57.
「いやぁ、良い仕事したなぁ」
改善はあっという間に終わった。作業台のグラつき防止も高さ調整も。ついでに上がった作業者たちの要望も。全て一時間弱で終わってしまった。
野中さんは使い慣れた工具で次々とボルトを締めていくし、
この時、私は改めて実感した。改善チームは少数精鋭の技術集団だと。
「午前中でなんとか全部改善出来たし、午後は資料作りだなー。
「いえ、
「藤代さーん、撮り終わったよー!」
同じラインの中から双葉さんの声が上がる。振り向くと検査台近くで手を振っていた。
「双葉さん、ありがとう」
「どういたしまして。……あれ、改善チーム勢揃いだね?」
不思議そうな顔で私たちを見つめる双葉さん。チームとは言え、普段は別々の仕事を受け持っているから、こうして四人揃うのは珍しい。私にとってもそうだが、双葉さんにとっても同じらしい。
「双葉さん、お疲れ様。写真、ありがとう」
「野中さん、お疲れ様です。一旦カメラを私が預かって、共有フォルダに上げときましょうか?」
「おお、マジか。助かる。お願い出来る?」
「はい。やってきます」
双葉さんは背を向け、管理棟へと——
「あ。ちょっと待って双葉さん!」
野中さんに呼び止められ、こちらを振り向いた。
「双葉さん……というか、藤代さんもなんだけど。明日の報告会、二人で改善事例の報告お願いしても良い?」
「……え?」
唐突に自分の名前が呼ばれて、肩が震えた。改善事例の報告……?
品質実践研究の報告会は参加したことないから分からないけど、きっと私が苦手な部類の仕事だ……。
「事例報告、ですか……」
一方、双葉さんは私ほど困っている様子ではないものの、少しだけ緊張しているように見える。
「俺が最初に大まかな数字と内容を報告するから。その後に現場で事例報告しますって二人に振りたい。どの内容を報告してもらっても良いから。出来そう?」
「分かりました。事例報告も資料が必要ですか?」
「いや。是正前の写真だけ印刷しておいて、それを見せながら話そうか。藤代さんはどう? いける?」
いけません。
そう言えたらどれだけ良かったか。
「……はい。頑張ります」
双葉さんも野中さんも報告するのに自分だけ逃れるなんてことは言えず、頷いてしまった。
報告なんて今までしたことない。
きっと工場長とか課長とか偉い人がたくさんくるんだと思う。……やだなぁ、逃げたいなぁ。
「藤代さんっ、一緒に報告する練習しよ!」
「……えっ」
気持ちが落ちかけた時、双葉さんが私の肩をぽんっと叩いた。
気づいたら私の近くまで来て、困ったように笑っている。
「練習?」
「そう。私も報告とか苦手だしさ、せめてまともに話せるように練習しようと思って。こういうのは事前に話す内容を頭に入れておくと多少マシだよ。気持ち的にね」
良いですよね、と双葉さんは野中さんに問いかける。
「良いよ。是正前の写真はあとで印刷して渡すね。前と後の変化点、工夫したポイント、作業者からの感想。この辺りを押さえておけば良い報告になると思うから。一応、内容が決まったら俺にも教えてもらえる?」
「分かりました。…………って、もうお昼か。早いなぁ」
ちょうど区切りの良いところでお昼休憩のチャイムが鳴り響いた。作業者たちはいそいそと食堂へ向かって行く。
「じゃあ休憩行こうか」
野中さんの言葉を皮切りに休憩へと向かう。野中さんたち三人は食堂へ。私と双葉さんは……。
「藤代さん、行こ」
もちろん大きな木の下へ。
昨日の夜、もう二度と一緒にあそこで休憩出来ないかもと思っていたから双葉さんが誘ってくれて嬉しい。
今日の朝、勇気を出して話しかけて良かった……。
「あー、報告かー。当たるとは思ってたけどー」
卵焼きをつつきながら双葉さんは一人ごちる。快諾したものの、やっぱり不満のようだ。
「双葉さんは報告したことあるの?」
「あるっちゃあるけど……何回やっても慣れないよ、あれは。せめて噛まないようにしたいー」
あるんだ……。どうしよう、私は一回もない。噛むとか噛まないとか、そういうレベルですらない気がする。
「大丈夫だよー、藤代さん。野中さんって優しいし、たぶんフォローしてくれる」
「フォロー?」
「報告と質疑応答はセットだからね。何かしら言われると思うよ。これはなんでこの高さにしたんだ、とか。作業者から意見は聞いたのか、とか。さすがに意地悪な質問をしてくる人はいないと思うけど……。何かあったら野中さんが間に入ってくれるよ、たぶん」
「そうなんだ……」
ますます不安になる。急に質問されるのは苦手だ。採用試験の時の面接みたいにあらかじめ質問が決まっていたら良いのに。
「だから後で考えようねー。なんて答えるかを」
「……え、質問内容って決まってる?」
「決まってはないよ。でも予想は出来るから。それなりに備えはしておこう?」
備えあれば患いなし。確かに質問を予想して、答えを用意しておけば私でも大丈夫かもしれない。
やっぱり双葉さんは頼りになる。私が知らないことをたくさん知ってるから。
「…………やっぱりすごいよね」
「え、なにが?」
心の中で呟いたつもりだったけど、声に出ていた。誤魔化す必要もないし、正直に双葉さんにそれを伝える。
「双葉さんってすごいなって。私が知らないことたくさん知ってるし、こういう実践研究にも慣れてるし。年下だけど尊敬してる」
「そんなの……」
驚き、目を見開く。でもそれは、ほんの数秒。双葉さんは嬉しそうにふわりと笑った。
「そんなの藤代さんもだよ。私はインパクトドライバーとか、工具をあまり使いこなせないから。一緒に改善してくれて助かった。私だって尊敬してるよ」
「……そっか」
鏡を見なくても分かる。きっと今、人に見せられる顔をしてない。口元は緩んでるし、たぶん頬も赤い。言葉とは裏腹に私の顔は正直者みたいだ。
「だから一緒に頑張ろうね。得意、不得意が違うんだから、それを補えば良いんだよ。工場ってそうでしょ?」
「……うん。私は人前で話すのが苦手。きっと緊張して口が回らないと思う。だから喋る練習に……付き合ってくれる?」
「もちろん」
私たちは協力する。お互いを補い合って、明日の報告会に打ち克つ。
一人では困難なことも二人いれば何とかなる。当たり前のことなのに今までなかなか出来なかった。
今思えば改善チームだってそうじゃないか。
野中さんは改善の知識が豊富だ。特に生産性向上のための改善に余念がない。元々現場で管理者をやっていたからこその技術だ。
多井田さんは昔、品質保証課にいたらしい。だから、製造課にいながらも品証と同じくらい厳しい目線でラインを見ることが出来る。
松野さんは私より一つ上。去年の今頃は私と同じように現場で生産作業をしていたそうだ。
今はその時に出来た人脈を駆使して、改善を進めている。松野さんが出向けば作業者は喜んで話を聞かせてくれる。だから一緒にいるだけで改善が捗るのだ。
私は……何が出来る?
改善チームの中で私は何が出来るんだろう。三人にはない私の技術、知識、人脈。
今はまだ分からないけど、野中さんが私をチームに引き入れたのにはきっと意味がある。
これからだ。私はまだこれからなんだ。
「藤代さん、そろそろ休憩が終わる」
「うん。そろそろ戻ろう。昼礼後はまたネジセットライン?」
「そうだね、まずは報告内容を決めようか」
立ち上がり、第一棟へと歩き出す。
私は私の出来ることをしよう。きっと野中さんなら失敗しても良いから、やってみなって言う。
……頑張ろう、明日の報告会。
私は静かな決意を胸に、改善チームの昼礼へ向かった。
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