152.

「……あの。もうすぐ家着きますけど」


 コンビニで買い物してから話す。

 そう伝えると小陽こはるちゃんは大人しく私の後ろから付いて来た。牛乳と小陽ちゃんリクエストのどら焼きを買い、帰路に就く。

 あといくつか信号を越えればアパートが見える。そのくらいのタイミングでとうとう小陽ちゃんは声を上げた。


「そうだね」

彩織いおりちゃんの前で言いにくい話があるんじゃないですか?」


 そのためにわざわざ連れ出したんでしょう、と眉をひそめる。察しが良くて何よりだ。


「そこに公園あるから寄って良い?」

「良いですよ。ちゃんと話してくれるなら」


 ブランコとシーソーと、鉄棒しかないすたれた公園。こんな天気じゃ遊ぶ子供もいない。

 だけど隅には立派な東屋がある。あそこなら途中で雨が降っても凌げるだろう。

 視線で小陽ちゃんに示し、二人で東屋のベンチに腰掛けた。




「で? 話ってなんですか。お説教なら聞きたくないですし、みっともない大人の言い訳はもっと聞きたくありません」


 最早、不機嫌そうな態度を隠そうともしない。まあ、当然か。ほぼ初対面の私に突然連れ出されて、こんなところに座らされて。

 けれど、私も言っておきたいことがある。その話はきっと小陽ちゃんが彩織に聞かれたくないこと。だから、こうして二人きりになる時間を作ったんだ。


「説教じゃないよ。ただ、彩織に聞かれたくないかなって」

藤代ふじしろさんがですか? やっぱり何か後ろめたいことが——」

「違うよ。私じゃない。今から話すのは狭間はざまさんが聞かれたくないこと、かな」

「……ッ!」


 驚きに目を見開くと、小陽ちゃんはそのまま固まってしまった。私が何を言おうとしているか、既に察しが付いているらしい。


「狭間さん、好きでしょ。彩織のこと」

「な……にを……」

「見てたら分かったよ」

「そりゃもちろん、大好きな友達——」

「違うよね。狭間さんの好きはそうじゃない。私と同じ好き……だよね?」


 まだ誤魔化せると思っているのか、小陽ちゃんはあれそれと言い訳を口にしようとする。

 だけど私には通じない。だってもう確信した。私と小陽ちゃんは同じ目をしている。ただの友達があんな目を彩織に向けるわけがないのだから。


「…………なんで」

「同じだから分かるよ。彩織と話す時の狭間さんの表情かおで。きっと私も似たような表情してると思うから」

「……それで、迷惑だから止めろと? それが言いたくて連れ出したんですか!」

「そうは言ってないでしょ。落ち着いて」


 このままヒートアップしそうな小陽ちゃんを制して、再びベンチへと座らせる。

 どうしようかな、上手く言いたいことが伝わるかな。勢いで家を出て来ちゃったからまだ話がまとまってない。必死に頭を動かしながら伝えるしかないのだ。


「…………ずるい」

「え?」

「藤代さんはずるい。私の方が好きになったのは先だったはずなのに……! どうしてッ……!」


 私の襟首を掴み、どうしてと叫ぶ。その悲痛な叫びは聞いているだけで心臓に悪い。


「だって知らなかった! 彩織ちゃんが女の子と付き合える子だったなんて……!」

「…………」

「どうして藤代さんなの。ただ家が隣なだけでしょ。どうして……!」

「選んだのは……彩織だよ。私は——」

「知ってますよ、そんなことは……! でも、私は……!」


 言葉に詰まり、私の胸に顔を押し付ける。顔を覗き込むのは……無粋だろう。黙って微動だにしないのが小陽ちゃんにとって一番良いはず。


「藤代さんは、ずるい……!」

「…………」


 両手を回すことも、言葉をかけることも。何もしない。ただ黙って胸を貸すだけだ——









「落ち着いた?」

「……ごめんなさい」

「いや、全然……。良かったらこれ使って」

「……ありがとうございます」


 鼻を啜りながら小さな声で謝った。その殊勝な態度に驚きつつ、ハンカチを差し出す。少しだけ目が腫れちゃってるな……。


「ちょっと待ってて」


 近くの自販機へ歩く。何か冷たいものを……お水で良いか。

 百円玉を二枚入れ、一番端のボタンを押す。私がいつも好きで買っている銘柄だ。ついでに自分の分も買っておこう。



「はいこれ。冷やしたら腫れがマシになるかな」

「……ありがとうございます」


 ペットボトルを手渡し、再び隣に座る。

 なんて声をかければ良いのか分からず、ちびちびと水を飲んだ。


「…………」

「…………」


 誰もいない公園に私たち二人だけ。音は無く、静かな時間が続く。いつの間にか空は暗くなり、今にも雨が降り出しそうな雰囲気だ。


「……ずっと好きだったんです」

「……え?」

「初めて会った時から可愛くて、きれいで。だけど、どこか影があって。ずっと、好きだったんです……」


 雨が降り出すよりも先に、小陽ちゃんがポツリポツリと語りだした。今なら落ち着いているし、話しても大丈夫かな。


「狭間さん。彩織に告白しないの?」

「え……」

「好きって気持ちは……伝えないの?」

「だって彩織ちゃんは藤代さんと……」

「そうだよ、付き合ってる。だけど、狭間さんが彩織を思う気持ちは否定しない、出来ない。伝えることを私は止めたりしないよ」

「どうして……?」

「選ぶのは彩織、決断するのは彩織だから。狭間さんのほうが良いって言うなら私は……身を引くよ」

「本当に……? 本当に、そう思ってますか……?」


 彩織を取られる? 嫌に決まってる。絶対に手放したくない。どこの誰だろうと取られたくない。

 だけど…………。


「取られたくないよ、狭間さんに。でも、取られる気もしない。狭間さんはどう? 私から彩織を奪い取る自信はある?」


 少し意地悪な顔で小陽ちゃんに笑いかける。

 だけど、これはただの意地悪じゃない。これは……宣戦布告だ。負けるつもりは、ない。


「……藤代さん、良い人ってよく言われるでしょ」

「そうでもないと思うけど」

「本当かなぁ」


 小陽ちゃんはくつくつと笑い、立ち上がった。


「私も。負ける気はないです。告白しても良いって言ったことを後悔させてやりますよ」

「やれるものなら」


 話は終わり、東屋の外に出る。空は……晴れている。天気予報は外れたみたいだ。

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