151.

「本当に付き合ってるんですか?」


 自己紹介を終えて、小陽こはるちゃんは開口一番そう言った。言葉通りの意味というより、ただ私に対して挑発している。そんな言い方だった。


「そうだよ」


 その安い挑発には乗らない。私はあくまで冷静に、事実をそのまま話すだけだ。


「……ッ!」


 小陽ちゃんはそんな毅然とした態度の私を見て唇を噛んだ。だけどすぐに平静を取り戻し、同じく毅然とした態度で話を続ける。


「……藤代ふじしろさんっていくつですか」

「二十二。来月、誕生日が来たら二十三歳になるけど」

「五歳差……」

彩織いおり狭間はざまさんより五つ年上になるね。だけどそんなに固くならなくて良いよ。敬語も……なくても良い」

「いいえ。私は……彩織ちゃんと違って藤代さんと親しいわけじゃないので」


 ぴしゃりと言い放つと小陽ちゃんは目の前に置いてあったコップを傾けた。

 私もそれを倣い、コップに手をかける。実はさっきから緊張しすぎて口の中がカラカラだ。



「藤代さんは……本当に彩織ちゃんが好きなんですか?」

「好きだよ」

「本当に?」

「本当に。どうしてそんなに疑うの?」


 やはり歳が離れすぎて怪しんでいるのか、小陽ちゃんは冷たい目で私を見つめる。


「女の子同士で付き合うことに偏見があるわけではありません。ただ、年齢差が……。彩織ちゃんのことを騙してるんじゃないかって心配になります」

「だから、それは——」

「彩織ちゃんは黙ってて。私は藤代さんに聞いてるの」


 口を挟もうとした彩織を制し、射貫くような視線を私に向けた。どうなんですか、と。


「ちゃんと真剣に好き。騙してなんかない。ただ、それを狭間さんに信じてもらうためにどうしたら良いかは分からない。そして……どうして狭間さんの許可がいるのかも分かんないな、私には」

「それ、は……」


 今度は私から軽いジャブを。そもそも。私たちが付き合うことに小陽ちゃんの許しなんかいらない。勝手にすれば良いことだ。強いて言うなら彩織のお母さんからの認知は欲しいけど。

 あくまで小陽ちゃんに話しておきたいと彩織が言ったから。たったそれだけ。小陽ちゃんに私たちを許す権利なんか……ない。

 そう思ったら少しむかむかしてきた。どういう立場で物申しているんだろう。


「確かに私の許可なんて……いりません、けど……」

「でしょ。狭間さんは何に対してそんなに怒っているの? 私、何か気に障るようなことした?」


 それが私には分からないのだ。さっきから。いや、もっと前からかもしれない。何故、私に対してそうも嫌悪感、敵意を抱くのか。

 歳の差恋愛が信じられないだけじゃ説明がつかないと思う。


「…………気に障ることなんて」

「会社見学の時も私のことを見てたよね。どうして?」

「………………それ、は」

「私情をああいう場に持ち込むのはどうかと思う」

「…………」


 とうとう何も喋ってくれなくなってしまった。少し追い詰めすぎたのかもしれない。高校生相手に大人気なかったな……。

 いや、でも……これでいい。これくらい強気じゃないと負けてしまう。小陽ちゃんにだけじゃなく、世間の目に。世の常識が私たちを苦しめる。



れいちゃん……」


 さっきから静かに見守っていた彩織が気まずそうに私を見つめる。


「…………ごめん」

「いえ……」


 すっかり冷めきってしまった空気は簡単には戻らない。いくら彩織が気を遣って明るい話題を振ろうとも、それに応える小陽ちゃんの表情かおが痛々しい。

 そんなに私は怪しい大人なんだろうか……。それとも高校生から見たら、子どもに言い寄る大人はみんなそういうふうに見えるのだろうか。

 どうして。どうして、小陽ちゃんは……。



 気まずい空気の中、テーブルに並べられたカステラに手を伸ばす。美味しいはずなのに、あまり味が分からない。きっと二人も同じだろう。せっかく小陽ちゃんの好物を用意してくれたのに。

 もう少し言い方を考えれば良かった。




「……あ、ごめん。手当たっちゃった」

「う、ううん。だいじょう、ぶ……」


 コップに伸ばした彩織の手と隣に座る小陽ちゃんの手がぶつかる。その瞬間の小陽ちゃんの顔…………そういうことか。

 それが分かれば何もおかしいことはない。

 なんだ、私と同じ。小陽ちゃんは何もおかしくない。ただずっと、自分の気持ちに正直だっただけじゃないか。


「ちょっとコンビニ行ってくる。牛乳切らしてるんだよね」

「え……。今行くの?」

「うん、今。もう少ししたら雨降る予報だったでしょ? 今のうちに行っておきたい」

「そう……」


 彩織は面食らった表情をしつつも了承してくれた。きっとこの空気のまま三人でいるのは良くないと思ったんだろう。

 だけど、ごめん。私は——


「狭間さん。一緒に行こう」

「…………はい?」

「コンビニ。好きなもの買ってあげるから付いて来てよ」

「羚ちゃん⁉」

「はいって言ったよね。行こ」

「え……」


 強引に手を掴み部屋を出ようとする。小陽ちゃんは戸惑いつつも大人しくついて来てくれている。


「ま、待って。それなら私も——」

「ごめんね。二人で行ってくるよ。悪いけど、留守番してほしい。傘、一つしかないし」


 玄関を開ける直前、折りたたみ傘を持ち上げ、彩織に謝る。きっと帰りは雨だろうから。三人で折り畳み傘は少々狭い。


「え、ちょっと待っ——」

「ごめん。すぐだから。二十分くらいで戻る」


 扉を閉め、彩織の声は聞こえなくなった。今この場で聞こえるのは……。




「……どういうつもりですか?」


 私を睨む小陽ちゃんの声——

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