103.
「昨日から⁉」
「双葉さん、声が……」
「あ、ごめん……」
周りに軽く頭を下げつつ、声のトーンを落とした。
「いや、だって驚くよ。昨日からなの? そんなにタイムリーな話題だったの?」
「昨日の夜の話だよ。ね?」
「うん」
「夜って……え? お泊りしたってこと? 早くない?」
「落ち着きなよ、双葉さん」
「これが落ち着いていられるかー!」
今日の双葉さんは忙しない。驚いたり、叫んだり、慌てたり。そんなにびっくりさせるつもりは無かったんけど、双葉さんにとっては驚愕の事実だったらしい。
「双葉さんだって若葉ちゃんと付き合ってるんだし、そんな驚くことなくない?」
「付き合ってること自体には驚いてないよ。むしろ付き合ってなかったら逆にびっくりするくらい」
「え、なんで?」
「あれだけ会社で惚気ておいて付き合ってないって考えるほうが無理あるよ」
「別に惚気てないし」
「いーや、あれは絶対惚気てた」
双葉さんが惚気てたと騒げば騒ぐほど
……彩織が喜んでるなら良いか。でもちょっとだけ恥ずかしいな。
「じゃあ双葉さんは何に驚いてるの?」
「昨日からってのにびっくりしてる。それに、付き合って一日目でお泊りって……早すぎない?」
「そうかな……?」
付き合って一日目どころか、付き合う前からお泊りしてるんだけど。
それを言ったら双葉さんが余計に騒ぎ出しそうだったから黙っておくことにした。
ちらりと横を見ると彩織も私と同じ考えのようで、何も口を挟まず双葉さんに視線を向けていた。
「双葉さんだってするでしょ、お泊り」
「今、若葉ちゃんと一緒に住んでるんだけど——」
そうなんだ。私たちよりよっぽど進んでるじゃん。
そう相槌を打とうとしたが、双葉さんの口から告げられた驚愕の事実に、開いた口が塞がらなくなってしまった。
「——同棲するまでお泊りしたことなかったよ」
……そんな馬鹿な。
双葉さんと若葉ちゃんは付き合って三年目だと聞いている。一緒に暮らし始めたのは若葉ちゃんが高校を卒業してから。それって三ヵ月前……。
「……プラトニックなお付き合いをしてるってことですか?」
「えっ」
真顔で彩織が双葉さんに問い詰めている。
……なんて答えるんだろう。私も気になる。
「プラトニックっていうか……普通じゃないの?」
「え」
今度は私と彩織が問い詰められている。おかしいな、私たちが変なのかな……。
「
「……手は出してないよ」
身を乗り出して、双葉さんは小声で聞いてきた。
彩織に聞こえないように配慮してるんだろうけど、多分聞こえちゃってる。わざとらしいくらい彩織が目を反らしているからすぐに分かった。
「手は出してないって。じゃあ、どこまで——」
「お待たせしました。オムライスでございます」
「あ、私です」
ちょうど良いタイミングで店員さんがやってきた。
話を遮られた双葉さんは少しだけ残念そうな顔をしたけど、目の前にドリアが置かれた瞬間笑顔になった。機嫌が直って何よりだ。
「彩織。オムライスどれくらい食べられる?」
「一口で良いよー。スプーンで取って良い?」
「どうぞ」
オムライスを彩織に手渡すと、スプーンできっちり一口分を
薄焼き卵に真っ赤なケチャップがかかった昔ながらのオムライス。見ているだけで美味しそうだ。
「
「ありがとう」
彩織から受け取ったビーフシチューを一口。
「美味しい……玉ねぎトロトロだ……!」
「オムライスも美味しいよ!」
二人でお互いが注文した料理に舌鼓を打っていると、ふいに双葉さんが呟いた。
「新婚さんじゃん……」
「……んぐっ…………」
口に運んだビーフシチューを吹き出しそうになったがなんとか堪えた。何を言ってるんだ、双葉さん。こんなの普通……だよね?
「えー、良いなぁ。楽しそう、新婚生活」
「新婚じゃないって。双葉さんだって一緒に住んでるんでしょ? そっちのほうが新婚さんっぽいよ」
「住んでるけどさぁ……。二人とも社会人だと時間合わないことが結構多くて。仕事で疲れてそうだったら気を遣っちゃうし……」
「社会人一年目だっけ?」
「そう。若葉ちゃんもまだ余裕ないからさー」
ふと気づいた。
一年目ってことは若葉ちゃんと彩織は一個しか歳が変わらない。もしかして面識があったり……?
「彩織。双葉さんも女の子と付き合ってるんだけど……」
「うん。それは話の流れでなんとなく分かっちゃった」
「その相手が去年まで彩織と同じ高校で、今は社会人なんだけど……」
私が何を言いたいか分かったらしい双葉さんがその言葉を引き継いだ。
「
「青井先輩ですか? 速記部の?」
「そうそう」
「知ってます! 有名ですよ、青井先輩」
有名なんだ。双葉さんも目立つタイプだったし、若葉ちゃんも似たタイプの子なのかな。
「三年生の時に生徒会長やってた先輩ですよね?」
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