122.

 改善チームの昼礼を終え、再び第二棟へ。

 北山きたやまさんや足立あだちさんは既にホワイトボード前にいるようだ。まだ来ていないのは品質保証課の二人と山木やまきさんだけか。


「お疲れ様です」

「あ、藤代ふじしろさん。お疲れ様でーす」


 全員揃う前に北山さんにロッカーの件を話しておきたいな。集合したらまた自分の担当工程に行っちゃうし、話すなら今のうちだ。


「北山さん。ちょっとお願いがあるんだけど」

「なんですか。連絡先交換ですか?」

「いや、仕事の話」


 北山さんは大袈裟に落ち込みつつ、やれやれと肩を竦めた。


「検査員の人のロッカーが欲しいんだけど、空いてるところない?」

「検査員のロッカー? みんな自分のロッカー持ってません?」

「田中さんが午前は第一棟、午後は第二棟で検査してるらしくて。第二棟に来る時は鞄も持っていくから置き場がないんだって。空きがあったら貸してあげてよ」

「それは知りませんでした。ロッカーの空き、確認しておきます」

「お願いね」

「了解です。すぐやります。とりあえず連絡先の交換からお願いします」

「はい、は……い?」


 北山さんは流れるようにスマホを差し出し、自分のアカウントを表示させた。これを追加しろと……?


双葉ふたばさんに聞きましたよー! やっとチャットアプリ始めたって。私ともお話しましょうよー!」

「会社で話すじゃん……」

「プライベートでもお話したいんですー! 私は!」


 断るつもりだったけど、駄々を捏ねられるほうが面倒だ。さっきから足立さんと松野さんの視線が痛いし……。


「分かった、分かった。友達追加するから駄々捏ねないで」

「やったー! 藤代さんの連絡先ゲット!」


 北山さんを追加すると新たな友達として一番上に表示された。プロフィール画面が……猫?


「猫飼ってるの?」

「そうなんですよぉ。可愛いですよ、うちの猫ちゃん。マシロちゃんって名前です!」

「マシロちゃん……可愛い……」


 名前の通り、真っ白な毛並みの猫ちゃん。相当懐いているようでプロフィールに設定されている写真は、北山さんの肩に乗っているマシロちゃんだ。可愛い……。


「藤代さん、猫好きなんですか?」

「うん。飼ったことはないけど好き」

「写真も動画もたくさんあるし、家帰ってから送りますね! 無防備に寝てるところとかめっちゃ可愛いですから」


 プロフィール画像だけでもう既に癒されている。やっぱり猫は可愛いなぁ……。


「あの、藤代さん。私も連絡先良いですか……?」

「良いけど……」


 蚊の鳴くような声で足立さんが話しかけてきた。なんでみんな私の連絡先を知りたがるんだろう……。



「藤代さん、おまたせ! もしかして私たち待ち?」

「あ、双葉さん。大丈夫だよ、まだ山木さん来てないし」

「良かった良かった。最後じゃなかった。……北山さんたち、どうしたの?」


 周りを見渡し、双葉さんは首を傾げた。スマホを嬉しそうに触る二人を疑問に思ったんだろう。


「連絡先教えてって言われたの。なんで私の連絡先なんか知りたがるかなぁ……」

「教えたんだ?」

「うん。北山さんが駄々捏ねるから」

「北山さんらしいね。でもさ……藤代さん、嬉しそうだよ?」


 自分の口元を指差しながら双葉さんはそう言った。


「なに……? ニヤけてるって言いたいの?」

「鏡見てみなよ。ほら」


 ポケットに入れていた手鏡を貸してくれた。ちゃんと手鏡を持ち歩いているなんて双葉さんは女の子だなぁ。


「…………」

「ね? いつもより優しい顔してるよ、藤代さん」


 確かに普段よりも口角が上がっているような……。ふにふにと自分の頬を触ってみたけど、顔のニヤけが止まらない。


「なんで……?」

「なんでって。嬉しいから笑ってるんだよ」

「嬉しい?」

「可愛い後輩が二人も懐いてくれて良かったじゃん。まあ、私は高校の時から藤代さんの後輩なんだけどね」


 ハッとして振り向いた。北山さんと足立さんがスマホを片手に嬉しそうに話している。私の可愛い後輩……。


「あの二人は憧れてるんだよ、現場で活躍する藤代さんにね」

「現場で活躍なんて……」

「工場は女の子が少ないんだから。仕事を辞めずに今も働いている藤代さんを尊敬してるんだよ、きっと」


 ……そう言われてみると確かにそうだ。入社した時は私より年上の女の人が何人かいた。

 だけどみんな結婚、転職、家庭の事情。ある日を境にどんどん辞めていってしまった。

 今となっては私より年上の二十代の女性社員は……いないんじゃないかな。


「だから可愛い後輩の面倒をしっかり見てよ。私のことも、北山さんたちのことも。せっかく改善チームになったからんだから、これからたくさん一緒に仕事したいし」

「双葉さんは面倒見なくても一人で何でも出来るじゃん」


 むしろ教わる側だと思うけど、私。それを言った瞬間、双葉さんは不満そうに口を尖らせた。


「私だってまだ三年目なんだから、色々教わりたいの」

「はぁ……分かったよ。私に教えらえることがあればだけどね」


 ようやく双葉さんは納得し、不満顔を止めてくれた。絶対双葉さんのほうがこういう実践研究は詳しいと思うんだけどなー……。

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