む朝日で目が覚めた。
眩しさに目を細めながらゆっくりと身体を起こす。
「……ん…………」
横を見るとまだ眠っている
「まだ五時半、か……」
頭上に置かれた目覚まし時計を見ると起きるには早すぎる時間。それに今日は二人とも会社、学校を休んでいる。もっと寝ていたって構わないだろう。
「ん……もう起きる時間?」
ほとんど開いていない目を擦りながら彩織が呟いた。
「ううん、まだ早い。もう少し寝よう」
「うん。そうする。眠たい……」
ふわりと笑うと彩織は今度こそ瞼を閉じた。あと二時間……いや、三時間は眠りたい。
今日は大事な話をしに行くんだから。休めるうちに休んでおかないと。
それに……今日の話が上手くいっても、いかなくても。忙しくなるだろうから。こうやって二人でのんびる出来る時間は貴重だ。
隣で眠る彩織の体をそっと抱き寄せ、目を瞑る。
この時間がずっと続けば良いのに——
「
「なんか適当に……ふぁ……」
八時を過ぎると流石にこれ以上寝てられないと彩織が起き上がった。休みの日でも早起きするなんて偉いなー……。
二度寝してしまうと余計に起き上がるのが辛い。出来ることなら一日ずっと布団に居たい。
「私が作ってくるからまだお布団に居て良いよ」
「いや。ちゃんと起きる……。あと十分待って」
「十分も待ってたらパンが焦げちゃうよ」
ひらひらと手を振りながら洋室を出て行く。キッチンに向かったんだ。私もそろそろ起きるか……。
もぞもぞと布団から這い出て、スウェットを脱ぎ捨てる。外に出かける予定もないし、なんか適当な部屋着を……これで良いか。
クローゼットの一番手前にあったTシャツとデニムを引っ張り出し、それに着替えた。
立ち上がったついでにカーテンを開けると清々しい朝日が部屋に飛び込んでくる。今日は暑くなりそうだな。もう少ししたら夏服に衣替えだ。
「あれ。羚ちゃん、起きたんだ」
「そりゃあ、起きるよ。朝だし」
キッチンから顔を覗かせた彩織が意外そうな表情をする。どうも彩織には朝が弱いと思われているようだ。
「いつもちゃんと朝起きてるんだよ、これでも。会社に遅刻したことないんだから」
それを言うと彩織は一瞬キョトンとした顔をしたが、すぐに可笑しそうに笑いだした。
「分かってる分かってる。わりと時間にシビアだもんね、羚ちゃん」
「うん。待ち合わせには五分前に着いてるタイプだよ、私は」
いくつか弁明してみせても彩織の口角は上がったままだ。なんで……?
「ふふふ。羚ちゃん、頭すごいことになってるよ」
「頭……?」
さわさわと自分の髪を触ってみる。これは……。
「洗面所、行っておいでよ」
「そうする」
急いでタオルを片手に洗面台へと向かう。この寝ぐせで時間にシビアだと言っても説得力皆無だな、うん。彩織が可笑しそうに笑っていたのも納得だ。
「朝ごはん出来たけど、食べられそう?」
「うん。ありがとう」
洗面所から戻ってくると既にテーブルには朝ご飯が並べられていた。
白米、お味噌汁、卵焼き。日本人らしい朝食だ。自分では滅多に作らない味噌汁が嬉しい。
「いただきます」
まずはお味噌汁を一口。辛すぎず、甘すぎず。実にちょうど良い味付けだ。具材は……じゃがいもが入ってる?
「じゃがいもが入ってるお味噌汁って珍しいね」
「そうなの? うちは結構入れてるよ。あとは油揚げとかなめことか。具沢山にしがちかも」
彩織は私が持っていない料理の知識が豊富だ。やっぱり毎日彩織にご飯を作ってもらいたいなぁ……。
「お昼過ぎには起きてると思うんだ、うちのお母さん」
朝ご飯を食べ終えると、おずおずと彩織が話し始めた。
「うん」
「お昼過ぎ、十四時くらい……かな。その時間が一番機嫌が良いと思うんだけど……」
「じゃあ、その時間にお邪魔しようか」
昨日も言っていた通り、彩織のお母さんと直接話す。そして家を出ることを認めてもらう。
いざそのことを考えると胃がキリキリと痛む。上手く話せるか不安だ。
「お母さん、なんて言うかな……」
「私が殴られるんじゃない?」
「それは絶対に私がさせない、けど……。なんて言ってくるか検討もつかないや」
私も緊張しているが彩織も同じだ。
……いや。もしかしたら私以上かもしれない。文句を言われるだけならまだしも、もしも手を出されたら。そう考えるだけで顔色が悪くなる気持ちも良く分かる。
「大丈夫だよ。私がなんとかする」
「羚ちゃん……」
彩織は青白い顔のまま、力なく笑ってみせた。
その顔を見るだけで胸が苦しい。彩織をそういう顔にさせた元凶も、何とかするしか言えない自分も。何もかも腹立たしい。
「十四時までまだまだ時間あるし、のんびりしよ?」
今の私に出来るのはせいぜい気を紛らわせることぐらいだ。
私の膝の上に座る彩織をぎゅっと抱き締め、頭を撫でる。それくらいしか出来ないのだ。
「……ありがとう」
「と言ってもこの部屋、何もないんだけどね。テレビでも見る?」
「テレビかぁ……うーん……」
いまいち気が乗らないといった顔だ。他に何かあるかな……。
「じゃあ映画でも見る? 近くにレンタル屋さんあったから何か借りようよ」
「映画、か……良いかも」
彩織は短く返事をするといそいそと準備し始めた。私もそれに倣い、財布と鍵を準備する。
なんの映画が良いかな。ホラー、恋愛もの、コメディー、アクション。彩織が好きなものを選んでもらおう。
ゆっくりと扉を開き、部屋の外に出る。日差しが眩しい。目の前に夏が迫ってきている。そんな気さえする良い天気だ。
「行こ」
隣に立った彩織の手を引き、レンタル屋さんへと向かって歩く。
せっかく映画を見るなら飲み物も欲しいな。ポップコーンとか……流石にはしゃぎすぎ?
浮き立つ心を押さえながら彩織と二人でのんびりと歩いた——
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