150.
あと数分。つまり、あと数百秒もしたら
さっきから緊張しすぎて胃が痛い。ストレスで胃に穴が空くんじゃないかな。いつか。
最近は胃が痛くなることが多かったから、そろそろ労わりたい。うどんとかお粥が胃に優しいって聞くし、夜ご飯に食べようかな。
「……ッ!」
そんなことを考えている間に数分が経ってしまった。外からは階段を上る足音が二つ。きっと彩織と小陽ちゃんだ……!
心拍数が上がり、顔に熱が集まる。今朝、鏡を見た時は青い顔をしていたけど、今では真逆だ。
「…………ヨシ」
玄関に向かう前に部屋を一瞥した。
不要物なし、脱ぎっぱなしになっている服もなし。床掃除もさっき済ませた。これなら二人が来ても大丈夫だ。
ピンポーン。
振り返った瞬間、チャイムが鳴った。
ゆっくりと扉に近付き、立ち止まる。浅い深呼吸を繰り返した後、ノブに手をかける——
「いらっしゃい」
「お邪魔します」
ふわりと笑う彩織とその後ろに——
「……どうも」
「昨日の……」
私も彼女も、一目見るだけで気付いてしまった。昨日、会社見学に来ていた茶髪の女の子……!
早々と気づいたは良いものの、開いた口は塞がらない。
まさかあの子が小陽ちゃんだったなんて……。
「あれ。知ってるの? 知り合いだった?」
「いや……」
「昨日の会社見学で。彩織ちゃんのアイコンの人と似てたから、まさかとは思ったけど……。本当に本人だったとは思いませんでした」
小陽ちゃんは昨日と同じようにじっと私の顔を見つめる。品定めするような、どこか棘のある視線。
「とりあえず、上がって?」
「はーい」
その視線に耐え切れず、二人を部屋へと案内した。
「部屋、きれいにしてるんですね」
「え。……ああ、うん。お客さんが来る時くらいは、ね」
「
ベッドを背に腰掛けると、向かいには自然と二人が並ぶ。目の前には彩織、対角線上には小陽ちゃん。
自分の部屋に女子高生が二人もいるとなんだかいけない事をしているような気分になる。
そもそも、この部屋に二人も同時にお客さんが来るのは初めてだ。
「これ、手土産。お茶とお菓子買って来た。お皿とコップ、使って良い?」
「うん。取ってくるよ」
「私が取ってくるよ。羚ちゃんは座っててー」
「そう……?」
腰を浮かしかけた瞬間、彩織がそう言ってキッチンへと向かった。
洋室には私と小陽ちゃんの二人きり。彩織の準備を待つ間、なんとも言えない空気が場を支配する。
「…………」
「…………」
私から話しかけたほうが良いのかと思ったが、言葉が出てこない。口を開いては閉じての繰り返し。
とうとう何も話せないまま、彩織が戻ってきてしまった。
「うわぁ……」
「なに?」
「お葬式みたいな空気じゃん」
「知らない人と二人きりとか何話して良いか分からないし」
「そうだろうけどさ」
思ったよりはっきり言う子だ、小陽ちゃんは。私も同じことを思っていたから何にも言えないけど。
「はい、どうぞ。お茶とカステラ」
「カステラ? 彩織はカステラが好きなの?」
「ううん、私じゃないよ。小陽ちゃんがね」
「私の好きなものじゃなくていいって言ったのに……。
「羚ちゃんの好きな食べ物は私が作るからいいの。今、お菓子作りの練習してるから楽しみにしてて」
「お菓子かぁ。前に貰ったクッキー美味しかったな。…………あ」
「……」
ハッとして小陽ちゃんを見ると何とも言えない、絶妙に怖い顔で笑っている。今の話題は地雷だな……気をつけよう。
きっと私のことを良く思っていないだろうし、大人しくしていよう。
「自己紹介からしようよ、二人とも。じゃあ、小陽ちゃんから」
「
「狭間……?」
どこかで聞いた名前だ。しかも最近。どこで聞いたんだっけな……。
私が思い出そうとしていると、すぐにそれを察した小陽ちゃんが補足する。
「報告会で中堅チームにいた眼鏡のおじさん……同じ苗字だから分かるかもしれないんですけど。私の叔父です」
「あ、そうか。ザマさん」
工場長に話を振られていた管理者、野中さんたちはザマさんと呼んでいる。狭間から二文字を取ってザマさん。
一瀬さんといい、妙に二文字で呼びたがる。流行ってるのかな。
「じゃあ次は羚ちゃんね」
「えっと……藤代です」
特に語ることもなく名前だけ名乗った。
尤も、小陽ちゃんは私のことを藤代さんと呼んでいたから、名前は既に把握済かもしれないけど。
「……それだけ?」
「うん。それだけ」
彩織が不満そうにじっと私を見つめる。名前以外に何を語れと。下の名前はさっきから彩織が呼んでるから、改めて名乗るのもなぁ……。
首を傾げていると小陽ちゃんがくすりと笑う。
「聞いてた通り。鈍感なんですね、藤代さんは」
「え、そんなことないよ。普通だと思う」
「彩織ちゃんの顔見てください。ね?」
言われて視線を向けると、彩織はフグのように頬を膨らませている。一体何が不満なんだ……?
「羚ちゃんは誰と付き合ってるの?」
「え。そんなの——」
彩織。それを口に出す寸前、気づいた。きっと彩織は最初からそれを言って欲しかったんだ。小陽ちゃんが納得できるように、早く話の本題に入れるように。
それが分かったから改めて言い直すことにした。きっとそのほうが良い。口に出しておいたほうが良い。
「藤代 羚です。……彩織と、付き合ってるよ」
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