156.

「おまたせー!」


 チャイムが鳴り、扉を開けるとにっこり笑うかえでさんが立っていた。背後から差し込む日差しと相まって眩しい。思わず目を細めた。




「車、ありがとうございます」

「いーえ」


 助手席に座り、シートベルトを締める。最近は人を乗せて運転することが多かったから少し新鮮だ。


「今日はどこに行くんですか? というか楓さんっていつもどこで服買うんです? やっぱり名古屋とか?」

「いや? ほとんどそこらへんの量販店で買うよ。多分、れいがいつも買うお店と一緒じゃないかなぁ」

「え? 本当に?」


 とても同じ店で買ったとは思えない着こなしなんだけど……。

 ボーダーのTシャツに黒いボトムス、そして足元はヒールのあるサンダル。言われて見れば全部どこにでも売っているアイテムばかり。だけど楓さんが着るとなんだかオシャレに見える。


「本当、本当。なんなら今から行くお店にも売ってるよ、全く同じ服が」

「全然そうは見えないけど……」

「量販店で買おうが、高級ブランドで買おうが、結局はコーディネート次第なんだって。合わせ方が分かればキチンと着こなせるはずだよ」

「こーでぃねーと……」


 ますます自信が無くなる。

 どういうアイテムを掛け合わせるのか、どの色同士が合うのか。まるで知識がないから困る。

 普段からWEBデザインを手掛ける楓さんは、やはりそういう色彩感覚が備わっているのだろうか。


「とりあえずお店行ったら、何着か私が選んでみようか?」

「それが良いです。お願いします」


 楓さんに選んでもらえるなら心強い。きっと間違いない。その選んでもらったものを買えば来週のデートはバッチリだ。

 







 お店に着き、楓さんと一通り店内を見回った。

 最初に言っていた通り、どこにでもある量販店。いつも私が服を買っているお店だ。


「これとこれ。あと、これも。とりあえず試着してみて」


 店内を一周し終えると楓さんは何点かの商品をカゴに入れ、私に手渡した。よく見るとカゴには帽子も入っている。


「ええ……試着か……」

「もしかして試着苦手?」

「はい……。試着したら買わなきゃいけなような気がして……」

「大丈夫だよ。試着して合わなかったらあそこにいる店員さんに渡せば良いよ。ほら、他のお客さんも返却してるでしょ?」

「確かに……」


 着替え終わったら声をかけてと言い残し、楓さんは勢いよくカーテンを閉めた。これで逃げ場はなくなったわけだ。


「…………開襟シャツ?」


 ジャケットの下に着るシャツとは違い、台襟だいえりがない。高校の夏服と似てるな……。

 袖を通してみるとなかなか着心地が良い。素材も柔らかいし、何より首回りが楽だ。暑い夏はこれを着れば快適だろうな。


「ボトムスにはデニム、か……」


 楓さんがカゴに入れたのは私が普段履かない明るめのブルー。デニムを選ぶときは暗い色を選びがちだから、なんだか落ち着かない。


「どう? もうカーテン開けて良いー?」

「え。ま、待って! じ、自分で開けますから!」


 外から楓さんの声が聞こえて焦った。慌ててデニムを履き、深呼吸。……似合ってない、とか言わないよね?

 恐る恐るカーテンを開き、たった今着替えたばかりの。



「良いじゃん」

「本当ですか? 着慣れないものばかりで不安なんですが……」

「似合ってるよ。ここ何年かオープンカラーシャツが流行ってるし、一個くらい持っておきなよ。普段Tシャツばっかりでしょ?」

「Tシャツ、楽ですもん」

「分かるけど、ちょっとくらい他のトップスも持っておいても良いでしょ」


 似合ってると言われて悪い気はしない。鏡で自分の姿を見ても、別段おかしいと思わなかったし、この服は案外ありかもしれない。


「デニムはこの色じゃないと駄目ですか?」

「駄目じゃないけど……黒とか濃い青のは持ってるじゃん」

「う……」

「こういう時にしか買わないだろうから、どうかなと思って試着してもらったんだけど。その色、嫌?」

「嫌っていうか……なんだか落ち着かない、です。若い子の服みたいな……」

「羚も若いじゃん……」


 結局楓さんに言いくるめられる形で、無事二点とも購入が決まった。あとカゴに残ったのは……。


「これも試着してよ」

「嫌です! 絶対似合わないです!」

「なんでそんなに頑ななの。似合わないわけないから、ちょっと被ってみてよ」


 私が拒み続けるのを見て楓さんは深いため息を吐いた。

 だってキャップならまだしも、バケットハットって……!


「これ、楓さんが買おうとしてたヤツでしょ! 私はいいですって!」

「私も買うけど、羚も試着してみてよ。気に入らなかったら買わなくてもいいからさ」

「でも……」

「何事もチャレンジ精神が大事だって。ほら、試着だけで良いから!」

「あっ……」


 楓さんは右手に持っていたバケットハットをひったくるように掴み、私の頭に被せた。

 似合うかもって思ってくれた楓さんには悪いけど、だいぶ昔に被ってみたことがあるんだよね……。その時、あまりにも似合わなかったからずっと敬遠してたのに。

 どうせ今日も似合わないに決まって——



「……あれ?」


 鏡に映る私はすごく自然体で、おかしなところなんて一つもない。

 前に被った時は本当に似合わなかったのにどうして……。


「ね、似合ってるでしょ?」

「案外、ありかも……。前に被った時は死ぬほど似合わなかったのに……」

「被り方じゃないかなぁ。浅めに被って、ツバを後ろに倒せばいい感じになるよ。あとは髪型かな。今日みたいに結んでる時は良い感じになるよ」

「へぇ……!」


 もう一度、試着室の鏡を見てみる。何度見てもおかしなところなんて一つもない。これなら似合ってるって言っても良さそう……!


「バケットハットを被るなら今日の私みたいなコーデが良いかもね」

「ボーダー?」

「この服がっていうか、系統が? カジュアルな恰好に合うんじゃないかな」


 言われて見れば確かに。楓さんの恰好のほうが帽子に合っているような気がする。


「今、試着してるその服のまま合わせても良いし、トップスをTシャツに変えても良さそう。いろいろ試してみなよ、全部店内にあるアイテムばかりだから」

「そう言われるとなんだか自信が湧きますね。とりあえず合わせてみて、似合うかどうか見れば良いですもんね」

「そうそう!」


 いつの間にか試着への苦手意識は消え、むしろ楽しくなってきた。よく考えたら買う前に試せるなんてありがたいことじゃないか。なんで今まで避けてきたんだろう。


「ありがとうございます。楓さんのおかげで服を選ぶのが楽しくなってきました!」

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