144.

「——以上でベテランチームならぬ、ジジイチームの報告を終わります!」


 とんとん拍子に報告会は進み、気づけば最後のチームの報告が終わった。いつもだったらここで工場長から総評を頂くけど、今日はどうするのかな。


「それではここで大沢おおさわ商業の皆さんから簡単な感想を頂きます。お願いします」

「はい」


 汐見しおみくんの報告の時、一番最初に手を挙げた子だ。どうやら感想を言う生徒は最初から決まっていたらしく、ショートカットの女の子は堂々と私たちの真正面に立った。


「本日は私たちの会社見学を受け入れてくださりありがとうございました。最初のガイダンスでは御社の歴史や事業内容など、詳しく知ることが出来ました。また先ほどの——」


 ガイダンスか……懐かしいな。入社したての時に新入社員全員で受けたっけ。会社内でのルールとか、生産している商品の説明とか。真面目にノートを取って、聞いていたものだ、あの頃は。

 入社した時、同期は六人いた。結婚や転職で人数が減ってしまい、今では三人しか残っていない。その内の一人もこの春に県外に異動になったらしい。

 ……寂しいものだ。


「——報告会で皆さんが仰っていた視線で周りを見ると、怪我をするリスクが溢れていることがよく分かりました。家や学校でも物を床に直置きしないように気を付けようと思います」


 ショートカットの女の子が感想を言い終え、どこからともなく拍手が鳴り響く。高校生とは思えない上手な話し方だった。

 生徒会長とかなのかな。人前で話すことに慣れてそうだけど。


「ありがとうございました。それではここで大沢商業の皆さんは大会議室に移動してください」


 多井田おいださんがそう言うと生徒たちは口々にお礼を言いながら去って行った。今日の会社見学はこれで終了なのだろう。



「えー、それでは最後に工場長より総評を頂きます。工場長、お願いします」

「はい。皆さん、実践お疲れ様でした。今回は——」


 高校生たちがいなくなるのを見計らい、多井田さんは報告会を進行した。

 やっぱり総評はあるみたい。わずかに身構えつつ、工場長の話に耳を傾けた。


「——前回の品質実践の最後に言ったことを覚えていますか? じゃあ……双葉ふたばさん」

「こだわりを持つこと、ですか?」


 急に当てられ、双葉さんはびくりと肩を震わせた。まさか総評で話を振られるとは……。

 だけど双葉さんは詰まることなく、すぐに回答出来ていた。


「そうです。ちゃんと覚えていましたね。今回はそれをしっかり実行してくれていてとても嬉しかったです。特に……若手チーム」

「……!」


 ハッとして顔を上げると工場長と目が合った。……いや、もしかしたらずっと私のことを見ていたのかもしれない。俯きながら話を聞く私のことを。


「是正の後に必ず作業者に感想を貰う、でしたよね。かなり良いこだわりだと思いました。どうでしょう。賛否両論、どちらが多かったですか? 藤代ふじしろさん」

「……えっと。否、ですかね。全否定されたりとかではないんですけど、もうちょっとこうしたいとか。もう一段階先へ進むための感想が多かった印象です」


 薄々分かっていた。きっと工場長は私にも話を振るだろうって。きっとこの後、北山きたやまさんも振られるだろうなぁ。


「良いですね、前向きな言い方で。今回の実践で作業者と管理者のギャップがあることが分かったと思います。作業者が考えていることは、必ずしも私たちの想定内に収まることとは限りません。それを踏まえた上でどうしたら良いと思いますか、北山さん」

「はいっ……?」


 元気よく返事をしたものの、答えはまだ用意できていないようだ。視線を右往左往させ、口をもごもごと動かしている。頑張れ、北山さん……!


「えーっとぉ……そうですねぇ…………。ギャップですよね……?」

「そうです。その作業者とのギャップを少しでも埋めるために管理者はどうすれば良いと思いますか?」

「うーん…………コミュニケーションとかですか?」

「ほう……。理由は話せますか?」

「やっぱりお互いのことを知るためには会話しないと。日頃何を思って、何を考えているのか知るには会話が一番かなーと思いました!」


 北山さんらしい明朗快活な答えだ。他人を知るためには会話が一番。……なるほど、かなりしんを突いている。私も考えながら話を聞いていたけど、北山さんと同じ考えだ。


「そうですね、北山さんの言う通りです。お互いを理解するには会話で意思疎通を図る、これが一番です」

「やったー! 正解ですか?」

「ええ、正解ですよ」


 工場長を相手にしても何も変わらない。北山さんのコミュニケーション能力は相当高いと思う。見てるこっちがヒヤヒヤするよ……。


「管理者の皆さんは普段どんな声掛けをしていますか? そうですね……狭間はざまさん、どうですか」

「そうですねぇ……」


 工場長は野中さんと同じチームの管理者に話を振る。狭間さん……そうか、この人がザマさんか。


「挨拶とか作業の進捗確認くらいです」

「それも大事なことですね、良いと思います。ですが今後はもっとコミュニケーションを取って頂きたいと考えています。体調の確認や困っていることはないか等、半日に一回は声掛けをするようにしてください。こういう実践をするのは皆さんですが、実際に作業するのは作業者の方々ですので」


 それは確か昨日の午前中に工場長と話していたこと。作業者の立場で現場改善を行いたいと話したばかりだ。

 それを今、みんなの前で工場長が熱く語っている。私のやりたいことが……今、目の前にある。


「現場ファーストでいきましょう。独りよがりの改善にならないように、作業者の意見吸い上げを必ず行い、フィードバックを貰ってください。総評は以上です」


 話し終え、工場長は多井田さんに目配せした。


「工場長、ありがとうございました。それではこれにて安全実践研究の報告会を終わります。気を付け! 礼!」

「ありがとうございました!」

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