145.
締めの挨拶を終えると、ちょうど良いタイミングで昼礼が鳴った。もうそんな時間か。実践の日は時間が過ぎるのが早い。
「
「うん」
「……藤代さん? 大丈夫?」
「むり。つかれた」
だらしなくベンチに腰掛け、深く息を吐き出す。報告会が終わって一気に疲れが押し寄せてきたのだ。しんどい。
「昼ご飯ちゃんと食べなよ。軽くでも良いから」
「今までずっとこうしてきたもん……」
「お腹空くでしょ」
「……大丈夫だもん」
……たまにお腹が空くこともあるけど。最早、慣れだ。このスタイルを始めてからもう数年が経っている。きっとこれからも変わらない。
「午後から仕事大丈夫?」
「大丈夫……じゃないかも」
午前中の報告会だけで燃え尽きてしまった。緊張が解けて頭も痛む。ズキズキとこめかみあたりが痛むのだ。
「……たしか食堂に売店あったよね?」
「あったよ。お菓子とかアイスとか売ってたはず」
「ちょっと食堂行ってくる。甘いもの食べたい」
そう言い残し、勢いよく立ち上がった。急に動いたせいでちょっと眩暈がする。甘いもので疲れが取れると良いなぁ……。
食堂は多くの人で賑わっていた。さっきの報告会に参加していた人たちがたくさんいる。
それに一番奥のテーブルには高校生たちが一堂に会していた。社食を食べるのは始めてだろう。物珍しそうに周りを見ている。
さて。私の目当ては社食じゃない。食堂の一角に設置された売店。みんなご飯中だからか妙に空いている。今がチャンスだ。
「……チョコ……ビスケット…………うーん……」
甘い系のお菓子の種類が少ない。売り切れちゃったのかな……。後ろに並んでいる人もいるし、早く決めないと。
「二百円になります」
売店のおばちゃんに百円玉二枚を手渡し、食堂を後にする。せっかくだから双葉さんの分も買った。チョコレートは好きなはず。
「…………?」
食堂を出て、第一棟に入るとセーラー服を着た女の子がキョロキョロと辺りを見渡している。例の茶髪の女の子だ。
どうしたんだろう。他の子たちは食堂にいたけど。誰か探してる……?
「あの……何か困ってる?」
「……ッ!」
一応、この会社の社員として声をかけた。私が声をかけても何でもないと一蹴されてしまいそうな気もするけど……。
「他の子たちは食堂で見かけたよ。食堂の場所が分かんない、とか?」
「…………」
女の子はふるふると首を横に振った。
……違うのか。じゃあこんなところで何してるんだろう。
「私に出来ること、ある?」
「…………」
じっと品定めするように顔を見つめられている。居心地は良くない。声をかけたことを既に後悔し始めているくらいだ。
「あんまり、話しかけられたくない……かな。ごめんね。何かあったらそこの事務所の人に——」
「…………やっぱり、似てる」
「え……?」
「……なんでもないです。すみません、会社内でウロウロして。食堂に戻りますから気にしないでください」
「え……うん…………」
「失礼します」
女の子がボソリと呟いた言葉。ちゃんと聞こえなかったけど……。私が誰かに似てる……? 誰に?
聞き返すことも、引き留めることも出来ず、ただ静かにその小さな背中を見送った。
「あ、藤代さんおかえり。結構時間かかったね。売店込んでた?」
「いや、そんなに……。ちょっと喋ってたら遅くなった」
「ふぅん」
双葉さんにチョコレートのお菓子を渡し、自分の分を口に放り込んだ。カカオ含有量が多いものを選んだから少しほろ苦い。帰り際に自販機で買ったコーヒーによく合う。
「てかさー、今日の報告会良かったね」
「良かった?」
「うん。手痛い質問とか意見がなかったし。工場長が若手チーム良いですねって褒めてくれたし。藤代さんはリーダー向いてるね」
「そんなことないよ。ちょくちょく
「だとしても。そのアドバイスを生かしてチームを動かしたのは藤代さんだからね」
「そう……?」
双葉さんにそう言われると少しだけ安心する。お飾りのリーダーになっていなかったか心配だったから。
「リーダー論を説くつもりはないけど。……うん。藤代さんは良いリーダーだったよ。実践しやすかった」
「なら良かった。だけど、もう一回やるのは嫌だなぁ……。リーダーは少し疲れるよ。次回の実践は双葉さん、リーダーやらない?」
「ないない。私にはきっと回ってこないよ。もし回るとしたら
「あー……」
そうか、私の次となると北山さんになるのか。
普段からラインで管理者をやっているし、上手に進行出来そうだ。北山さん主導の実践もやってみたいな。
「だいぶ改善チームらしくなったね、藤代さん」
「らしい? どんなところが?」
「それを言語化するのはなかなか難しいけど……。なんていうか、改善の仕方とか考え方が? 野中さんに似てきたなって」
「確かに。迷った時は野中さんならどうするかなって考える時あるかも」
「そうだね、それも大事だね。だけど作業者に意見を求めたり、納得できるまで改善を繰り返すのは藤代さんの良いところ、きっと個性だよ」
「個性……私の……?」
最初は野中さんの真似をして。そしてだんだんと自分のやりたいことが明確になってきている。これが私の個性……。
この個性を生かして現場改善をすれば、もっとみんなが働きやすい職場になるのかな——
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