121.

「配線は無いけど、直置きはありますね……」


 足立あだちさんは困ったように作業者の足元を指差した。

 切断機の横に置かれたプラスチック製のボックス。端材はざいを捨てるためのものだろう。要はゴミ箱、切断工程には必ずあるボックスだ。


「そうだね。切断機には必ずあるからね、あのボックス」

「これも分かってたんですか?」

「うん。前に私がいたラインでも同じようなボックスがあって、指摘されたことがあるよ」


 あの時は確か製造課の管理者が現場を見回っていて指摘されたっけ。今思うと見回っていた管理者の中に野中さんもいたかもしれない。……懐かしい。


「あのボックスは無くせないんですよね? 直置じかおきしないためにはどうしたら良いんでしょうか?」

「何か台を作ってその上に置くか、設備自体に置き場を作ってそこに置くか……。なるべく設備自体に置き場を作りたいかも。そのほうが安全だし」

「なるほど……!」


 足立さんは急いでメモを取る。切断機付近にボックス直置き、と。


「……あれ? 写真は撮らないんですか?」

「直置きは大丈夫。昨日事前に撮っておいたから。切断機で一件、取付工程で二件、検査工程と加工工程は無し、合計三件だったよ」

「え、待ってください! メモしますから!」


 呪文のように唱えた直置きの類似件数を足立さんは慌ててメモした。焦っていたのか検査工程が平仮名で書かれている。


「書き終わった? 次の工程行ける?」

「もうちょっと…………書けました! おまたせしました、次の工程に行きましょう!」


 次は検査工程だ。直置きは確認済みだけど、床配線は全く見ていない。どれくらい類似があるんだろう……。




「おー、藤代ふじしろさんと足立さんじゃん。いらっしゃい」

山木やまきさん、お疲れ様です」


 検査台の横には山木さんが腕を組んで立っている。作業者の動きを追っている最中……なのかな。私たちに声をかけつつも視線は作業者から離さない。


「床配線の類似件数を確認したいので少し立ち入りますね」

「はいよー」


 山木さんと作業者に断りを入れ、検査工程へ足を踏み入れた。

 最終工程である検査工程は実にシンプルなレイアウトだ。

 検査員三人と検査台が三台。たったそれだけ。ここには材料棚も無いし、床配線も直置きも無い——



「……あ」



 見つけてしまった。昨日見た時は無かったのに……!

 検査台の内側に鞄が直置きされている。おそらく検査員の私物だろう。水筒が見え隠れしているからすぐに分かった。


「足立さん、足立さん」


 検査員に聞こえないように小声で声をかける。聞かれたくない話をすることを察してくれたようで、足立さんは静かに耳を傾けた。


「あそこ。検査台の内側……見える?」

「あ、鞄が……」



 控えめに指を指すと、ようやく足立さんは気付いた。一見、外からは見えないが内側には私物が直置きされている。


「直置き一件追加で。昨日は無かったのに……」

「どうしましょう……? 注意しますか?」

「うーん……先に事情を聞こうか」


 シャッター音を立てず、こっそり写真を撮っておく。



「お仕事中すみません。少しだけ良いですか?」

「はい?」


 ちょうど一つの商品の検査が終わったタイミングで声をかけた。エプロンをしているし、パートさんだろうか。彩織いおりのお母さんと同じ歳くらいに見える。


「この検査台の下の鞄って……田中さんのですか?」

「はい。私のですけど……?」

「今、安全実践をしてまして。物の直置きを無くそうとしてるのですが……」

「あー、ここに鞄置いちゃ駄目な感じ?」

「はい。ロッカーが一人ずつ用意されてますよね? そちらに置いてもらえませんか?」

「私も出来るならそうしたんだけど——」


 やっぱり何か事情があるようだ。

 私物はロッカーに仕舞うこと。一番最初に言われることだし、この田中さんだって知っているはずだ。

 それでも鞄を検査台の下に置かないといけなかった。その理由は何だろう——


「私のロッカー、第一棟にあるんだよねぇ……」

「え? 第二棟で検査してるのに……?」

「午前は第一棟のライン、午後は第二棟のラインって行き来しててねぇ。第一棟に居る時はロッカーに入れてるんだけど、第二棟に来るとロッカーが無いからここに置くしかないんだよねぇ……。今日は出荷が多くて午前からこっちにいるから余計、ね」

「そうですか……それは不便ですね……」


 どうりで昨日は無かったはずだ。私が下見したのは午前中だったから。

 鞄の中には貴重品も入っている。自分の目の届く場所に置きたくなる気持ちはすごく分かる。


「藤代さん、どうしましょう……?」


 足立さんが言いたいことは分かる。無理やり鞄を置くなと田中さんに言うのは酷だろう。


「大丈夫。北山きたやまさんに言ってロッカーを準備してもらうよ。そうすれば直置きしなくなる」


 検査員用のロッカーがここに無いのならば新たにロッカーを準備するしかないだろう。


「田中さん、事情は分かりました。新しくロッカーを準備しますから、今後はそちらに置いてくださいね」

「本当? 助かるよ」

「ロッカーの準備が出来たらまた言います」


 田中さんの了承は得た。あとはこのラインの管理者である北山さんだけだ。


「北山さんのところに行こう——」

「あ、チャイムが……」

「あー、もうお昼休憩か……早いなぁ……」


 お昼のチャイムが鳴ってしまった。午前中はここまでだ。午後から是正していかないと……!

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