155.
「じゃあ、今日は帰るね」
「うん。来週のことはまたチャットとかで決めよう」
「分かった。行きたいお店調べておくねっ」
緩く手を振りながら、
部屋に戻り、カレンダーを見つめる。来週……二十六日は彩織と……。
「これって、デートだよね……?」
近くにあったペンで日付を囲み、彩織とデートと——
「お出かけ、と……」
デートと書くのが気恥ずかしくて、お出かけと書いてしまった。間違ってはいない。
スマホのカレンダーには……デートって入力しておこう。誰も見ないし、良いよね。
彩織と行く約束をしたお城は子どもの頃に何度か行ったことがある。運転もナビを見ながらならきっと大丈夫。あとは……。
「着ていく服、どうしようかな……」
クローゼットを開けて持っている服を全て出してみる。
自分が別段ダサいとは思わないけど、オシャレではない……よなぁ。彩織の隣を歩くのにこの服たちで大丈夫かな……。
せっかく出かけるなら彩織にも良いと思ってもらえる恰好で隣を歩きたい。
「新しい服を買う……? でもなぁ、自分で選んだら今と似たような服が増えるだけだし……」
可愛らしい恰好がしたいわけじゃない。かっこいい恰好がしたいわけでもない。ただ、新しい服でも買って自分に自信を付けたいだけ。
誰か買い物に付き合ってくれる人いないかなー……。
『やっほー!』
狙ったかのようなタイミングで
『こんばんは。どうしました?』
『特に用事はないけど、何してるかなって』
『クローゼットの中を見てました』
『え。なにそれ。どういう状況? こわ……』
今の状況をそのまま伝えると何を想像したのか、フルフル震えるパンダのスタンプが送られてきた。誤解がひどい。
『いや、新しい服買おうかなって』
『服? どうしたの、珍しいじゃん。前は一緒にお店見に行っても興味なさそうにしてたのに』
『持ってる服の系統が全部一緒ってことに気付いちゃいまして。私ってどんな服が似合うんですかね?』
楓さんは出会った頃からオシャレだった。カジュアルでもフェミニンでも。メンズライクな服だって着こなしていた。いつも時と場所に合わせた恰好をしていた気がする。
『どんな? なんでも似合うんじゃない? 顔が良いし』
『なんでもって……』
何でもと言われるのが一番困る。結局選べなくていつもと同じ服を手に取ってしまいそうだから。
『じゃあ、一緒に買いに行く?』
『良いんですか?』
『私も買い物行きたいと思ってたんだよね。夏物はちょっと前にたくさん買ったんだけど、帽子だけまだ買ってなくて』
『帽子……』
『うん。キャップはもう持ってるから今年はバケットハットを買おうかなって思ってるよ。
『私、帽子があんまり似合わなくて。アクセサリーもそうなんですけど……』
『えー、そうかなぁ。会社で帽子被ってたじゃん』
『会社は別です。似合う、似合わない関係なく被らないといけないルールなので』
会社で被っている安全帽は日焼け対策でも暑さ対策でもない。安全対策のために決められたものだ。
『ん-、分かった。服と一緒に帽子も見てみよう。絶対似合うやつあるって!』
『そうですかね……。そうだと良いんですけど』
『いつ行く? 明日は?』
『明日でも良いですよ。何も予定ありませんし』
『じゃあ決定! お昼前に迎えに行くよ』
もう一度カレンダーの前に立ち、予定を書き込む。楓さんと買い物……と。
『羚。大丈夫だと思うけど、一応言っとくよ? 絶対彩織ちゃんに私と買い物行くってメッセージ入れといてよ? 後で怒られるのは私なんだからね?』
『なんで楓さんが怒られるんですか……』
『あの子、怒ったら怖いんだよ……きっと……』
何を言ってるんだか。
くすりと笑って、楓さんとのトーク画面を閉じた。
すぐに彩織のアイコンをタップし、楓さんに言われた通りメッセージを送る。
『明日、楓さんと買い物行ってくる』
端的にメッセージを送ったものの、なかなか既読が付かない。
……あ、そうか。小陽ちゃんと通話中か。
きっとお喋りに集中しているだろうし、私のメッセージを見るのは通話を切ってからだろう。
「あれ、明日ってどこのお店に行くんだろう……?」
そういえば楓さんが普段服を買う場所なんて知らないな。付き合ってた頃は買い物よりも、喫茶店にいる時間のほうが長かったし。
まだ知らないことがあるんだなぁ、楓さんのことも。
何はともあれ、明日が楽しみだ。きっと私に似合う良い服を選んでくれる。帽子は……似合うか分かんないけど、お城の周りを歩く時にあったら良さそうだ。
あと、髪も切りたい。ずっと前から前髪が目にかかって煩わしく思ってたんだ。そうだ、せっかくだからヘッドスパも行きたい。それから、それから——
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