138.
「えっと、報告の仕方は——」
現場を
「話す順番はどうしますか?」
「最初にここで私がチーム全体の話をする。その後、二人が現場で報告するんだけど……汐見くんからにしようか。工程の流れに沿ったほうが良いと思う」
「分かりました。
「そうだね。その順でいこう。足立さんも良い?」
「はい」
報告するにあたって、二人にはあらかじめ伝えておかないといけないことがある。
私たちのチームはこの実践中、作業者から必ず感想をもらうことにこだわった。だから二人の報告にもその話を必ず入れて欲しいのだ。
「必ずこだわった点について説明を入れて欲しい。この改善は作業者からこういう要望があって、とか。絶対入れて欲しい」
「分かりました。僕の場合は作業者に感想を求めた後、少し手直しをしたので、それについて話そうと思います」
「私は……どうしましょう……?」
足立さんと私が担当した物の直置きは、手直しなしで是正が完了した。
とはいえ、こだわりと言える内容もある。例えばそう、検査員用のロッカーを増やしたり。
あれは、良い。ぜひ工場長や課長に向けて報告したい内容だ。
「ロッカーの件を話せば良いと思うよ。あれも大事なことだし」
「でも……ロッカーを増やす提案をしたのは藤代さんだし、空いてるロッカーを探したのは
「良いよ。足立さんだって一緒に是正したし。こういうのは報告したもん勝ちだよ。自信を持って話せば良い」
「藤代さんが良いなら……」
足立さんは遠慮がちに頷いた。
気にしなくて良いのに。私や北山さんも関わってはいるけど、足立さんだって一緒に活動した。これは私たち三人の成果だ。だから胸を張って報告して欲しい。
「検査員の人がロッカーがなくて荷物を直置きしていたから、ロッカーを増やした。そして直置きしなくなった。って、感じで言えば良いんでしょうか?」
「うーん……」
間違ってはいない。だけど、少し弱い。もう少し上手く言えたら良いんだけど……。
「物を直置きしないルールは元々あったけど、そのルールが守れない環境になっていた。って一言入れておくと良いかも。守れないルールを守れるルールに変えたことが大きな改善だから」
「分かりました!」
ポケットからメモ帳を取り出し、いそいそと書き始める。隣にいた汐見くんも何やらメモしているみたいだし、二人とも真面目で良い子だ。
「じゃあ少し喋る練習をしてみよう。最初に簡単な自己紹介をして、よろしくお願いしますって言うんだよ。その後の報告する感じで」
「自己紹介からするんですか?」
「うん。名前と所属だけ言えば良いよ。製造課の藤代です、よろしくお願いしますって」
そういえば。前回双葉さんがそうしていたから何も考えずに真似たけど、報告する時は最初になんで名乗るんだろう。名前を知らない人がいるからなのかな……。
「分かりました。一度本番のように喋ってみるので聞いてもらえますか?」
「うん。リハーサルだね」
「私も汐見くんの後に続いて喋ってみます!」
「じゃあせっかくだから私から喋ろうかな。本番通り、資料を指差しながらやってみようか」
あらかじめ野中さんに借りておいた指示棒を伸ばし、自分の資料を指す。
指しながら喋るのはまだ慣れない。こればかりは練習を重ねないとな……。
「製造課の藤代です。よろしくお願いします。私たちのチームでは作業者から必ず感想を貰うことにこだわって実践しました。まずは全体の内容について、大まかに報告させて頂きます——」
「集合ありがとうございます」
残りの是正、報告練習を終えると定時間際になっていた。これで残すは報告会当日。明日で安全実践が終わる。
「手直しも終わったし、報告の資料も出来ました。明日は十時休憩後に報告会が始まりますが、一旦九時半に集合しましょう。掃除したいので」
「ああ、確かに。3Sはしておいたほうが良いだろうな」
「3Sって何ですか……?」
おずおずと足立さんが手を挙げた。汐見くんも困惑した顔をしているし、今年の新入社員である二人はまだ教わったことがないのかもしれない。
「整理、整頓、清掃だよ。5Sだと清潔と躾も加わる。整理は不要物をなくすこと。整頓は必要なものを使いやすい場所に置くこと。清掃は……北山さん、分かる?」
「きれいな状態にして点検を行う、ですね?」
「そう、正解。よく言われることだから覚えておくと良いと思う」
ホワイトボードに九時半3Sと書いておく。せっかくだから日本語で整理、整頓、清掃も書いておいた。
……なんだか野中さんみたいなことしてるかも、私。日常生活では使わないけど、社内で使うから覚えておいたほうが良いなんて。
「初めて知りました! ちゃんと覚えますね」
二人ともちゃんとメモを取っていたし、良しとする。
「じゃあ今日はここで解散に…………あ、そうだ。明日のお店は無事に予約取れました。十九時に駅前の鉄板焼きのお店に集合お願いします」
「藤代さん、ありがとう!」
「どうやって行こうかなぁ。やっぱお酒飲みたいし、電車かなぁ」
また昨日みたいに話し込んでしまいそうだな。定時を過ぎてしまいそうだ。
ちらりと時計に目をやると、終業のチャイムが鳴るまで残り数分といったところ。
「藤代さんはどうやって行く? 電車? 私は
「良いの?」
「良いよぉ。そんなに家離れてないでしょ、私たち」
「じゃあお願いしようかな……」
「うん、そうしなよ! 若葉ちゃんの頼んどくね!」
……まあ、良いか。楽しい時間が過ぎるのはあっという間だし、今日は予定があるわけでもない。
こうして会社で歳が近いみんなとお話するのも楽しい。これもまた、青春。大人の青春ってやつだ。
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