131.

「はぁ⁉」


 思わず声が出た。隣にいる双葉ふたばさんがびっくりするくらいの大きい声が。

 周りに他の人がいなくて本当に良かった。もし誰かいたら、急に奇声を上げる変人に思われてしまっていただろうから。


「え、なに。どうしたの? 急に大きな声出して」

「見てこれ。どうしよう……」


 彩織いおりとのチャットルームを見せると双葉さんの顔が引きつった。手元に鏡が無いから分からないけど、きっと私も同じ顔をしているだろう。


「うわー……きっついね……」

「どうしよう、どうしたら良い?」


 彩織の友達が私に会いたがっている理由は一つしかない。変な大人に彩織が騙されてるんじゃないかって疑ってるんだ。

 これだけ歳が離れていたら疑われて当然だと思う。だけど、その子とただ会うだけでその疑惑が解消されるのか……? 会って何を話せば良いんだ……?

 私の頭はすっかり混乱してしまった。上手く考えがまとまらない。


「ど、どうしよう? 会ってどうすれば……。双葉さんも来てよぉ」

「なんで私⁉ 私がいたら余計怪しまれるよ! 誰よこの女! ってね」


 混乱しすぎて訳の分からないことを言っている。双葉さんがいても解決しない問題だろうこれは。


「どうしよう……直接会って何を言われるんだろう……。やだなぁ、怖いなぁ……」


 まだ彩織に返事をしていないものの、既に気持ちはブルーだ。

 断るのも一つの手だが、結果的に友達からの疑いが増すだろう。彩織が学校に居づらくなるかもしれない。

 それに彩織は双葉さんに会ってくれた。全く知らない大人だったろうに、私が頼んだだけで快諾してくれたのだ。

 だから私がするべき返事は一つしかなくて……。


『分かった。会っても良いよ』


 震える手でなんとか送信した。これで良かったんだ。今はそう思うしかない。


「送っちゃった……。憂鬱だ……」

「会わないと余計怪しまれる、か。確かにそうだよね……」


 双葉さんの同情が今は心に染みる。出来ることなら代わって欲しい。


『ありがとう! 平日の夕方か土日が空いてるんだけど、れいちゃん忙しい? 羚ちゃんの予定に合わせるよ』


 すぐに返信が来た。平日の夕方ということは了承すれば今日の夕方にもなり得る……無理だ、そんなの。ここは土日にしておくべきだ。


『土日が良いかな』

『今週でも良い?』

『良いよ』


 平日の夕方よりは遠のいたものの、今週末ということは明々後日じゃないか。伸びたのはほんの数日だった。


『じゃあ今週の土曜日ね。場所は』


 場所を指定する前の文章だけが送られてきた。間違って送信してしまったのだろうか。彩織の追加チャットを待つ。


『友達が羚ちゃんの家が良いって言ってるんだけど……迷惑だよね?』


 よりにもよって私の家か……。


『良いけど、何も無いから大したおもてなし出来ないよ?』

『大丈夫! お菓子とか飲み物とか、私たちが持っていくよ!』


 やんわりと断ろうとしたが駄目だった。場所は私の部屋で決定らしい。掃除しておかないとな……。


『ごめんね、迷惑かけて。なるべく長居しないようにするから』


 私の気持ちを知ってか知らずか、謝罪と頭を下げる猫のスタンプが送られてきた。

 彩織が悪いわけじゃない。もちろん彩織の友達も。誰も悪くないことは分かっている。


『大丈夫、気にしないで』


 私も一言にスタンプを添えて送った。




「大丈夫? なんでもないフリしちゃって」

「大丈夫じゃない……」


 彩織には毅然きぜんとした態度で返信をしたものの、不安でいっぱいだ。週末が憂鬱でしかない。

 彩織の友達に何を話せば良いのか何一つ思いつかない。何よりどんなことを言われるのか想像するだけで恐ろしい。


「何も隠し事をしない方が良い。素直に事実を話せば良いと思うよ」

「事実って言ったって……」


 どこまで話せば良いのか。

 その友達は彩織の家庭の事情を理解していると言っていた。とはいえ、全部を話しているとは限らない。

 母親と仲が悪い程度のことしか聞いておらず、彩織が暴力を受けていることは知らないかもしれない。

 ……事前に彩織と話しておきたいな。

 そう思った私はすぐに彩織にチャットを送った。


『今日か明日、明後日でも良い。その友達が家に来る前に一度会わない?』

『そうだね。そのほうが良いね。今日の夜、お邪魔しようかな?』

『分かった。待ってる』


 今日の夜、か……。週末に向けて色々考えないとな……。


「修羅場だね」

「本当にそう……。でも彩織は双葉さんに会ってくれたし、私も出来るだけ彩織のお願いは聞きたいの」

「確かに。あの時は断られるかと思ったよ。全然知らない人だろうし、私」


 きっと双葉さんも似たようなものだ。私を心配して彩織に会いたいと言い出した。この彩織の友達と全く同じだろう。

 だからきっと話せば分かる……はず。


「変に嘘は吐かないこと。それだけ気を付けておきなよ。案外嘘が下手だよ、藤代さんは」

「……そう?」

「顔に出やすいから。ちゃんと聞かれたことに対して素直に答えれば良いと思うよ」

「……気を付けるよ」


 もうじき休憩終わりのチャイムが鳴る。

 プライベートで何が起きようが今は仕事の時間だ。気持ちを切り替えないと……。

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