104.

「生徒会長? すごいね」


 目立つ子なのかと思っていたけど、生徒会長をやっていたとは驚きだ。

 それなら壇上に上がる機会も多かっただろうし、彩織いおりだって顔と名前を知っていて当然だろう。


「彩織は喋ったことあるの? 若葉わかばちゃんと」

「ないない。生徒代表とかで話してるのを見たことあるだけ。挨拶とかはしたことあるかもしれないけど。逆になんでれいちゃんは知ってるの? 青井先輩のこと」

「面識は無かったんだけど、偶然会ったことがあって」


 思えば私が若葉ちゃんに会ったのは一度だけ。居酒屋で酔いつぶれた双葉ふたばさんを迎えに来た時だ。

 あの時は仕事帰りだったのかスーツを着ていたっけ。かなり真面目そう、如何にも仕事が出来る女って出で立ちだった。

 やっぱり高校の時も真面目な優等生だったんだろうなぁ……。


「双葉さんは青井先輩とかどこで……?」

「あ、私は若葉ちゃんの先輩。部活は違ったけど、友達繋がりで話すようになって……。って、あれ? ここにいる三人とも同じ高校出身?」

「そういえば……確かにそうだね」


 双葉さんに言われるまで気づかなかった。

 私たち三人とも同じ大沢商業出身だ。学年も違い、接点もなかった三人がこうしてランチしているのだから世間は狭い。


「羚ちゃんと双葉さんは同い年なんですか?」

「いや? 私が二個年下だよ。ねー? 藤代ふじしろ先輩」

「そうだけど、大して変わらないじゃん。二個なんて誤差だよ」

「いつもそう言ってくれるから本当に話しやすいよ、藤代さんは」

「そう?」


 話しやすいと思われてたのなら良かった。いつも難しい顔をしているせいか、何を考えているか分からないと言われがちだから。

 双葉さんにも同じように思われていたら嫌だなって思ってはいたけど、今日まで聞けなかった。それが双葉さんの口から聞けて嬉しい。


「あの、羚ちゃんは会社でどんな感じなんですか?」

「どんな感じって?」

「会社の話をあまり聞いたことがないので、何でも良いから聞きたいです」

「いや、どんな感じも何も普通——」

「良いよ! 何でも教えてあげる!」


 あんまり良くない流れ気がする……。自信満々な双葉さんが怖い……。


「そうだなぁ……何から話そう……」

「そんな話すことないでしょ。別に目立つタイプじゃな——」

「あ、そうだ。一年くらい前に猫育ててたよね、会社で」

「えっ。なんで知ってるの」

「有名な話だよ? 藤代さんより年下の間では」


 確かに会社に住み着いた猫を放っておけなくて、飼い主が見つかるまで面倒を見ていたこともあった。

 そんなに長い期間じゃない。ほんの二ヵ月程度だ。

 まさかそれを双葉さんに知られているとは……。


「いつも難しい顔してる藤代さんが猫に餌やってる! って北山さんが騒いでたよ、当時」

「ええ……なんで北山さん……?」


 北山さんか……。あの子は本当に何なんだろう。なんで私に近寄ってくるのか全く分からない。


「羚ちゃん、猫好きなの?」

「うん。動物の中では一番好きかも」

「私も猫が一番好き」

「本当? 猫カフェとか今度一緒に——」

「待って、待って。私が蚊帳の外すぎるからイチャイチャしないで!」

「だから、してないって」


 彩織と二人でちょっと話すだけでこれだ。双葉さんが言うには距離が近いらしいけど、隣同士座っているんだからこれが普通だ。



「で、なんでその話が有名なの? 双葉さんたちの間で」

「そりゃ有名になるよ。あの藤代さんがニコニコしながら猫と戯れてるって言われたらみんな気になるでしょ」

「ならないでしょ。私、年下の子と仕事一緒になったことないんだけど。最近初めて双葉さんと一緒に活動したってだけで」

「猫の話が上がる前から有名だよ? 藤代さん」

「えー、なんで……」


 本当に分からない。会社で目立つようなことしてな——



「だって、派遣の子を守るために上司に立ち向かってたじゃん。品質の話だから私ももちろん知ってるし、若い子はみんな知ってるんじゃないかな」



「……いつの話をしてるのさ」

「私が入社してすぐの頃だよね? 品質保証課はみんな知ってるし、感謝してるよ」

「…………どういうことですか?」


 唯一、その話を知らない彩織が首を傾げる。なんて話せば良いのか、少し難しい話だ。

 私が考えあぐねていると双葉さんが口を開いた。


「彩織ちゃん、ちょっと難しい話なんだけどね。会社で造ったものを外部に流して、何か問題があれば不具合ってことになっちゃうの。不具合って言葉は聞いたことある?」

「はい。あります」

「そっか。不具合にも色々あるんだけど、色が違うとか大きさが違うとか。とにかく注文していたものがちゃんと届いてないよって状態なの。それが起きると会社では大問題になるんだけど……」

「お金が……とかですか?」

「ううん、お金じゃない。……信用、かな。不具合が出ると信用を失っちゃうの。それが会社にとっては一番ダメージが大きい」


 お金、と最初に答えが出るところは商業生らしいなと思った。私も高校生だったら同じ回答をしていたと思う。


「その不具合が発生した時があって。発生元が藤代さんのいたラインだったんだよね?」

「そう。まだ私が検査工程じゃなかった時だね」


 当時の私は違う工程を担当していた。検査の一つ前の工程、ステンレス加工を担当していた。


「その時に検査と梱包を担当していた子が派遣さんで。不具合が出た時にめちゃくちゃ責任を追及されてたんだよ」

「……その派遣の人が不具合を出したんですか?」

「みんなそう思ってたみたいだよ。ダンボールが破れてたのは梱包が、テープ止めが甘いからだって」


 思い出すだけで苦々しい。たくさんの社員に囲まれて、不具合を追求される光景は見るだけで不快だ。怖い大人に囲まれていたあの子は、まるで針のむしろの思いだったろう。


「その派遣さんも言い返せずに縮こまっちゃってね。そりゃ怖いよね、課長クラスがわんさかいたら」

「偉い人が周りを囲んでたら怖いですね……」

「そうそう。そこで藤代さんが颯爽と現れたんだよ。この子はちゃんと梱包してました。私はそれを見ていたので保証出来ます。配送で雑に扱ったから破れたんじゃないですかって」

「配送……?」

「製品をトラックに積み込む人たちだよ。その藤代さんの一言でようやく配送に目がいって、調べてみたら……ね?」


 結局のところ、原因は配送だった。

 私たちが丁寧に造った商品が投げ込むようにしてトラックに載せられていたのだ。そんなことをしたらダンボールだってぐちゃぐちゃになるに決まっている。


「藤代さんだけだったよ、その派遣の子のことを信じていたのは。みんな最初からその子のせいだって思いこんでたからね」

「……実際に見てるしね、私は。梱包しているところを」

「それでも課長相手に啖呵を切ったのはすごいことだよ。派遣の子もすごく感謝してた」

「普通だよ」

「……! そういうところ! 本当にそういうところがさぁ……。ね? 彩織ちゃん?」

「はい……本当に」

「そういうところって何?」

「そういうところはそういうところだよ。ね、彩織ちゃん」

「はい。双葉さん」

「…………全然分かんない」


 私には分からないことを二人が話している。

 ……なるほど、これは確かに寂しい。完全に蚊帳の外だ。


「双葉さん、他にもありますか? 羚ちゃんの会社での話、もっと聞きたいです!」

「あるよ! いっぱいある!」



 私を置いてどんどん話が進む。蚊帳の外はまだ続きそうだ。

 ああ、でも。彩織が楽しそうだから良いか——

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