132.

「じゃあ足立あだちさんと山木やまきさんは加工工程に。切断工程には私が手伝いに行きます。今日中になんとか是正を終わらせましょう!」


 各部署で昼礼が終わり、私たちはホワイトボード前に集合した。進捗確認と午後からの動き方について共有するためだ。

 今から定時までのおよそ五時間が勝負となる。無駄なく動かないと。




「ありがとう、藤代ふじしろさん。間に合うかと思ったけど、やっぱり北山きたやまさんがいないとしんどいよ。だからすごく助かる」

「一人でやるのは大変だし、仕方ないよ。今は何を是正してる? 私は何を手伝えば良い?」

「えっと、これなんだけど……」


 双葉ふたばさんはポケットからメモ帳を取り出し、是正リストを見せてくれた。

 なるほど。残り一件を是正すれば終わりだ。


「この養生って……ああ、あれか」

「うん。指示書置き場とか切断機の角とか。ああいうのって素手で触ったら切れそうだし」


 工場では作業台や設備の角はクッション材で養生する決まりになっている。何年か前に手を切る労災が起きた時に決まったらしい。

 この切断工程でも養生はされているが、ボロボロで今にも外れそうだ。これではクッション材としての役割が果たせないだろう。


「じゃあ全部貼り直そうか。類似何件?」

「切断二件、加工一件、取付三件。検査工程は無かった」

「分かった、一人三件ずつにしよう」


 無事に分担が決まり、材料を取りに行く。クッション材と両面テープ。全て消耗品置き場にあったはずだ。





「藤代さん、別人みたいだね」

「え?」


 第一棟に向かう途中、双葉さんはポツリと呟いた。


「品質実践の時は何も分かりませんって感じだったのに。今となってはチームリーダじゃん」

「ああ、うん……。本当に何も分からなかったからね、あの時は。チームリーダーは……山木さんの指名だし……」


 実践研究に参加したことない私に双葉さんが丁寧に教えてくれたから何とかなっていた。

 今の安全実践だって品質実践の経験がそのまま生かされている。まさに双葉さんのおかげ、なんだよなぁ……。


「双葉さんのおかげ……だよ? 現場を見るポイントとか、是正の進め方とか。全部教えてくれたのは双葉さんだし。……うん。すごく感謝してる」

「……やっぱりタラシなの?」


 精一杯感謝の気持ちを伝えたつもりだったんだけど、双葉さんは渋い顔をしている。何が気に入らなかったんだ……。


「やっぱりって。ただお礼を言っただけじゃん」

「そうなんだけど。顔が良いからかなー……」


 双葉さんはぺたぺたと私の顔を触って、難しい顔をする。……くすぐったい。


「顔は関係ないでしょ」

「いや、あるでしょ」


 それを言うなら双葉さんのほうだ。高校の時から顔良し、スタイル良し、性格良しの三拍子揃っていた。私よりも双葉さんのほうが人タラシだと思う。絶対。



「それは無いよ。三拍子なんて揃ってない。性格悪いよ、私」


 思ったことをそのまま伝えると双葉さんは笑いながら否定した。顔とスタイルが良いことは事実らしい。


「そうかな。性格悪いだなんて思ったことないけど……」

「そりゃそうだよ。よそ行きだもん、これは」


 自分の顔を指差し、少しだけ悪い顔をした。

 よそ行き、ね……。


「ふぅん。家にいる双葉さんはどんな感じなの?」

「んー……今よりもっと我が儘、かな。我ながら若葉ちゃんを困らせてるなーって思うよ」

「そうなの?」


 なんだか想像出来ないな。双葉さんが我が儘言ってるところなんて。私が知る高校時代の双葉さんは大人しかったから尚更だ。


「ついつい甘えちゃうんだよねぇ。我が儘言っても聞いてくれるし」

「それは、例えばどんな?」


 つい聞いてしまった。若葉ちゃんにどう甘えているのか気になってしまった。


「一日一回はギューして、とか?」

「……え?」

「寝る時は一緒のベッドだし、週一回はお風呂一緒に入る。最初は恥ずかしがって断られたけど、駄々捏ねたら頷いてくれた」

「そう、なんだ……」


 想像以上に新婚さんしてて驚いた。一緒にお風呂…………無理だな。恥ずかしすぎる。


「藤代さんたちは?」

「え?」

「我が儘とか言ったり……どっちもしなさそうだなぁ」

「しないかも。彩織はどちらかと言えば我慢しちゃうタイプな気がする」


 自分で言って、ふと考えた。

 日曜日に友達に話すと言っていたのに、月曜日は何も連絡がなかった。もしかしてあの日一日は自分一人で悩んでいたんじゃないか……?

 なんでも一人で抱え込みやすい子だから。

 私から連絡すれば良かったのかも……。


「また難しい顔してる。悩み事?」

「悩み事っていうか……なんでもない」

「ふぅん。……藤代さんだって同じじゃん」

「え、なに?」

「なんでもないよ」


 双葉さんは私が聞き取れないくらいの小さな声で呟いた。聞き返してもはぐらかされるばかりで教えてくれない。

 かと言って再度聞き返す度胸は持ち合わせておらず、しばらく無言で歩いた。




「……そういえばさ。飲み会しよって話、みんなに言ってなかったね」

「あ……確かに。すっかり忘れてた」


 だからこうして双葉さんがもう一度話しかけてくれてひどく安心した。なんて声をかければ良いか迷っていたから。


「場所は藤代さんが決めちゃって良いよ。七人で座れて、飲めるところならどこでも大丈夫だから」

「分かった」


 今日は定時前にもう一度集合があるし、その時に言ってみよう。みんな頷いてくれると良いな——

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