133.

「——藤代ふじしろさん。多井田おいださんから電話だよ」

「あ……すみません。ありがとうございます」


 黙々と是正作業をしていたら松野まつのさんに話しかけられた。全然気づかなかった。いつの間に側に来たんだろう。

 松野さんの携帯電話を受け取り、耳に当てた。


『もしもし? 藤代ですけど……』

『ああ、藤代さん。実践中にごめんね。ちょっと各チームリーダーで打ち合わせがしたいんだけど、製造課の打ち合わせルームに来れる?』

『今からですか?』

『うん、今が良いな。きりが悪かったらもう少し時間ずらすけど』

『大丈夫です。今から行きますね』


 短い会話を終え、携帯電話を松野さんに返した。こういう時、会社携帯を持っていないと不便だな。

 工場内が広すぎるため、社員同士の連絡は内線か会社携帯によって行われる。内線は事務所の机に。会社携帯は一部の人に貸し出されている。

 特に改善チームや工機チームは事務所にいないことが多く、会社携帯を持っている人ばかりだ。

 きっといつかは私にも貸し出されるだろうけど、まだその話はされていない。



「ごめん、双葉ふたばさん。ちょっと打ち合わせ行ってくる」

「はーい。いってらっしゃい」


 同じ工程にいた双葉さんに断りを入れて第一棟へ。

 最近は第一棟と第二棟を行ったり来たりばかりで、一日の歩行数がかなり多い。現場で生産していた頃とは比べ物にならないくらい歩いている。

 北山きたやまさんがよく言う、事務所のほうが楽ってイメージは間違っているかもしれないな……。







「すみません、おまたせしました」


 打ち合わせルームに入ると既に三人が席に着いていた。主幹である多井田さんと他のチームリーダーの二人、野中さんと黒部くろべさん。どうやら私が最後だったらしい。


「急に来てもらってごめんね。報告会の打ち合わせがしたくて」


 既にプロジェクターに繋いであるパソコンを操作し、多井田さんは報告会のアジェンダを映し出した。


「えー……金曜日の十時休憩後からスタートしまして、時間は各チーム三十分です。最初にチームリーダーが軽く全体のことを話して、何人かが現場報告って流れになります。三十分しかないし、現場報告は一人か二人で良いと思います」

「そうだな、質疑応答もあるだろうから。誰に報告させるかな……」

「俺のところはチーム全体活動だったから、俺がまとめて報告でも良いか?」

「ああ、そうか。黒部さんたちのチームはそうですね。安全カバーの交換と騒音対策でしたっけ?」

「そうそう。そう大した話じゃないからサクッと話すつもりだ」


 そういえば昨日、加工工程に黒部さんチームの人が来ていたっけ……。遠目で見ただけだからうろ覚えだけど、休憩時間に加工機を触っていたから、安全カバーを交換していたんだろう。


「良いですよ、黒部さんが全部話しちゃっても」

「分かった。なら俺のチームは俺が報告する」

「俺のチームはどうすっかなぁ。ザマさんとノセにするかなぁ……。ノセは最近報告会で見かけないし、たまには……うーん……」


 私のチームも誰に報告してもらうか考えないと……。

 山木さんや松野さん、双葉さんは報告慣れしているし、安定だろうけど……あえてここは汐見しおみくんや足立あだちさんに振るべきか。それともライン管理者である北山さんに頼むべきか。悩ましいところだ。


「とにかく。報告者と内容は事前に把握しておきたいので、明日の午前中には教えてください」

「分かりました」


 定時前の集合の時にみんなに相談してみるか……。


「このアジェンダは印刷して後で渡すとして……。あ、そうだ。今回の報告会はいつもと少し違った雰囲気になると思います」


 野中さんも黒部さんも初耳だったようで、雑談を止め、多井田さんの話に静かに耳を傾けた。


「見学に来るらしいんですよ、高校生が。工場見学の一環で報告会の様子を見に。そんなに人数は多くないんですけど、十人くらいだったかな……」

「へぇ、それは初めて聞いたな! どこの高校から来るんだ?」


 野中さんは楽しげに声を弾ませた。


「名前は忘れちゃったんですけど、商業高校だった気がします。就職希望の生徒が数ヶ所に分かれて会社見学に行くそうです。で、たまたまうちの工場が報告会がある日に来るもんだから、それを見学させようって話の流れになったみたいですね」


 商業高校だって……? それだけ聞くと彩織いおりが通っている、私の母校なのではないかと思ってしまう。

 だけど冷静に考えればそうとも限らない。大沢市内にはいくつか商業高校が存在する。私の母校はその内の一つでしかないのだ。


「高校生の見学付きか……。珍しい報告会になりそうだな」

「ですね。課長たちがいつもより優しいかもしれません」


 違いない、と野中さんたちは笑う。いつも厳しい課長たちも子どもを前にして、普段通りの態度ではないだろうと言っている。

 確かにそれは助かる、本当だったら私も一緒に笑いたい。

 ……だけど私は、変な胸騒ぎに襲われていた。見学に来る高校生に引っかかっているんだと思う。

 今日の夜は彩織と会うし、それとなく聞いてみるか……。

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